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人描きと銀嶺  作者: Nori
第三章 「メラード帝国」過去編

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20/21

 番外編2 勇者ギスクスの手紙




 拝啓、ゼムレス王殿へ



 ご無沙汰しております、ギスクスです。

 御身体は御変わりございませんか?そろそろ寒さの厳しい季節となります故、体調には十分に気をつけてお過ごしください。



 初めに、しばらく連絡を寄こさずに申し訳ありませんでした。

 また、何も言わずに国を去ったこと、併せて謝罪させて頂きます。

 便りを出そうとは思っていたのですが、なんせ書きたいことが上手くまとまらず、このように時間が掛かってしまいました。



 気付けば魔王討伐から既に3年の時が経とうとしています。

 今思えばあれは夢のような日々だったと、そう感じます。

 辛く苦しいことも多くありましたが、仲間と乗り越えたあの日々に今は感謝をするばかりです。



 唯一、悔やまれる点があるとすれば、生きて帰還できたのが私一人のみだという事です。

 魔王討伐という目的は達成しましたが、それと同時に私は誰一人として仲間を守り切る事が出来なかった。

 遺族の皆さま、勇者とは名ばかりの不甲斐ない私をどうか許さないでください。

 懸命に戦った彼らの勇士は後世に伝えられて然るべきもの。

 何も守れなかった私だけが無欠の英雄として名を残すのは彼らへの侮辱に当たると、そう強く感じます。



 そんな中でも、こうして再び前を向いて生きていられるのは偏に国民の皆様の声援と国王様、並びに家臣の皆様によるご支援のお陰でもあります。

 感謝してもしきれません。



 さて、私の近況はというと、現在は大陸西部を中心に旅をしている最中です。

 宛ても無く彷徨う今の私は、ただの“放浪者ギスクス”であります。



 これに何の意味があるかと聞かれれば、自分でも分からないのが正直な所です。

 ですが祖国で悠々自適に暮らすというのもまた性分には合わない故、このような選択を取らせて頂きました。



 魔王討伐で大陸を旅した時、それはそれは様々な体験を沢山させて頂きました。

 初めて見る物、初めて見る景色、そして初めて会う人たち。

その全てが私の胸の中で宝石のように輝いて未だ心を躍らせます。

 それをもう一度だけ味わってみたい、その一心で魔王討伐では訪れることの無かった大陸西部を今は放浪しているという訳です。



 いざ、西側へと来て見ると、まだまだ魔獣が蔓延っているのが現状です。

 西側は東側に比べて魔法による武力や兵器の開発があまり進んでいない印象を受けます。

 その影響もあってか、魔王は消えても魔獣自体はまだまだその数を減らしていない現状に胸を痛めるばかりです。

 放浪中は魔獣を見つけ次第、討伐するようにしていますが、もしかするとこの行為自体がこの旅の目的と言えるものなのかもしません。



 ここで一つ、旅の面白い土産話を最後にこの手紙を締め括らせて頂きます。



 とある国の森を散策していた時、ふと何か声のようなものを耳にしました。

 人の声とも、魔族の声とも違う、それはどこか神秘的なものに私は感じられました。

よく耳を澄ましながら声が聞こえる方へと歩いて行くと、そこには書物でしか見たことが無い程の大きさをした巨木が一本、力強く根を張っていたのです。



 声の主はこの巨木だと、一目見た瞬間にそう確信しました。




 どうやら巨木の方も私に気が付いたらしく、「久方ぶりに人間を見た」と誰かと会話を始めました。

 よく見るとそれは枝葉に留まる鳥たちに向けたものの様でした。



 私が巨木に向かって声を掛けると、驚いたような声色で返答が返って来ました。

 ですが巨木は私と意思疎通が図れる事が分かると、すぐにその事実を受け入れ、何事も無かったかのように私たちは言葉を交わし合いました。



 彼の話によると、稀にこの世界には“自然”と会話をすることが出来る人間が居るとの事です。

 皆さんは信じられないでしょうが、現に私は彼と言葉を交わし合えている。

 その事実は当事者である私自身では否定のしようがありません。



 とはいえ私自身が植物と会話をしたのはこれが生まれて初めての事でした。

 どうやらこの巨木は遥か昔からこの森に存在し、その過程で人間並みの知性を持ち合わせたようです。

 私の中には少し特殊な魔力が流れているようで、知性を持った巨木の特異的な存在と私の魔力がたまたま反応して会話が出来たのだと思われます。

 巨木の周りの植物とさえも私は言葉を交わすことが出来ませんでしたから、恐らくこの巨木にのみ通ずるのはまず間違いがないでしょう。



 私たちは三日三晩、様々な事を語り合いました。

 まるでそれは長きに渡って生死を確認できなかった親友との再会のように。



 ですが私はご存じの通り放浪の身、長くこの森に居座るつもりはありませんでした。

 別れの日、彼は私にこう言いました。



「君がいつか、その剣を振るう事が無くなるように願っている」



 彼が言ったその剣とは、背中に携えた “聖剣シアナ”の事でした。

 女神の名を冠した彼女とは、思えば長い付き合いになります。

 魔王討伐では互いに数々の死線を潜り抜け、どんな逆境にも折れる事無く私に着いて来てくれました。

 現在の旅でも彼女によっていくつもの魔獣を屠って来ましたが、どうやら彼女の限界はそう遠く無いのだと、この巨木は見ていたようです。



 彼女が折れてしまわぬ内に、私が剣を振る事が無くなれば良いと、それが彼からの願いでした。

 とはいえ恐らく私は魔獣が完全にこの世から消え去るまでは剣を置くことはないでしょう。

 私はその忠告と願いに感謝を示し、その森を後にしました。



 そうして森を抜けてすぐ傍にある街で、私は今こうしてこの手紙を書き留めています。

 ふと気になり、街であの巨木に関して話を聞き回ったところ、どうやら彼は“未来樹”と呼ばれる存在で、彼が言った通り“自然”と会話が出来る一部の人間しか彼の元に辿り着くことが出来ないという伝説上の存在として街では語り継がれているようです。



 最初、その未来樹とやらに実際に会ったという私の話を聞いた人々は、そんなものはただの妄想だと言って笑っていましたが、街に襲いかかって来る魔獣をいくらか始末すると、次第にそれが本当だったのではないかと信じる者も現れました。



 そうしてこの街で魔獣を討伐して過ごすうちに、私は彼女の限界に気が付きました。

 明らかに“シアナ”の刃が脆くなって来ていると、そう感じたのです。

 私は彼との一種の約束のような願いを叶えるべく、彼女を休ませることをここに決めました。



 街の信頼できる運び屋に頼み、彼女を祖国へと送り届けて欲しいと申し出ると、運び屋の方は快く承諾してくれたため、事の経緯を同封するためにこの手紙を書いている次第です。



 彼女が平和のために戦った本当の女神として歴史に名を残すことを祈るとともに、新たな剣を携えた私の旅路はまだまだ続きそうだという事を報告させて頂いたところで、今回は筆を置くことにいたします。



 ゼムレス国王様、傲慢な願いかと存じますが、どうか彼女が静かに眠れるように取り計らいをお願いいたします。

 これが私からの魔王討伐後、最後の褒賞として頂いて構いません。



 以上、よろしくお願いいたします。



————————————————————————————————————



この手紙を最後に勇者ギスクスの正確な消息は途絶えたとされる。

一部、大陸西部のいくつかの街や村の書物には「簡素な剣を携えて魔獣を討伐する放浪者」についての記載が確認されている。

右に展示されているのは聖剣シアナの模造品。

手紙の原本と聖剣シアナの実物は王都サディア城にて厳重に保管されている。




王立歴史博物館 第3展示場 展示物「勇者ギスクスの手紙」より




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