第一話 望まずとも邂逅は訪れる
OP 「アカシア/BUMP OF CHICKEN」
今日も肌寒い風が吹く。近々収穫祭があるからだろうか、待ちゆく人々の足取りはなんだか軽そうに思える。腰かける折り畳み式の小さな椅子はキイキイと軋む音が止まない。そろそろ新しいものが欲しいところだが、いかんせん長年連れ添った仲だ、そう簡単には乗り換えられない。愛着というのは何とも鬱陶しいものだ。
そんなこんなで今日も俺は絵を描く。待ちゆく人々の中から被写体になりそうな人間を一人決める。決める基準はその日の気分だ。頑強な大男を描きたくなる日もあれば、畑仕事で泥だけになりながらも、毅然とした態度で家路につく淑女を選ぶ日もある。特に明確とした基準は無い。言葉の通り気分だ。
しかし今日も平和だ。もしかしたらこの街の裏側では大きな組織同士の抗争があるかもしれない。高貴な身分の重鎮が命からがら屋敷を逃げ出し、この街で身を隠しているかもしれない。はたまた同じくらいの年端の子供たちに小遣いをせしめられている子供もいるのかもしれない。
だがこの広場で町全体を見渡せば、なんの変哲もない平和な日常にただただ噴水の水の音が響くだけだ。心地が良い。今日は誰を描こうか、あのちょっと胡散臭い行商人とか良いな。昨日はあの髪の長い女の子を描いたばかりだったしな。
そんな俺だけの平和な日常に怒号のような挨拶が響いた。
「おい!お前が噂の北の人描きか!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
広場中がどよめきに包まれる。理由は明白、目の前にいるこの女騎士だ。白く輝く鎧に身を纏い、腰には剣、背には大剣を装備している。鎧に身を包まれているため身体的な特徴は分からないが、背は女性にしては高く、長い髪を後ろで一本に結んでいる。
しかし驚くことに、その長い髪が綺麗な白一色なのだ。
他の大陸には髪を自らの好みの色に染める染料があると聞くが、この女騎士もその類なのだろうか。少なくとも俺は地毛でここまで綺麗な白髪を持つ人間を見たことも聞いたことも無い。不思議だ、肌の色はこの広場の人間とさほど変わらないか少し薄いくらいだというのに。
そんなことを考え呆気に取られているうちに女騎士は再び口を開いた。
「おい!聞こえていないのか?お前が北の人描きか?」
先ほどより声は抑えられているが、それでもはっきりとした口調で我に返る。
「あ、あぁ…周りの人間はそのように呼んでいる」
対照的に俺は怯んだ声でか弱く答えることしかできなかった。それを聞いた女騎士は顔を少し朗らかにして話を続ける。
「そうか、早速だが頼みがある」
「な、なんだ…?」
「私の弟の絵を描いて欲しいのだ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「寂れた家ですまない、もてなしもこんな粗茶しか出せず申し訳ない」
「いやいい、気にするな。そんな事より本題に入ろう」
あの広場で声をかけてきた女騎士は、なぜか今俺の寂れた家で茶を飲んでいる。まぁ何故も何も、この寂れた家に招待したのは他の何者でもない、自分自身なのだが。
さすがに広場であの目立ちようでは落ち着いて話もできないだろう、なんせこの街に騎士が訪れるのは稀であるため、ジロジロこちらを伺われるのは必至だ。
それに騎士にしては珍しい女性であり、顔も端正な面持ちだ。街の人たちも気にならない方がおかしいというもの。
こちらもそんな中、腰を据えて話をすることはできない。なんせ頼みがあると言い放った女騎士の顔は朗らかであると同時に神妙な面持ちが隠れている気がしたのだ。であるならば、こちらも真剣に話を聞かない訳にはいかないと感じた。
「それで頼みというのは確か、あんたの弟の絵を描いて欲しいとのことだったな」
「あぁそうだ。報酬は言い値を出す」
言い値って…そんなことあるのか?
基本的には絵の依頼を出すときは依頼人の言い値で引き受けてくれる絵描きを探すか、そこら辺の果物屋のように店側の決めた値段で売られている物を買う、つまり絵描きがいくらでこのような絵を描きますよというのに金を出すのが基本だ。それを言い値で良いとは。
あまりの胡散臭さに、俺が一瞬眉を細めたのを感じ取ったであろう女騎士は申し訳なさそうに続けた。
「ただ申し訳ないことにうちの弟は訳あって家を出られない。そのため人描き殿には私達の家まで共に来てもらいたい。この街からだとかかる日数は約5日だ。道や天候、馬車の状態次第で前後はする。もちろん路銀については心配する必要は無い。宿に関しは滞在する街の最高級の宿に泊まってもらって構わないし、食事に関しては食べたいだけ食べてもらって構わない。旅路も極力そちらが疲れづらいであろうルートを辿るつもりだ。要望とあればその街々での遊戯についてもある程度金を出そう。私と旅路を共にし、弟の絵を描いてくれるというのであればな」
(なんて胡散臭い、たった一人の人間の絵を描いてもらうためにそこまで金を出せるもんなのか…?)
さすがにここまでの好待遇を聞くと誰でもそう思うのではないか?また最高級の宿だけではいざ知らず、遊戯に関しても金を出すだなんて。まあ自分が思いつく遊戯なんてものは博打か女遊びぐらいだ。いずれにしてもくだらない遊びだとは思うが。そんなもののために人様の金を使う気には到底ならない。
「それでどうだ、引き受ける気にはなったか?」
女騎士は表情を少し緩ませて「ここまでの条件だ、乗らない訳がないだろう!」と言わんばかりの得意気な顔だ。ここまで立派な鎧と上物そうな剣を二本携えているのだ。金は嘘偽りなく言い値を出せるのであろう。
しかしこちらとしてはそんなことはどうでもいいのだ。金や豪遊などはどうでも。
「すまないが、その提案に乗ることはできない」
「…!?なぜだ!金はいくらでも出す!その他の要望にも応えよう!欲しい物があるのであれば遠慮なく言ってくれ!なにが不満だ!?たった5日の旅路がお前には金に勝るほど億劫だとでも言うのか!?」
驚いた口調で女騎士は俺に詰め寄る。そりゃそうだ、これだけの好条件を用意して依頼内容が人一人の絵を描いてくれなのだ。歩み寄るとかの次元じゃない、もはややっていることはただの買収ですらある。
しかしこちらだって乗れないものは乗れない。やりたくないことはやりたくない。拒否権ぐらいある。
それに俺自身は別に金に困ってなどいない。この寂れた家も俺一人で住む分にはなんの不自由も感じた事が無い。元々食が細いので暴飲暴食する心配も無い。金は書き溜めた絵をたまに行商人やどっかの旅人に売り払って必要な分は工面しているため問題もない。
そうつまり、この提案に乗る理由が俺には全くないのだ。
「なぜって言われても俺にはこの提案に乗る理由がない。金には困っていないし家だってこの寂れた家で満足している。わざわざ5日もかけて人を描きに行く必要がないのさ」
だからと言ってこの女騎士が嫌いだとか、こいつの話を聞きたくないとか、はたまた人を描きたくないという訳でもない。ただ一つ、俺には自分の中で決めたことがあるのだ。
「あとは…俺は誰かに頼まれて絵を描くことは無い。これは俺が勝手に決めた決まりなのさ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
今日は収穫祭当日。数日前よりも確実に風が肌寒くなるのを感じて時の流れを実感する。毎年思うが、果たしてこの街にはこんなに人が住んで居たのか?と思う人だかりだ。
常日頃からこの街の様子はよく観察しているつもりだが、露店の間を歩くだけで肩がぶつかるほどの人だかりは一年の内、この時期だけだ。
さすがに近隣の街や村からも人が来ているのだとは思うが、それにしてもすごい人込みである。
それもそうか、ここらの田舎街の中でもここ”コーネ“はそれなりに大きい街だ。たとえ辺境の土地だとしても、行商人が寂れた絵描きの絵を、商品として仕入れしていくぐらいにはこの一帯の流通の肝となっている。基本的にここで買われた特産品等は王都やその他の大きな都市で売られ、王都で売られている珍しい商品が行商人によりこの街に流れてくる。その繰り返しによってこの街は潤っている。そのうちの一つが俺の絵ってわけだ。
しかし様々な露店が出てはいるが、個人的にはやはり絵具は見ておきたい。
露店自体はこの街の者だけでなく、先ほど説明した行商人達も出店している。年に一回のこの街での稼ぎ時だ、ここぞとばかりに珍しい商品を行商人たちは高値で売り捌こうとやっきになっている。
さらにこのお祭り騒ぎ、大体の人間は財布の紐が緩くなっているはずだ。普段よりも飛ぶように売れる物もあるだろう。だからこそこの時期に出回る絵具は多少値段が高くとも質が良い、是非とも見て回りたい商品の一つだ。
(さてさて…まずはいつもの商人のとこに行くか、あそこは毎年この時期に珍しい絵具を仕入れてくるからな)
この人込みの中でいつもの顔の露店を探す。しかしこの人込みではなかなか見つからんものだな。仕方ない、いろいろ見て回りながら探すか。
そうしてしばらく大通りを見て回っていると、見覚えのある背格好の女性が一人。
「なあ店主。この薬草、初めて見る薬草だが一体なんの効用があるんだ?」
「ああ、これは止血に使われる薬草だな。この薬草をすりつぶして塗り薬にすると一時的に傷口の膜になって血が止まりやすくなる。ただ傷の治りが早くなるとかではないから、これはあくまで応急処置にしかならんがね」
「ほうほう、なるほどな」と頷く彼女は先日、街の広場で声をかけてきたあの女騎士様である。
農民たちで賑わい合う街中で、真っ白な鎧と背中に携えた大剣はとても目立つためすぐ目に入る。声も女性らしい少し高めの澄んだような声にも関わらず、声量があるため話声がよく耳に入る。
ただ何よりこの女騎士様、背が高い。
当たり前だが、人間という生物は基本的に男性側の方が体格が良くなる傾向にある。確かに例外的に女性でも背が高い女性もいるが、にしてもこの女騎士、体格が大きい。
女性にしてはとかいう次元じゃない。明らかにここに居る誰よりも体が大きい。待ちゆく人だかりの中から頭一つ抜きんでているのが一目瞭然である。その証拠にすれ違う人々が皆、必ず一回はその女騎士を横目で通り過ぎていく。
いやはやこれが「人目を引く」の権化というものか。そんなことを思いながら、恐らく薬草売りであろう店主との会話を少し立ち聞きすることにした。
「騎士様は何かお探しの薬草でもあるんですかい?失礼ながら、あまり薬草に詳しそうにはお見受けできませんが」
「ああちょっとな、弟の病に聞く薬や薬草を探していてな」
「なるほど、もしご無礼なければそのご病とやらをお聞かせいただくことは?」
少し寂しげに目を俯かせた女騎士は、一瞬口を噤み、そして一言
「魔吸病だ」
魔吸病。話には聞いたことがあるが、まさか実際にその患者がいるとは。
本来この世界での生物は、多かれ少なかれ体内に魔力を貯蔵している。その魔力は血液を通して体内に行きわたり、体の免疫機能や細胞の構成等に効果をもたらしていると考えられている。
そしてその魔力は自然界に大量に溢れており、目には見えづらいが空気中を漂っている。基本的にあらゆる生物はその魔力を皮膚や呼吸から体内に吸収し貯蔵する器官を持つ。
この世界で人々が使う魔法と呼ばれるものは、その体内に貯め込んだ魔力を、詠唱や魔法陣により体内から取り出し、エネルギーとして使用することで成立している。
そのため個人が体内に貯蔵している魔力の量こそが、そのまま魔法使いの実力と言われるほど、この魔力量というのはこの世界では大きな能力値の一つとなっている。
ちなみに体内で巡り切った魔力は、自然と皮膚や呼吸によって体外へと排出される。そのため人が多い地域は、空気中の魔力が少し汚染されている場合があるが、それも大抵の場合はすぐに新鮮な空気中の魔力と混ざり合うことで浄化される。だからこんな人込みでも汚染された魔力による不調をきたす人間はいない訳だ。
これは余談だが、最近では人間に害をもたらす魔力で覆われた場所、”魔力汚染区域”というのも耳にする。これも行商人の又聞きになるが、どうやら生物の生命力を奪う魔力が空気中に漂い、そこでは動物はもちろん植物なども枯れ切ってしまっている区域があるらしい。
王家が部隊や専門家を派遣して調査中らしいが、どうやらこれらはある生物から排泄された魔力なのでは?との噂だ。まぁ、その噂の出所も怪しいものだが。
その魔力は自然と浄化されるものなのか、はたまた何か特別な浄化作用が必要なものなのか、さらに言えばこの魔力汚染は今後他の地域にも広がっていくのか、どちらにせよ詳しいことはまだ明らかになっていないらしい。いやはや世間は怖いものだな。まあ普段この街から出ない俺にはあまり関係の無いことではあるが、その汚染魔力がこの街まで漂ってこないことを祈るばかりである。
話は戻って、この魔法を体内に吸収したり排出したり、はたまた免疫機能としての役割を果たせなくしてしまう病がある。それが”魔吸病”だ。
原因ははっきりと分かっていないが、病にかかった本人の魔力貯蔵量の器が異様に小さくなり、体自体が魔力を吸収しにくくなってしまうのが主な症状だ。それによって何が起こるのかというと、体の免疫機能が著しく下がるのだ。
この魔力というもの、自然界に満ち溢れていると言ったが、その中には先ほど言ったように汚染された魔力も存在する。
感染症を想像するとわかりやすいかもしれない。
空気中には感染症に汚染された空気も存在する(正確には感染症が空気に乗って漂っているという表現の方が正しいのかもしれないが)。それを体内への侵入を許してしまった時、体の中ではまず免疫機能が働き、その感染症の原因菌等を攻撃し撃退しようとする。
魔力も同じようなものだ。汚染された魔力を体内に貯蔵された魔力が薄め、それを体外に排出させるのである。しかしこの機能に障害が出るとどうであろう。そう魔力を体内で浄化できず、感染症にかかったような状態になってしまうのだ。さらにこの魔力というのは、免疫機能だけではなく体の様々な役割にも影響をもたらしている。骨や皮膚の成長や傷の治りなど、細胞が変化したり新しく成長する際のエネルギーの一つとして手助けをしているのだ。
そのため幼少期にこの魔吸病に罹患すると、その子供は同年代に比べると骨が弱くなったり、身長が止まったりと身体的な成長に大きな悪影響をもたらすことが解っている。女騎士様の年齢は分からないが、見たとこ相当若いように思える。
そうなってくると、その弟というのも幼少期に魔吸病に罹患していると考えてもおかしくない年齢であろう。
その年で魔吸病に罹患するということは、同年代のように街を走り回ったり、遊びで魔法の使い方を学んだりが出来ずに育ったはずだ。ましてや骨や筋力が弱まっているのだ、重症度にもよるが、ろくに生活も出来ずにベッドで寝た切りの可能性すらある。
要は患えば最後、骨や筋力が弱くなり、尚且つ魔法も殆ど使えなくなる上に、治療法が確立されていないという、聞いただけで絶望を感じてしまうような病なのである。
「魔吸病ねぇ…自分も話には聞いたことあるが、なんせ症例が少なすぎる。未だに不治の病だと言われているあの…」
「ああそうだな。しかし私は必ず弟の病を治せると信じている。これまでの人間の歴史で治療法が未だに見つかっていない病など数えるほどしかない。魔力研究が盛んになってからは、病への研究速度はより一層速まっている。いつ必ずこの病を治す方法が見つかると信じている。そのためにも私にできることは少しでも情報を集め、その手掛かりを探すことだ」
……全く高尚なお方だ。彼女が弟にどれほどの思い入れがあるのかは知らないし興味も無いが、自分の親族のために、不治とさえ言われている病の治療法をこんな辺境の街まで赴いてもなお探し求めている。しかも騎士という職業をこなしながらだ。
それと同時にまだ治療法が見つかっていない事へただ憤りを感じるだけでなく、病を研究する医師たちへ敬意を持って、その治療法確立を信じ自ら手がかりを探しながらその時を待っているのだ。彼女の弟に生まれた彼はさぞかし幸せであろう。自分もこんな家族が欲しかったと心底羨ましく思う。
「関心関心」と頷きながら、そろそろ絵具を見るためにいつもの行商人を探しに行こうかと思った矢先、薬草売りから思いがけない言葉が飛び出した。
「そういえば俺の村の古い言い伝えで、体内の魔力不足を解消する植物ってのが、あるらしいとは聞いたことあるな」
そういう薬草売りは顎に手を当て、「なんだっけなあ…」と呟いた。そして少し考えたのち、こう言い放った。
「あぁそうだ、確か"銀嶺花"、銀嶺花って名前の花だったな」
その瞬間、俺は驚きのあまりハッとした顔で振り向き二人に視線をやった。そこには俺と同じような顔で立ちすくむ女騎士様が居た。そして一言。
「その話、少し詳しく聞かせてくれないか?」
ED 「ナンバーナイン/米津玄師」