第十一話 平和の独裁(中編)
OP 「グングニル/BUMP OF CHICKEN」
「諸君、よく集まった!」
だだっ広い部屋に中年男性の野太い声が響き渡った。
部屋の奥には小さな段差が3段、その上に燦然と設置された玉座。
そしてそこに堂々たる態度で鎮座するは、かつて分裂した帝国を統一し、現在に至るまで安定的な政治基盤を築き上げた帝国最強の戦士にして初代皇帝、ロゴール=ガラクレト様だ。
今から始まるのは各大臣たちが皇帝陛下の目の前で政策についての進捗報告やこれからの方針を決める話し合い、いわゆる“御前会議”というものだ。
玉座を中心とし、そこから扉に続く一本道の両側に向かい合うよう列をなして重臣たちが集められ、厳格な正装に身を包んだ各々は神妙な面持ちで皇帝陛下の言葉を待っている。
正直言って誰が誰なのか顔を見ても全く分からない。
というか興味が無い。
あんな脅し文句で無理やり連れて来られた私からすれば、こんな場所に居ること自体が不服そのもの。
したがってこの場に居る人間のことなど気にも留める必要が無いのだ。
それでも私がこうして大人しく出向いてやったのは、あの憎たらしく玉座に座る皇帝陛下とやらに一泡吹かせてやるためだ。
待っていろ、必ず目にもの見せてやる。
そうこうしている内に会議は進む。
よく分からないが司会は誰かの子息であろう小童が担当していた。
いつもなら若くしてよくやっているものだと褒めるところかもしれないが、今の私は非常に機嫌が悪い。
目の前にいるあの青年に向かって内心は「政治など何も分からないガキが偉そうに、会議の司会程度で政治に参加していると思うなよ」ぐらいの毒は吐いていた。
「では外務大臣、お願いいたします」
そう呼ばれた一人の男はその場から一歩前に踏み出し、手元の資料を広げて皇帝陛下に現在の外交政策を話し始めた。
「現在、我らがメラード帝国は度重なる内戦により国内が大規模な痛手を負った状態なのは周知の事実。だからこそ外交によって他国の力を積極的に借りることが必要だという方針に則り、本日は現在までに行っている外交施策とその進捗、そしてこれからの外交方針案を提示させて頂きます」
そう言った男の年は40代くらいだろうか?少なくとも高齢には見えない。
恐らく自分の仕事に自信があるのだろう。
胸を張って直立し、ハキハキと言葉を述べて報告書を読み上げる。
「現在は南西の隣国であるナスラ王国と、さらにその先、西の海洋に面したハルボロ王国との国交樹立に向けて尽力しております。特にハルボロ王国には向けては積極的に交渉の場を設け、優先的に国交樹立を目指して交渉中となります」
「ほう、隣国であるナスラ王国はまだ分かるが、なぜに離れたハルボロ王国に向けて優先的に交渉を仕掛けているのだ?」
「はい、ハルボロ王国は比較的最近に樹立した国家であります。そのため海洋に面していながら未だ海洋貿易がそこまで発展しておりません」
「では余計に積極的になる必要性は無い気がするが?海洋貿易であればユッストレア帝国という代表的な国があるではないか?」
「いえ、だからこそなのです。大陸において海洋貿易、ひいては航海技術に最も優れたユッストレア帝国では多くの国が国交を結び、現在ではシオズ港は世界貿易の中心の一つにまで成長しました。ですがその影響で他国の干渉を受けやすく、新規でシオズ港の利用権を獲得できる国は年々限られてきています。つまり新参者は厳しい条件とユッストレア帝国の信頼を勝ち取らなければシオズ港の利用は難しいのです」
外務大臣の言っていることは正しい。
遥か昔からユッストレア帝国は海洋貿易国家としてその地位を確固たるものにしてきた歴史ある国だ。
類稀なる航海技術で他国との関係を広め、その技術を侵略では無く融和の為に使って来たのだ。
その甲斐あってか今では大陸と大陸を繋ぐ架け橋となりながら、代表的な港であるシオズ港は様々な国の文化が入り混じった一大都市にまで発展を遂げた。
しかし、皮肉にもそのシオズ港は莫大な利益を生みながら同時に他国からの干渉も助長させることとなる。
その証拠に昔から数えきれない国がユッストレア帝国にシオズ港での利権や敵対する国が利用する事に制限をかけるよう要求したてきた。
その度にユッストレア帝国はその要求を跳ね除け、戦争も辞さない構えを見せていた。
なぜそんなにも強気な態度が取れるかと言うと、多くの国がシオズ港の恩恵を受けていたからだ。
当然そのシオズ港が他国に抑えられるとなればユッストレア帝国に協力する国は数えきれない。
そんな中で戦争を行っても勝てる見込みは薄く、実際に攻撃を仕掛けた国はユッストレア帝国の防衛のために複数の国で組織された“防衛連合”にことごとく返り討ちにされてきた歴史がある。
だが他国からの干渉と防衛戦争に疲弊した国内は近年、新しくシオズ港を利用したいと申し出る国への利用権の付与を制限し始めた。
そのため最近では新興国がシオズ港を使用するための難易度はかなり高いものとなっている。
お陰で昔からシオズ港を利用できる企業の株価は急上昇、もはやシオズ港に着港できるというだけで利権を持っているような状態だ。
そして我が国もそんな新興国の一員、比較的最近まで内戦状態であった我が国にユッストレア帝国がシオズ港の利用を認めるとは到底思えない。
「そこで私が目を付けたのがハルボロ王国です。彼の国は新興国にも関わらず大規模な港を展開しています。国土自体はそこまで大きくないですが、海洋に面した範囲が比較的大きい国です。有効的な港を持つ国は基本的に発展の道を辿るのが世界の常。同じ新興国として我々は今の内に友好的な関係を築き、今後のハルボロ王国発展に乗じるべきだと考えております」
これは非常に筋が通った話だ。
私としてもこの意見には賛成の意が強い。
だが私であればもっと優先すべき国があると考えるがな。
「なるほど、確かに理に適ってはいるな。具体的にはどのように交渉を進めるつもりだ?」
「はい、まずは……」
そうして外務大臣の報告がしばらく続いた。
その後も教育大臣や国軍総長などの報告が続き、とうとう私の番を迎えた。
「よし、一通り終わったようだな。ここからは我が進めよう」
皇帝陛下がそう言うと司会が「承知しました」と言って後ろに下がる。
そして静まり返った部屋に再び野太い声が響く。
「知っている者も居ると思うが、本日から新たに財務大臣をこの場に迎えることとなった。アイザよ、挨拶を」
その言葉と共に私は一歩踏み出し、睨みを聞かせながら挨拶を述べた。
「初めましてアイザ=ホーレストと言います。数日前まではベノマの大学で経済についての講義をしていました。今回は縁あってロゴール様の“ご指名”により財務大臣へと就任させていただく運びとなりました。皆さま、以後お見知りおきを」
軽い自己紹介を終えたが、その場には静寂が流れ拍手の一つも聞こえて来なかった。
これは明らかに歓迎されていないな。
「それではこのまま私の報告に移らせて頂きます。その前に一つ、皆さまには、ひいては皇帝陛下も併せて、一つお願いがございます」
この時点で部屋が少しザワザワとし始めた。
どうやら新参者が偉そうに重鎮たちに、さらには皇帝陛下までもを含めてお願いとやらを言い出したことに困惑が隠し切れないらしい。
加えて私は先ほどの自己紹介で皇帝陛下から“ご指名を頂いた”と述べた。
それも相まってか重鎮たちは警戒心を強めているようだ。
よく見ると皇帝陛下にも少し驚きの表情が見える。
まあ事前の打ち合わせなど何もしていないからな。
だがこれで一泡吹かせる準備は整った。
「……その“お願い”とやらはどんなものなのだ?」
一切表情を変えない皇帝陛下は私に向けて内容の開示を求めて来た。
そこには焦りも驚きも見えはしなかった。
だが今に見ていろよ、その余裕顔、すぐに崩してやる。
「はい、私が財務大臣に就任するにあたり、この場にいる誰一人として私の政策の全てに、意を唱えないで頂きたいのです」
再び部屋が大きくザワついた。
中には顔を真っ赤にして怒りの表情を露わにしている奴もいる。
そして案の定、そいつは私に向かってその感情をぶつけて来た。
「おい!お前!さっきから黙って聞いていれば!一体何様なのだ!」
論理的な言葉が何一つ無い感情的な口調、完全に冷静さを失っている。
「お前は皇帝陛下が時間をかけて作り出したこの“話し合いの場”で、自分の仕事に口を出すなと言っているのか!?全く不遜極まりない!ここは話し合いで政治を決めるという陛下の志によって作られた、新しい政治の中心!今までの帝国は皇帝の独裁的な政治体系が続いていた。故に国民の意思を反映できない状態がこの国の不安定さを招いていたのだ!皆の意思を汲んだ政治、それを掲げる皇帝陛下の目指す平和な国の最前線がこの御前会議であるのだ!」
話を聞いてみると、どうやら熱心な皇帝陛下の信者のようだ。
しかし言っていることは決して間違ってはない。
現に今までの帝国ではこうして各々が役割を持って国を運営することなど皆無に等しかった。
皇帝と国名が変わる度に、そこに存在したのは残酷なまでの絶対王政、家臣の汚職、そして不満を持つ者たちの反乱。
国民たちがこの国に辟易するのは当然のことだろう。
国民が政府を信頼しない、故に反乱の火種は大きくなり、結果的に幾度と無く皇帝が下剋上により入れ替わって来た、それがこの国の歴史である。
そしてこのロゴール=ガラクレトという男もまた、その火種の内の一人であった。
だがこの男はただ君臨するだけの皇帝では無かった。
こうやって各分野に大臣を置き、各々が国民目線で政治に取り組むように義務付けた。
さらには各大臣の政策を監視するために定期的に御前会議を設け、各大臣の政策について互いに意見を言い合える場も整えた。
まさか帝国がここまでの国になるとは私ですら思ってもみなかった。
だからこそ、この重鎮が現皇帝陛下にここまで肩入れする理由も分かる。
そしてこの仕事に誇りと熱意を持っていることも。
だが一つ、こいつは勘違いをしている部分がある。
「お言葉ですが、その話し合いの場を以てしても我らがメラード帝国の経済成長が鈍化しているため、こうして私がこの場に呼ばれることになったのでは?」
私の言葉を聞いた瞬間、この場に居た一同が静まり返った。
恐らく返す言葉も無いのだろう。
それもそのはず、いくら内戦を収めて情勢を安定させたとしても、経済的に困窮したままでは将来的に混乱の火種となる可能性は十二分にある。
幸いな事に現在のメラード帝国では情勢が安定した影響で経済状況は好転の道の歩みつつある。
だが問題は広大な国土を持っていながら、その成長速度が鈍いことにある。
国土が広いという事は、ある程度そこに住む人間の数も多い。
実際にメラード帝国は大陸で一二を争う人口の多さだ。
人口の多さは国力に直結する。
それは軍事的にも経済的にもだ。
しかし実際のところは他国と比べて優位にある国土と人口を有効に活用できていないという現状だ。
恐らくこの場にいる全員がその解決のために取り組んできたことだろう。
事実として国民の生活水準は上がりつつある。
田舎の大学教師でさえ問題無く飯を食えているのだからな。
子供を大学に通わせることが出来るというのは経済的に余裕がある家庭が増えている証拠だ。
だが国全体で見た時、国土や人口に対しての経済成長率が低いのもまた事実。
成長しているとはいえ、未だ戦乱期のような水準で生活している家庭もまた少なくない。
だが終ぞ、その対処法を政府は見つけられなかった。
まあ、個人的には仕方がない部分ではあると思う。
ここに居るほぼ全員が経済において素人同然。
元々が戦乱の中で生まれた政府、さらに言えば民間においても国内が戦乱の中で経済を好んで学ぼうなどという人間もそうは居なかったはず。
単純に人材不足である。
従って内戦終結後の自浄作用のような成長は見られても、それをさらに後押しする術をこの国は知らないのだ。
今ならよく分かる、なぜ皇帝陛下が脅迫まがいの手法を使ってまで私をこの場に引き摺り出したのか。
知らない、分からない分野にも関わらず、それが一刻も早く対処すべきだと事案だと考えていたのだろう。
そしてそれはこの場にいる大臣たちも同じのはずだ。
ただ目の前に現れたのが無名の大学教師だとは思ってもみなかったようだが。
とはいえ経済改革というのは容易いものでは無い。
いくら私が経済に精通していたとしても、実際に政策を進めるうえで国として痛みを感じる事も出て来るはずだ。
良薬が口に苦いとはよく言ったものだ。
その痛みにばかりに目を向けられて政策を邪魔されたのでは迅速な解決など夢のまた夢。
これは最早いつか達成できればいいという話では無いのだ。
私はじっと、この目で皇帝陛下を睨み付けた。
私が財務大臣を務めるのを了承するための条件。
皇帝陛下にあの場で提示した条件は妻が帝都で何不自由無く生活できるように支援をすること。
具体的には少しばかり贅沢な住居と花屋を営めるよう手配をすること。
また定期的に妻と過ごすための休暇取得も認めさせた。
そしてあの場で提示しなった条件、それがこれだ。
いくつか条件があるとは言ったが、何もこれで全てだとは一言も言っていないぞ?
さあ、どうする、皇帝陛下よ。
私は譲るつもりは一切ないぞ?
ほんの少しの間、私と皇帝陛下の睨み合いが続いたが、誰も何も私に言い返せないままでいるのを見兼ねてか、ようやくその男は口を開いた。
「どうした、異論は無いのか?」
皇帝陛下に意見を促されるが、彼らも本物の馬鹿では無い。
事実を否定するような発言まではしないようだ。
むしろ自分たちの実力不足を痛感しているからこそ反論が起きないと言って良い。
まあ、それでも体裁としては話し合いによって国の方針を決定してきた人間たちだ。
一人ぐらい噛みついてもおかしくないとは思っていたのだが。
見ろ、これがあんたの集めた大臣たちの情けない姿だ。
偉そうな新参者に煽られて唇を嚙みしめる事しか出来ない小心者たちの集まりがこの場なのだ。
どうする?これで私の独裁的な経済政策を許せば政府内で不満が溜まり、いつか爆発するかもしれないぞ?
かと言って私は全権を掌握できないのであれば財務大臣など今すぐに止めてやったって構わん。
一度財務大臣になってしまえば、解雇する際の不利益は馬鹿にならない。
皇帝陛下自身で私を指名しているため、このような短期間での解雇は確実に政府の印象を悪くする。
もし再び私を脅して来ようとも、解雇した財務大臣やその家族に何かあっては嫌でも勘繰る輩は出て来るはずだ。
さらに言えば私自身がその仕掛けに人になったって良いからな。
まさに八方塞がり、どう足掻いても皇帝陛下自身の株は下がるはずだ。
陛下よ、これが報いというやつだ。
私を半ば強制的に話し合いの場に連れてくるなど、まさに笑止千万。
平和の最前線が呆れる。
これで少しは痛い目が見れただろう。
だが目線の先に居る皇帝陛下は至って冷静なままであった。
少しは狼狽えると思っていたが、実際にはその素振りすらない。
むしろあの男はこの状況を面白がっているようにも見える。
少し口角を上げ、微笑を浮かべているのが隠しきれていない。
一体何が面白いというのだ?
私はお前が大事にしてきた話し合いの場を壊しに来たのだぞ?
なぜそんな反応が出来る?
しばらくの間そのような睨み合いが続いた後、私の向かいにある列の後方からスッと手が伸びるのが見えた。
皇帝陛下もそれに気が付いたのか、そちらに目線を向けながら言葉を発した。
「そこ、誰だ?」
その声に反応して若々しい声が返って来る。
「はい、私、名をムノ=ステルドと申します。異論と言うよりも、アイザ財務大臣にいくつかご質問させて頂いてもよろしいでしょうか?」
見たところ、どこかの重鎮の息子と言ったところであろうか。
歳はジオスタ様と同じくらいに見える。
まだまだ若い青年でありながら大人たちが緊迫した場で手を上げられる勇気は評しよう。
だが問題は何を発言するかだ。
無鉄砲に進むだけでは通用しないのが世の中というもの。
仮にも皇帝陛下から発言を許可されているのだ、稚拙な言葉を吐けないことぐらいは理解しているのだろうな?
その場に居た全員がムノという青年に目を向ける。
よく見ると父親らしき人物が心配と驚きの眼差しを向けているのが分かる。
さて青年よ、この政治の場で何を口に出す?
「質問を許そう、良いな、財務大臣よ?」
「……質問の内容は?」
私を見据える目に一切の迷いや怯えが感じられない。
自らの発言に自身を持っている証拠だ。
もしくは怖い者知らずの阿呆か。
「アイザ財務大臣は先程から自らの政策には一切の口出しをしないよう“要求”されておりますが、それはこの御前会議にも参加しないという意味でしょうか?」
この青年、私がわざわざ言葉を濁して“お願い”としていたものを改めて“要求”と言い直してきた。
どうやら気の強い噛みつき虫ようだな。
「いえ、定期的に開かれるこちらの会議には皆さん同様に毎回出席させて頂きます。口出しをして欲しくないと“お願い”している身ですが政策の内容や進捗の報告義務はあると考えていますので」
「なるほど」と頷く青年はすぐさま次の質問を投げかけた。
「では仮にアイザ財務大臣の政策が全て失敗に終わったとして、その責任はどのようにして取るおつもりでしょうか?さらに言えば、アイザ財務大臣が他大臣や皇帝陛下からの口出しが不要と言い切れるまでに、その政策の実行確実性はあるのでしょうか?その根拠は?仮に失敗した時に担保となるものはご用意しておられるのでしょうか?」
これは痛いところを突いてくるな。
責任の所在について問われれば、この場合の答えは一つしかない。
当然のことながら私一人のものだ。
本来この話し合いで物事を決めるということは、皆で決めたことだから責任は皆で持つという意味合いも含まれている。
故に、もし私一人で考えた政策で大損害が出た時には平気で私の首が飛ぶものだと腹を括らねばならない。
そして実行確実性だが、こればっかりは証明のしようが無い。
私が現時点で考えている政策が上手くいくのか、それとも頓挫するのか、結局のところはやってみないと分からないという回答になる。
机上で成功・失敗を予測するには見えない要素が多すぎる、少なくともそれが政治と言うものだ。
そして担保となるものも私は持ち合わせていない。
そもそも国の担保になり得るものなど個人が持ち合わせている訳が無い。
この場で担保という言葉を出すのは些か強引な気がするが、突っかかる理由としては悪くない。
失敗後の対応、それも踏まえて実行を考えるべきだとも思うからな。
とはいえ何も最初から私の言う事を信用しろとは微塵も思っていない。
私だって逆の立場だったら胡散臭く感じるからな。
まずは結果を出さなくては全ての物事に説得力は皆無となる。
しかし、だからこそ、私は今この場で胸を張って言わなければならないのだ。
「その場合、責任は全て私一人にあります。何かあれば首の一つでも飛ぶ覚悟は出来ています。実行確実性においては現状、答えられないというのが解答になります。なぜならそれほどまでに現在のメラード帝国が置かれている状況は危機的かつ不安定と言えるからです」
私の言葉を聞いた重鎮たちの一部が「ほら見たことか」と偉そうに詰る。
だが青年は顔色一つ変えずに私の事をじっと見つめるだけであった。
「ですが、無謀な政策を実施するつもりは一切ありません。このメラード帝国において最も確実性が高く、そして経済状況を今以上に、いや、帝国の歴史上最も豊かにするための施策を考えていることは約束しましょう」
さあ、これが私の覚悟だ、と言わんばかりに青年へと視線を送り返す。
青年もまた真剣な眼差しでそれを受け取っていた。
そして数秒後、それに応えるように青年は口を開いた。
「……ありがとうございます。そこまで言うのであれば、私自身はしばらくの間アイザ財務大臣を信じることにいたします。何よりアイザ財務大臣は元大学教師で生徒の中にはジオスタ皇子もいらっしゃったとお聞きしております。それを踏まえると、この場に居る誰よりも経済や民衆の生活実態に詳しいとお見受けします。私としましてはアイザ財務大臣に一旦は任せてみる価値はあると考えますが、皇帝陛下含め他の方々はいかがお考えでしょうか?」
……この青年、さては図ったな?
私に敢えて噛みついて政治に取り組む姿勢と覚悟を引き出し、その上でジオスタ様の名を出すことで経済という分野での専門性と実績を確かなものとして知らしめる。
最後には信じるに値する人物だと肯定して是非を最も地位が高い皇帝陛下に問いただす。
私を指名しているのは皇帝陛下のため、当然の事ながらそれを善しとする。
そうなると不思議なことに、さっきまでは独裁的に経済政策を実施しようとしていた人間から、経済に最も精通しているのは自分だから一旦は自分に全て任せて欲しい、失敗したら責任は必ず取る、と熱弁する政治家の誕生だ。
つまり、皇帝陛下に一泡吹かせてやろうと敢えて反感を買うようにした私の言動が、結果的に財務大臣として熱意を持って取り組む宣言になってしまったのだ。
そもそもこの御前会議の場で反感買うように発言したのは皇帝陛下の株を下げることが目的だ、その後の事はどうなっても構わない。
このまま財務大臣を続けるのであれば妻には不自由ない暮らしを提供できるし、田舎のあの街に帰ることになっても元の生活に戻るだけだ。
どちらになっても私側に不利益は無い。
ただ単に皇帝陛下の言いなりになるのが癪なだけであった。
だがこのように重鎮たち側から私の存在を受け入れられてしまうと、皇帝陛下からしてみれば重鎮たちの意見を飲んだことになってしまう。
そこに居るのは部下の意思を汲んだ皇帝陛下様だ。
くそ、予定が狂った。
見ればあの青年のせいで考えを改め始めている大臣たちも何人か伺える。
特に父親らしき人物は声高らかに「確かにその通りだ!」と吹聴している始末。
よっぽど息子が可愛いのだろう。
そもそもこれは自分たちに経済についての知識が無いから専門家を呼ぼうという話に起因しているはず。
冷静に考えれば私に一任するのが最適という意見もあって当然。
皮肉にも、これでお得意の“話し合い”で私に一任するのが決まってしまったようなもの。
皆で決めたのであれば、この場ではそれが平和的なのだ。
よく見るとさっきまで顔を真っ赤にして噛みついて来た男もすっかりと冷静さを取り戻し、周りの声に耳を貸しているまでになってしまった。
まあ、先ほども言った通り彼らも完全な馬鹿では無いからな。
皇帝陛下への忠誠心は強いようだが、それでもこの実力主義のメラード帝国で役職を与えられるような重鎮だ、冷静になれば感情論だけで物事を語るはずがない。
これは決まりだな、私の負けだ、どうやら感情に身を任せていたのは私のようだ。
「他に異論は無いか?であれば今後は財務大臣の政策についてはアイザ=ホーレストに一任する事とする」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「首相、こちら西の地域での交通網計画が8割ほど完成したとの報告書が来ています。また東部の商業地域から売買に関する現行法に一部不備があるという嘆願書も届いております」
「ありがとう、すぐに確認する」
財務大臣を務めて約10年、気が付くと私の仕事は財務大臣の枠を超え、いつの間にか首相の地位にまで上り詰めていた。
御前会議と称していたあの話し合いの場も、今では立派な議会へと成長し皇帝陛下が政治に介入することも少なくなった。
まあ議会の場には皇帝陛下も参加し、時には意見を述べる場合もあるのだが。
それでも最近は体調不良と称してめっきり参加を見送っている。
一応は議事録を毎回提出しているが、一体どこまで目を通しているのやら。
私はと言えば大学に務めていた時とは比べ物にならないほど立派な執務室で書類に目を通し、何かあれば議会を招集して法を決めていく、そんな忙しない毎日を過ごしている。
「それにしても首相、最近は働き詰めでは無いでしょうか?ちゃんと家に帰れていますか?」
「ああ、心配しないでくれ、なんとか夜が更けるまでには自宅に帰れている。休日は妻と一緒に過ごせているし体調に問題は無い」
「そうですか、それなら良いのですが……」
首相になりたての頃に打ち出した新たな経済改革の影響で確かに最近は帰宅する時間が遅くなり始めている。
その事を心配してか、近頃の秘書はだいぶ私の身体の事を気遣ってくれている。
「それと業務とは別に皇帝陛下がお食事を希望しております。直近で都合の良い日を教えてくれとのことですが、いかがいたしましょうか?」
「……そうか、お前的にはどこが空いてそうなんだ?」
そう聞くと秘書はサッと手帳を取り出し、すぐさま私の予定を確認し始めた
「そうですね……ここ一週間は少し厳しいかと。来月に迫っているゼムレス王家との交流会についての打ち合せなどが立て込んでいます」
私は秘書の言葉を聞いて「そう言えば」と頭を抱えた。
私が財務大臣になった頃から皇帝陛下たっての希望で始まったゼムレス国王家との交流会。
前外務大臣が毎回とんでもなく神経を使って対応していたのが今も脳裏に焼き付いている。
だがこの交流会の影響もあってかゼムレス王国との経済関係は徐々に強固なものとなっていき、今では私の経済改革に欠かせない協力国となっている。
まあ、ゼムレス王国はそもそもの国力が破格だからな。
領土に対しての資源力、工業力、軍事力、のどれもが大陸諸国と比べ段違いで、この三つを基盤に国家が安定して運営されている。
それもこれも数百年前の統一戦争から国をまとめ続けた王家とその側近による努力の賜物だ。
それに比べて我が国と言えば、ほんの数十年ほど前までは国内で争い合い、私が財務大臣になる頃には他国の介入無しには経済成長も見込めないというザマだ。
それでも我が国は着実に経済成長を続け、5年前には現政府の借金がほぼ完済という所まで何とか漕ぎ着けた。
そして今は近隣諸国を中心に協力関係を築きながら、どうにか他大陸の市場にも参入していけるよう奔走している最中である。
いくらゼムレス王国が国力という面で強大だったとしても、我が国には大陸最大の国土と人口がある。
この広大な国土を生かした多種多様な農作物の大量生産。
土壌や気候的な問題でゼムレス王国では栽培できない植物も我が国には溢れている。
我らはこれで勝負をするのだ。
そのためにもまずは他国に我が国を受け入れてもらう必要がある。
そこから始まったのがこのような交流会である。
皇帝陛下が外交に積極的で助かった。
その人柄と口上のお陰で最近では数々の国と貿易や商談の話がまとまっている。
ゼムレス王国とは既に協力関係が結ばれているが、それをより強固なものにするために毎年このような交流会が開かれているのだ。
交流会と言っても実質ゼムレス王国側は来賓だ。
こちらは丁重に持て成す必要がある。
その中身について調整をするのも首相の役目なのだ。
全く、相変わらず楽な仕事ではないな。
胃に穴が空きそうな程の憂鬱感を感じながら皇帝陛下との食事の件を考える。
そもそも皇帝陛下が食事をしようと言う時は大抵ろくでもない事を頼まれると相場が決まっている。
はっきり言って今の私の状況では行きたくもないというのが本音だ。
今以上に面倒な仕事を頼まれでもしたら、胃に穴が空く程度では済まないぞ?
とはいえ皇帝陛下の誘いを断ることなど出来ないので諦めて時間の調整について考える。
「……そうだな、よし、今日の夕方なら空いていると伝えてくれ」
「え!?今日ですか!?それはさすがに急すぎでは!?皇帝陛下になんて言われるか……」
「知らぬ、向こうが誘って来たのだ。こちらの都合に合わせるのは当たり前だろう?安心しろ、たとえ断られたとしても首が飛ぶ訳でも無い」
秘書は怯えた表情で私を見つめた。
私の事をどう思っているかは知らないが、少なくとも彼もまた楽な仕事では無いようだ。
「ああ、それと、妻に今夜は遅くなると連絡を入れておいてくれ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
日が沈んで空が漆黒に染まった頃、私は皇帝陛下の城にある広い食事場に居た。
部屋には豪華な装飾と無駄に長いテーブルが置かれ、贅沢にも椅子を有り余らせてテーブルの端に私と皇帝陛下が向い合せに座る。
「うむ、この肉は中々に美味であるな。一体どこのものだ?」
「はい、こちらフレアント王国の牛肉でございます」
「ほう!フレアントのものか!やはりあの国の肉は違うな、前に食べた鶏肉のソテーも絶品であった!」
軽く頭を垂れながら召使いが質問に答える。
皇帝陛下は笑顔を見せ、手に持ったナイフとフォークを動かす。
私もその速度に合わせて程よく焼けた牛肉を口へと運ぶ。
「どうだ、アイザもそう思うだろう?」
「はい、誠に美味でございます」
私の答えに満足したのか「うむうむ」と頷きながら良い笑顔を見せる様に、もうあの時の権威ある帝国最強の男の姿は見られなかった。
皇帝陛下が体調不良と称して議会を欠席しがちになって早1か月。
以前は毎週のように顔を合わせていた所為か、不思議と久しぶりに会った感覚に襲われる。
なんだか少し会っていない間に随分間の抜けた顔になった気がした。
上手く言い表せないが、少なくとも以前までに感じていた威圧感のようなものが抜け落ちた気がしたのだ。
いつもであれば笑顔の裏には何かを企んでいる微笑を感じることがほとんどであったのに、先ほどの笑顔は心の底から喜びを感じているように見えてしまった。
もしかすると腑抜けてしまったのは私の方なのか?と一瞬考えたが、あの業務量と内容で心が穏やかになるはずがない。
きっと疲れているのだ、そうに違い無い。
「それで皇帝陛下、今日はどういったご用件で?」
回りくどいのは嫌いだ。
それにこうやって突っ込まないと皇帝陛下はいつまでも無駄話をする癖がある。
私とて家で妻が待っているのだ、余計な時間は無しにしたい。
単刀直入な質問に皇帝陛下は一瞬だけ動かす手を止めた。
だがすぐにその手は再び動き始め、口に運んだ肉を飲み込み終えると改まったように口を開いた。
「そういえば其方はそのような人間であったな。だが何か勘違いをしているようだ」
「……勘違いとは?」
「今日は皇帝と首相という関係では無く、友として話をしに来たのだ」
そう言いながら白い布で口元を拭うと、皇帝陛下は今までにないほど真剣な眼差しを私に向けた。
このような顔をするのは珍しい気もするが、どうせろくでもない“頼み事”が待っているのだろう。
私は自分にそう言い聞かせた。
私は肉を口に運びながら言葉を待った。
だがその口から放たれたのは思ってもみない言葉だった。
「病が見つかった、我はもう長くない」
次に手を止めることとなったのは私の方であった。
思わず左手が肉の刺さったままのフォークから手を離した。
「……それは、一体どういった意味でしょうか?」
「ハッハッハ!どうした、急に阿呆になったのか?深い意味など無い、言葉のままの通りだ」
皇帝陛下はいつもの顔に戻り、再び手を動かし始める。
「なんだ?また面倒な仕事を頼まれるとでも思ったか?」
「いや、まあ、そうですね……」
皇帝陛下がもう長くはない。
私はその事実を瞬時には受け止めることができず、ぎこちない受け答えとなってしまった。
「……あと、どのくらいですか、残された時間は」
「医者が言うには1年も無いらしい」
沈黙が流れ、食器がカチャカチャとぶつかり合う音だけが響いた。
「ご家族は、この事をご存じなのでしょうか」
「いや、まだだ。今日の朝、医者から聞いたばかりだからな」
皇帝陛下が長くないというのもさることながら、家族にまだそのことを伝えていないというのにも困惑した。
「なぜ、ご家族よりも、先に私へ?」
「だから言っているだろう?今日は友として会いに来たと」
……理解できない。
私には家族よりも友を優先する気持ちは解り兼ねる。
だが皇帝陛下にとっては今回の事は家族よりも先に友と話したい事だったのだろう。
皇帝陛下にとっての友の扱いは、どうやら私のそれとはかなり違うらしい。
「アイザ、其方は友と家族というものを少し勘違いしている」
「……と言いますと?」
大きなため息をついた皇帝陛下はそのまま話を続けた。
「いいか?いくら家族といえど、自らの全てを話せるという訳では無いのだ。其方は幼くして家族を失ったため理解できないかもしれないが、例え家族でも簡単に打ち明けられないことは山ほどある」
そこまで言うと皇帝陛下は最後の肉片を口に運び、よく噛んで飲み込んだ。
「だが家族には言えないことも、友には話せる、そういう場合もあるのだ。其方は仕事の愚痴を妻に零すのか?いや、そんな事はしないだろう。そう言う人間なのは知っている。仕事の愚痴の矛先は大半が秘書に向かっているのではないか?」
全く、なんでもお見通しだな。
まんまと言い当てられた私は「まぁ……」と小さく呟く事しか出来なかった。
確かに妻は私の仕事の内容をほとんど知らない。
そんな中で愚痴を言ったとしても、そこに夫婦として良い時間が流れる事は恐らくないはずだ。
とはいえこの心労は抱えておくには重すぎる。
その宛先は当然のことながら秘書に向く。
にも関わらず彼は文句を大して垂れることなく仕事をこなしてくれている。
その辺りは私も感謝している、良い秘書を持ったものだ。
「確かに、そうですね……私も妻に話せないことの一つや二つ、あるかもしれません。ですが今回は命に関わる事です。早くご家族にご連絡した方が良いのではないでしょうか?」
皇帝陛下は再び溜め息を零し、さらに呆れた顔になる。
「そんな事は我も分かっている。だが、いざその場面を想像すると勇気が要るものだ。これも同じように考えてみろ、其方は妻に自分が長くないと簡単に告げられるのか?」
これもまた想像すると、私が思っているほど簡単にはいかないことに気が付く。
私が死んだ後、一人残された妻は大丈夫なのだろうか?
いや、妻は強い人間だ、一人で生きていく分には問題は無いだろう。
だが彼女は思慮深い人間でもある、私が死んだ後しばらくの間は一人寂しく生きようとするかもしれない。
そうなると老後が心配だ。
彼女にはなるべく健康的で心温まる老後を送ってもらいたい。
そのためには良好な人間関係は不可欠だ。
そんな不安や心配を抱えながら妻にその事実を告げることがどれだけ重いことなのかは想像に難くない。
改めて自分がいかに想像力の欠如している人間かを思い知らされる。
「……どんな男にもな、友が必要なのだ。どんなことも笑い合える友がな」
……正直言って私は生まれてこの方、友と呼べる人間関係を持ったことが一度もない。
それは私が内向的なのか、はたまた外的要因が影響しているのかは分からない。
だが少なくとも皇帝陛下にとっての友と呼べる存在になれたと思った事は一度も無かった。
だからこそ、今この時になって皇帝陛下の口から出た“友”という言葉をどう受け取って良いのか分からなかった。
「………ロゴール様、あなたは私を友と呼んでくださるのですか?」
私の言葉を静かに受け取ったロゴール様は小さく口を開いた。
「………この10年、我が統一したこの国は間違いなく其方と共に歩んできた10年であった。振り返れば、其方が居なければ成し遂げられなかった事ばかりだ」
皇帝陛下からお褒めの言葉を頂くことはそう無かったため、なんだかむず痒い気持ちだ。
「時には腐った重鎮どもを陥れたり、時には小国を外交で脅したりもしたな。懐かしい、その隣にはいつも私と同じく悪い顔をした其方が居た」
まあ、そんなこともあったな。
だが同じ顔というのは心外だ。
絶対に陛下の方が悪い顔をしていた。
「無理難題を課し、互いに衝突を繰り返したこの10年。……だが、笑い合うことも多かった10年でもあった」
私はこの時のロゴール=ガラクレトという偉大な男の笑顔を、生涯忘れることは無いと悟った。
「友よ、非常に愉快な日々であった」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「少し、話を良いか?」
西日を受けた丘に心地よい風が流れ、それに乗せられたように透き通る声が背後から私の肩を叩いた。
「!?ゼムレス王!一体何用でしょうか!?」
そこには20代のジオスタ様よりも一回り程年上、しかし王としてはまだまだ若いゼムレス王の姿があった。
「よせ、もう10年近い仲であろう?そこまで畏まることはないのだぞ?」
口を開けばロゴール様と似て気さくな性格だが、その実は大陸最強の呼び声高い兵力と豊富な資源を持つゼムレス王国の頂点に君臨する人物。
ロゴール様を悼むという事で身なりはいつもと違いだいぶ質素なものとなっているが、それにも関わらず言い表せないような威厳を感じる。
「いえ、そう言う訳には……騎士団の皆様もお疲れ様です」
そう言って私は後ろに控える数人の騎士にも頭を軽く下げた。
向こうも無言で頭を下げ、挨拶を返してくれた。
漆黒の鎧を身に纏う彼らはゼムレス王国最高戦力の一つである“黒翼の騎士団”の団員たちだ。
一際目立つのは中心に立つ大柄な男。
首には団長の証である片翼の首飾を下げ、背中には刀身が細長く曲線を描いた太刀と呼ばれる武器を装備している。
遠目で見ても周りより大柄なその身長は優に2mを超え、それに合わせて太刀の刀身も普通では考えられないほどの長さとなっている。
「お話があるのであれば呼び出していただければお伺いしましたのに、何故わざわざここまで足を運びになられて……」
「いや、良いのだ。この男の前で話がしたかった」
そう言う私たちの目の前にはメラード帝国前皇帝、ロゴール=ガラクレト氏の墓標が悠然と立っていた。
沈みゆく西日に照らされて神々しさすら感じるその墓標は、まるで生前の姿を映しているかのようにも感じた。
「……随分と呆気ないものだな」
「……」
「帝国を統一し、経済を回復させ、あまつさえ大陸で最も民主的な議会までをも設立した。国体が違うとはいえ、ここまで民主的な取り組みをこの速度で我が国が行えるかと聞かれれば答えは否だ。そんな偉大な男も逝く時はコロッとだ。人というのはなんと脆く儚いことか」
「……せっかくの交流会がこのような形になってしまい、申し訳ございません」
「なぜ謝る?誰の所為でもないであろう?今はこうしてまた会えたことを喜ぼうではないか。この男もそれを望んでいるはずだ」
言葉の節々からロゴール様に対しての尊敬の念が感じられる。
王と帝、名や役割は違えども互いに国の長として心が通じ合うものが存在したのは確かなはずだ。
ロゴール様も何かあればゼムレス王とよく会いたがっていたのを思い出す。
二人の間には私とはまた違う、しかし確かに固い友情と呼ばれるものが結ばれていたのだ。
「……ロゴール様は」
ゼムレス王の話を聞いて思わず口を開く。
本来、他国の王との会話は政治的な影響が出ないように言葉を選ぶのが最善だ。
だがこの時の私は無意識に胸の中の想いを吐露してしまっていた。
「ロゴール様は、最後まで毅然と生きていたと思います。残された時間がそう長くないと分かっていながらも、最後まで帝国の未来について思慮しておりました。それはまるであの眩しい太陽のように、情熱を最後まで抱き続けた余生だったと思います。その姿を、私は決して呆気ないとは思いません」
王の言葉を否定するなど合ってはならない事だが、それに気が付いた頃には後の祭り。
私のただ真っすぐなロゴール様への想いだけがこの時の私を動かしていた。
「……そうか、アイザ首相がそう言うのであれば、きっとそうなのだろう。なんせロゴール殿とは長い付き合いだからな。それに加えて今では帝国初の首相として政治のほぼ全権を握っているそうではないか?全く、財務大臣の頃が懐かしいなぁ。そう言えば知っているか?巷では“平和の独裁者”と呼ばれているらしいぞ?まあ戦乱続きの帝国から一切の血を流さずに首相の地位にまで上り詰めたのだ。そのような二つ名がついても不思議では無い。其方が首相である限りはあの男も心配せずにしばらくは休めることであろう」
朗らかの笑みを浮かべたゼムレス王に勿体無い程の言葉を頂き、再び何とも言えない気持ちになる。
「いえ、別に私は脅されて利用されただけの“駒”ですよ。ただ最後には“悪友”ぐらいにはなれたようですが」
褒められるのに慣れていない所為か、素直になれずについ反論を述べてしまった。
まあ、長い付きあいだったかと聞かれれば、統一戦争時代の戦乱を生き抜いた仲間たちの方が付き合い自体は長い訳で、私が関わったのは晩年の約10年のみだ、あながち嘘は言っていない。
それに“独裁者”と言っても政治的な事案は全て議会を通して決定しているし、最終的な決定権は依然として皇帝陛下が握っていた。
確かに晩年は私に政治的決定を一任していたのもまた事実ではあるが。
それでも独裁的な政治体系の撤廃を掲げ、法整備を行ってきたのもまた事実。
私はそれに抵触しないよう権力を使用しているに過ぎない。
首相になった経緯だって財務大臣時代の政策が偶然上手くいき過ぎただけの事。
議会開設時に国民の支持を得て首相になったと言われているが、その中身は私の実績だけを見た権威主義的な一面もあったかもしれない。
実際のところ首相は議会内での推薦と投票で決まるからな。
議員たちからしたら実績のみを見て私に投票した者も少なくないはずだ。
それにロゴール様と“悪い顔”を共にしたことは数えきれない。
胸を張って頼れる首相かと聞かれれば疑問は残るだろう。
「はっはっは!これはロゴール殿とだいぶ“おイタ”をしたようだな!まあ、だからこそ“悪友とやらになれたのだろう。しかしそれが本当に国を想っての行動だったからこそ、今の地位があるはずだ。それを踏まえればロゴール殿もさぞかし良い友を持ったものだ」
何を言っても綺麗に返されてしまう。
ここまで来ると普通の他国の王であれば返答に困ってしまうような発言をしている自分に嫌悪感を感じてしまう。
「そういえば、ジオスタ殿の戴冠式はいつなのだ?私が滞在している間に行うのであれば是非とも参加し、若き帝の姿を見届けたいのだが」
「ああ、それであれば3日後を予定しております。ゼムレス家の皆さんはあと5日間の滞在予定だと聞いていますので、それ用の席を用意させていただきます。“黒翼の皆さん”は式中の警備にご協力頂きたいため、明日の午前に会議の場を設けさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
私の言葉を聞いて黒翼の団長は静かに「了解した」と頷いた。
端正な顔つきに大柄の身体、黒い短髪が良く似合うその姿は中肉中背の私とは大違いだ。
それでいて大陸最強の剣士だと呼び声高い実力に裏付けされた黒翼の騎士団団長の称号。
傍から見れば富・名声・力、この三つを手にして豊かな暮らしをしていると思われがちだが、約10年間この騎士団を見て来た私からすれば黒翼の騎士団というのが決して楽な仕事ではないことぐらい分かる。
基本的にゼムレス王国は他国に対して友好的な関係を築くことに積極的だ。
それ故に大陸の離れた国と国交を樹立するためにゼムレス王家が遠路遥々その国まで出向いたりするのも珍しくない。
そしてそんなゼムレス王家の出向時に護衛として就くのがこの“黒翼の騎士団”である。
だがこの騎士団の役割はそれだけではない。
個人的には護衛以外の役割の方がよっぽどこの騎士団を忌避する理由になっているのだがな。
「それではジオスタ殿が政治的な場に顔を出すのもそう遠くは無いのだな。一体どんな発言をするのか楽しみだ」
若き未来を想像し胸を躍らせるゼムレス王の姿はまるで、自らの息子の成長を心待ちにしている父親のようにも見えた。
それもそうか、ゼムレス家との交流が始まってもう10年になる。
大学に通っていたとはいえ青臭い青年であったジオスタ様の成長を見届けて来たゼムレス王にとっては実の息子に近い感覚があるのだろう。
そしてその成長の集大成が皇帝として政治的権力を発動することなのだ。
前皇帝が死去した今、議会という新しい政治体制の中で若き皇帝がどのように立ち振る舞うのか、ゼムレス王としては見ものだろう。
しかし3日後、ゼムレス王を含めほとんどの大衆はその期待を裏切られることになる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ジオスタ様、そろそろお時間です」
窓の外から吹き込む風でジオスタ様の長い髪が揺れる。
多少は動揺しているのだろうが、その凛々しい後ろ姿を見ると不安や心配など杞憂に過ぎないと思わされる。
子は親の背中を見て育つという言葉もあるらしいが、どうやらジオスタ様には当てはまらなかったようだ。
あの荒々しい親からこれほどまでに聡明な子が生まれるとは誰も思うまい。
「……生前、父はここで風を浴びるのが好きだった」
ここというのは城の最上部、玉座の間よりもさらに上階にある小さな部屋だ。
物見部屋のように窓が四方に付けられ、帝都全体を見通すことが可能だ。
石造りで若干ひんやりとした部屋に入って来る風はやたら透き通ったように感じる。
私も何度かロゴール様に連れて来られ、この部屋に上がったことがある。
今日は久しぶりに来た訳だが、改めて中々に良い場所だと思う。
窓の外には米粒程に見える数えきれない大衆が、前皇帝を悼むと共に新たな皇帝の誕生を見届けようと城前に押し寄せていた。
「……存じております。この帝都を、いやこのメラード帝国全体を見通すお姿は今もこの目に焼き付いて離れません」
一瞬の沈黙の後、ジオスタ様は静かに口を開いた。
「アイザ首相……いえ、アイザ先生、一つよろしいでしょうか?」
久しく聞いていなかった呼び名に私は戸惑いを隠せなかった。
ジオスタ様からそのように呼ばれるのはいつ振りだろうか?
「ジオスタ様、一体どうなさったのですか?」
「……今だけは先生と呼ぶことをお許しください。先生にお聞きしたいことが一つあるのです」
振り返ったジオスタ様の真剣な目に私は釘付けとなってしまった。
身の振り方は違えど、その力強い瞳はあの頃のロゴール様にそっくりであったのだ。
「……一体何についてだ?」
ジオスタ様に合わせてあの頃のように偉そうな口を開く私を咎める事も無く、逆に少し嬉しそうな表情を浮かべながら若き皇帝は胸の中にある問を口に出した。
「この国は、元々常に戦乱の中にありました。それを我が父ロゴール=ガラクレトが統一し、アイザ=ホーレスト首相によって法治国家的な発展を遂げて来ました。その期間、実に30年余り。父がこの国を統一しようと動き始めて僅か30年余りでメラード帝国はここまで来たのです」
よくよく聞くと驚くべき速度だ。
大陸最大の帝国を僅か10年で統一し、もう10年で平和的な統治を進め、残りの10年で議会の設置や法整備、特権階級の解体等の法治国家足り得る存在にまで押し上げたのだ。
後ろ10年に自分が大きく関与しているのは誇らしいが、そもそもの土台はほぼ全てロゴール様が築き上げたものだ。
私はその基盤を以って政策を推し進めたまで。
「皇帝や特権階級による独裁を撤廃し、民衆から選定された人間が首相として国を動かしている今、私は皇帝という存在が果たしてこの国に必要なのか?些か疑問を感じる事があるのです」
学生時代から聡明な人間だとは思っていたが、まさかその若さでこの問いにまで辿り着くとは。
しかも次期皇帝になる人間がだ。
もしかすると私は、このメラード帝国という国において最上の歴史的瞬間に立ち会っているのかもしれない。
「アイザ先生、私は皇帝位を廃止したいと考えています」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「皇帝位の、廃止、だと?」
帝国での皇帝位の廃止。
どれほど国名と政権が変わろうとも、帝政だけは頑として守り続けて来たこの国が今、皇帝陛下自身の意思でその国体に終わりを告げようとしている。
「……仮にそれが実現したとして、ジオスタは今後どうするつもりなのだ?」
「私は……」
ジオスタは一息ついて、遠くを見つめるように質問に答えた。
「私は、一市民にでもなろうと思います。父が築き上げたこの平和な国を眺めながら、その結晶の一つとして、この国で平穏に生涯を終えたいです。幸いにもまだ世継ぎは居ません。無駄な後継者争いが起きる前に皇帝から退き、帝の居ない国を堪能しようと考えています」
風に吹かれながら浮かべたその朗らかな表情に、心の底から皇帝位というものに執着が無いのだと感じ取れた。
まあ、元々は田舎の大学にわざわざ経済を学ぶため入学するような性格だ。
地位や名誉などには微塵も興味が無いのだろう。
「この考えについていかがお考えでしょうか?アイザ先生の見解をお聞きしたいです」
私は少し考え込んでしまった。
本来この国はその名の通り帝が統治する国である。
故に皇帝陛下がそうしたいのであれば考えが通るのは大前提。
だがここで単純にジオスタ本人の意見を肯定するだけというのも何か違う気もした。
ジオスタがどんな答えを欲しがっているのかは知らないが、私は素直に自分の意見を述べることにした。
「……私はこの国に皇帝という存在は必要だと感じる」
「……その心は?」
思っていた答えと違ったのか、ジオスタからは困惑の表情が見受けられた。
ロゴール様の理想を知っている私ならば多少なりともこの意見を肯定すると考えていたのだろう。
その上で実現に向けた段取りを聞きたかったのかもしれないが、残念なことに私の心はそちら側に傾いてはいない。
「……極東のとある国には、王家が一切の政治的権力を持たない国がある。まあ、王家と言う表現は正確ではないがな。彼の国には“君臨すれども統治せず”という掟が公的に定められているそうだ」
「……一切というのは、本当に一切なのですか?」
「ああ、一切だ。全ての政治的決定は国民から正当に選ばれた首相に相当する者を中心として構成される内閣という機関で決定される。王はいかなる理由があれどもそこに一切の関与が許されていない」
大陸では議会制を取り入れ始めている国は決して少なくないが、そのほとんどが未だ王や特権階級の権力を完全に撤廃するには至っていない。
要するに最終決定権は王や特権階級にあり、内閣や議会は政策を進めるうえで民意の代弁者に過ぎないのだ。
まあ、これはこれである程度役割を果たしているとは言える。
少なくとも民衆の意見が政治の場において可視化されることは良いことだ。
しかしながら、大陸が未だこのように君主が絶対的な権力を持つ中で、極東のとある海洋には早くに王が政治の場から退いた国家が存在した。
「彼の国の名は皇国。王は神の子孫と崇められ、長い歴史の中でその国の最高権力として君臨した。だが数世代前の王によってその君臨は終わりを告げ、今では定期的に代わる首相を政治的な最高権力と定めている」
この国の存在を知ることなど大陸で普通に過ごしている限り恐らく一生かけてもないだろう。
なんせその国は大陸の遥か東、大海に孤立する小さな島国だと聞く。
だがその革命的な政治体制は学者の間では密かな話題となっていた。
その一番の理由としては王の扱いである。
「その国は権力を失った王を退位させることはせず、むしろ王家が途絶えぬよう妃選びに注力しているとまで聞く。当然のことながら王家の一員となった瞬間に多大な税によって生活には一切困らない人生を保障され、例え立場が王位継承権から離れた存在だったとしても王家の中での扱いは皆平等。ここまでの話を聞くと、妃にさえなれてしまえば人としての生活は一生安泰だと考えられるかもしれない」
それを聞いたジオスタは不思議そうな表情を浮かべた。
「権力を失った王家を、さらには王位継承権の低い者でさえ手厚く生活を保障する理由とは一体何なのですか……?」
ジオスタが疑問を抱くのも無理はない。
この国の政治体制はついこの間までの我が国に非常に似ている。
ロゴール様が体調不良と称して政治から離れている間、首相である私が政治のほとんどを最高責任者として回していたわけだからな。
その状態にある我が国で皇帝が不要では無いのかとジオスタは疑問に思っているのだ。
私は焦らすことはせず、短く一言でその答えを言い放った。
「象徴だ」
「象徴、ですか……?」
息を飲んだジオスタに、私は構わず話を続けた。
「そう、象徴だ。彼らは皇国にとっての象徴として生き、そして死んでいく定めとなるのだ」
「象徴……それは、その国にとってそれほど必要なことなのでしょうか?」
「象徴という存在の有用性を問われれば不明瞭な点はいくつかある。しかしその存在が一定の功績を上げていることもまた否定のしようが無い」
「……具体的にどんなものがあるのですか?」
どんどんジオスタの目が学生時代の輝きを取り戻していくのが分かった。
酷く懐かしい感覚に襲われ、改めて時の流れを実感する。
「先ほども少し述べたが、彼ら王家は皇国の始祖である二人の神の子孫だと言い伝えられている。要は神教だ。実在する神、現人神が国を治めているのだから自分たちは平和に暮らすことが出来る。国民はそう信じ込んでいるのだ」
「………なるほど、ではその神教の経典に従って国民は暮らしているのですね。それであれば他の宗教国家と代わり無い気がしますが……」
そう、傍から見ればただの宗教国家だ。
だが皇国の神髄はここからである。
「確かに宗教国家と言われればその通りだ。だが重要なところは、この宗教には開祖も経典も存在しない。さらにはこの世のあらゆるもの、万物には神が宿るという多神教であることも特異な点だ」
私の言葉を聞いた瞬間、ジオスタが驚きの声を上げた。
「そ、そんな!なんですかその宗教は!?そんなものを宗教と呼べるのですか!?」
当然の反応だ、私も初めて皇国の文献を読んだ時は驚きを隠せなかったものだ。
「誰が始めたのかも分からない、守るべき教えも存在しない、信仰の対象も現人神と呼ばれる王だけでは無くこの世の万物を神として扱う……そんな宗教で国を治めていけるのですか!?」
目を見開き少し声を荒げたジオスタに、私は冷静に言葉を返した。
「だからこそ、国内が安定するのだ」
はっきりと返された言葉に未だ信じられないと言う表情のジオスタに向けて、私は言葉を続けた。
「彼ら王家は毎日、何かしらの公務を行っている。公務の種類はいくつかあるが、そのほとんどが皇国の文化を維持するための内容だ。古くから続く文化を彼らは守り続けるための活動を日々行っているのだ」
「……それに一体どんな関係が?」
「誤解を恐れずに言うと、彼らには人権が無い。生まれながらにして公人、神の子孫という肩書を持つ彼らはこの公務からは逃れることは出来ない。必ず決められた日々の工程をこなしながら、それ以外にも突発的な公務に取り組み国民の象徴であり続けなければならないのだ」
そう、神の子孫であるが故に、皇国の象徴として厳格な行動を強いられる。
好き勝手に食を選ぶことも出来なければ、休日でさえ公人としての行動を求められる。
まさに人権が無いという言葉がよく当てはまるだろう。
「だからこそ国民は王家を崇め称える。彼ら現人神が国民の平和を祈って日々さまざまな公務に励んでいるからこそ今の自分たちがあると思えるのだ」
もちろん全ての国民が王家に対して心酔している訳ではないのだろう。
だが実際に多くの民が王家に対して尊敬であったり高尚な一面を感じているのは確かだという。
「さらに面白いのは、この多神教というのが国内の安定に大きく貢献している点だ。様々な物に神が宿る、故に信仰の自由度が高いのだ。経典が無い分、己の良心に従って周りの人や物、自然を大切に扱うことが習慣になっているため争いを極端に避ける傾向にある。その驚異的な協調性や同調力が国内の内乱を抑制し、武力では無く言論や倫理性に基づいた統治を強く進める要因となっているのだ。それが平和に繋がっていると言える」
周囲のものを大切に思うが故に驚異的な協調性が育まれ、それが王による統治では無く国民自身による言論での統治に繋がったのだ。
「大まかに説明をしたが、これが皇国という国の正体だ」
私自身、この国の事を知った時に魂が震えたのを覚えている。
昔から夢物語だと考えていた未来が遠くの島国で既に実現していたのだ。
これこそ本物の“平和の独裁”と言えるのではないだろうか?
王を象徴と崇めながら国民自身の手で言論による統治が行われる。
王自身は神でありながらも、見たり聞いたりすることが出来る現人神であるため、象徴という存在を身近に感じながら国民は心の平穏を保って生活できる。
ジオスタが言うように王が居ない共和国という概念もあるにはあるが、如何せん歴史的に見ても実績が乏しく一人の国民に権力が集中しやすい政治体系になってしまう。
“君臨すれども統治せず”
この広大な帝国において安定的な国家運営を図るのであれば、我らが目指すべきなのはこの皇国を模した政治体系、俗に言う立憲君主制では無いのかと強く考える。
「ジオスタ様、私たちは少なくともこの10年間、帝国で続いた独裁的な政治体制の変革に強く取り組んできました。今ここであなた様が望むのであれば、その強大な権力を持った君主制をここで終わらせ、権力では無く権威を持つ帝へとなって頂く準備は既に整っております。この広大な帝国を統治するためにも、帝が居ない国では無く、帝が象徴として君臨し、国民の心を導くような存在へとなられることを、私は強く希望いたします」
私の言葉がどれほど響いているのかは分からない。
だがしかし、現状での皇帝陛下の必要性と役割は伝わったはずだ。
もし共和制にでもなったら、その強大な権力を巡って国内で熾烈な争いが再び起きないとも限らない。
統治する者が居なくなるというのは、そういう危険性を孕んだ事でもあるのだ。
そのような混乱が現段階で起きれば、この国は再び大きな後退の一途を辿ることになってしまう。
ジオスタ様を見ると俯き考え込む素振りを見せていた。
皇帝位の廃止というのも私自身は非常に興味のある未来の一つだ。
だがロゴール様の意思を継ぐのであれば、歴史ある帝国という国体を残して置くのは重要だと考える
「……これが、父上の思い描いた未来なのですか?」
ロゴール様が思い描いた平和な未来。
明確にこのような政治体系の会話をしたわけでは無いが、少なくとも最も近しい形はこれだと私は感じている。
「ロゴール様が頭の中に何を思い描いていたのかは正確には分かり兼ねます。ロゴール様が一貫して語っていたのは平和についてのみですので。しかし私としましては、帝国という歴史と国体を残しつつ、平和的な統治をするのであれば、この形が最も適していると考えます」
この言葉を聞いてジオスタ様はまた少し考え込んだ。
そう言えば昔、ジオスタ様自身が王や帝に対して否定的な意見を述べていたのを思い出す。
血筋で絶対的な権力者が君臨してしまうが故に、必ずどこかで悪王が誕生してしまう。
それを取り除くためには君主制の廃止が必要では無いのかという主張だ。
恐らく根底にはその考えがあるのだろう。
大学生の研究として見れば興味深い題材ではある。
何も学生の頃の学びや考えを否定するつもりは一切ない。
そのような意見が出ることもまた学びの一つだ。
だが今の私には偉大な帝を父に持った息子の重圧による意見のように聞こえてしまう部分も無くはない。
偉大な父に対して自分が悪帝になってしまうのではないか?
2代目皇帝としては至極当然の不安から逃げるための選択肢を述べている気もする。
だが私としてはジオスタ様が権力を持った君主として君臨するのであればそれでいいと思っている。
なぜならそう思えるほど立派で聡明な青年に彼が育ったからだ。
しかし本人の中でどこかその重圧に耐えられない部分、もしくはこれから生まれる子孫のどこかで悪帝が君臨してしまうかもしれないという不安に駆られるようであれば、私は権力からの解放を止めはしない。
だが出来ることなら、象徴という形で帝国に貢献して欲しいとは思う。
その後どれくらいの時間が経っただろうか。
体感ではかなりの時間が過ぎた気がした。
一瞬だけ目を閉じたジオスタ様は何かを決意したかのように口を開いた。
「アイザ首相、時間だ、戴冠式に向かうとしよう」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ジオスタ=ガラクレト。貴殿がメラード帝国第2代皇帝に即位することをここに宣言する」
そう言ってジオスタ様の頭に帝冠を被せるのはロゴール様と共に戦乱の時代を生き抜いた武力においての右腕、ホロス氏だ。
ロゴール様と同じく彼自身も既に若くは無いが、それでも戦士の証である数々の生傷と強靭な肉体が今もその威厳を強く放つ。
国教の無いこの国で聖職者以外に帝冠を授ける者としては現状この人物より相応しい者は居ないだろう。
ジオスタ様の頭上に載った帝冠が輝きを放ち、新しい帝の誕生を祝う様にその頭部に鎮座する。
それを見た周囲の重鎮たちが手を叩いてその瞬間を祝う中、どこか暗い影が見えるその表情に気付いたのはきっと私だけのはずだ。
決まり切ったやり取りが終了し、最後に皇帝陛下のお言葉が下る。
この国の重鎮が一同に会す中、ジオスタ様の堂々且つ凛々しいお姿に一種の感動を覚える。
少しだけ息を吸い、そこから吐かれた言葉でその場の静寂は一気に引き裂かれた。
「知ってのとおり、我がこのメラード帝国2代目皇帝となるジオスタ=ガラクレトだ。皆の者、以後よろしく頼む」
再び大きな拍手が会場全体を包み込む。
それが鳴り止むと、ジオスタ様は言葉が続きを口にした。
「我が父、ロゴール=ガラクレトが帝国を統一し早30年余り、実に険しい道のりであったと聞いている。だが父はどんな逆境にも負けず、この国を今や大陸で最高水準の法治国家へと押し上げた。その手腕はもはや誰であろうと疑うことが出来ない周知の事実。その跡を継ぐ我にも多大なる期待が寄せられていることも自覚している」
あれほどまでにジオスタ様の覚悟が決まった目を見たのは初めてだ。
思えば聡明な青年であったにも関わらず、どこかおちゃらけて頼りない雰囲気が抜けないと感じていたのはきっと、皇子として生きていく覚悟がどこか決まっていなかったからなのかもしれない。
それ故に田舎の大学をわざわざ選び、その頃の帝国にとって優先順位の低い経済学を学ぼうとしたのかもしれない。
だがそんな青年が今や大勢の重鎮の前で皇帝として立派な発言をしている。
教師という仕事自体に何か執着がある訳ではないが、生徒の成長を見届けるという一点に関しては何も代えがたいものだというのを改めて強く感じる瞬間であった。
「だがしかし、先ほども言ったようにこの国は現在大陸で最高水準の法治国家だ。その過程には国民から選ばれた政治家たちの血と汗と涙があることは決して忘れてはならない。故に我は、今この場で皇帝による政治的権力に終わりを告げ、帝国を国民が国民のために政治を行う国家として新たな歴史を刻み始めるのを強く望む」
周囲がザワつき始めた。
まるで私が最初に御前会議で壮語を吐いた時のようだ。
そして重鎮たちの困惑の声が消えないうちに、ジオスタ様は最後の言葉を述べた。
「皆の者!よく聞け!メラード帝国皇帝の政治的権力の撤廃を、今ここでこの国の法に書き記す!これが我の、メラード帝国2代目皇帝の、最初で最後の政策である!」
ED 「青の朔日/BUMP OF CHICKEN」




