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男装勇者クリス・ハルバードの素行について

 昔から、可愛いモノが好きだった。


 とくに、可愛い女の子。

 ふわふわで、いい匂いがして、儚げで。小さな鋭い牙を隠している。

 だから私はこうやって、可愛い彼女たちが望む貴公子然とした服を纏う。


 王都に凱旋してきた勇者──つまりは私にうっとりと蕩けそうな眼差しを向けてきた娘たちを思い出しながら、アルルの淹れてくれた薬草茶を飲む。

 久々に会ったアルルは、そりゃもう可愛い。

 とても、めちゃくちゃ可愛い。

 陶器のような白い肌に、フリルが似合う華奢な体。

 潤みがちな瞳も、薔薇の唇も、何もかもが可愛くて仕方がない。

 私はまたアルルに怒られないように、こっそりとその横顔を堪能することにした。


 ──勇者クリス・ハルバードは女性である。


 と言われたって、誰も驚きはしないだろう。

 正直、この王国に暮らす者ならば一度は耳にしたことがあるはずだ。

 私、クリス・ハルバードが男装した女であることは、いわゆる公然の秘密として扱われている。おもににご婦人方からは貴公子とか、王子様とか、あるいは騎士様とか。そんな風に呼ばれている。大層なお話だ。私はただの、勇者なのに。


 外交上も、クリス・ハルバードという男性名が広報されているはずだ。

 勇者が女であると知るや、ここぞとばかりに舐めた対応をしてくる隣国があるため、その方が都合が良いのだという。まったくもって、度し難い。


 私は、勇者が生まれると予言された年に生まれた。

 クリスティーヌという名をあたえられ、《《彼女》》はさる貴族の令嬢として暮らしていた。まさか勇者が女だとは、誰も思わなかったわけだ。


 小さい頃のお気に入りは、剣戟ごっこだった。

 ごっこ、なんてものじゃない。試合形式の手合わせだ。

 大人も男も、私よりも弱かった。

 勇者となるべき私は、幼少期から類い希なる武芸の才を表した。

 ──ついでに、女たらしの才も。


 侍女、使用人、出入りの業者、領地の町娘。

 比類なき武術の才を見出されて勇者学院に入学してからは、同級生、下級生、上級生に果ては教職員も……ああ、ほんとに、可愛い人ばかりだった。


 そうこうしているうちに、クリスティーヌという名前は使わなくなった。

 何せ、私はクリス・ハルバードという《《勇者》》になったのだから。


 というか。

 好きな格好をして好きに振る舞っているうちに、勝手に男だと思い込まれていた。私にとってもその方が都合が良いから、否定も肯定もしないでいるだけだ。


 ──私は、私自身がもっとも麗しく見える姿を熟知している。

 この天から授かった、すらりとした手足に似合う装いをするようになった。

 特注の甲冑、純白のマント。鮮やかなサコッシュ。

 言葉遣いも、サッパリとした男言葉を選んだ。

 ゴテゴテと飾り立てられた絢爛豪華なドレスよりもよほど性に合っていたし、何よりも周囲の女の子たちからのウケも最高。


 正直、めちゃくちゃモテた。


 まあ、このクリス・ハルバードにかかれば、纏っているのがドレスだろうが甲冑だろうが、たいがいのレディを骨抜きにできるのだけれど──男のナリをしている方が色よい返事をくれる可愛い子猫ちゃんが多かったのだ。

 もとより戦いのための甲冑を身につけるための身支度で女性らしい凹凸は隠れてしまうから、男を装っているつもりもなかった。


 ああ。そうだ。

 一応、断っておくけれど、私はかなり綺麗に遊んだはずだよ。

 遊んだというのも外聞が悪いかな。

 私は彼女たちと、短い夢を見たわけだ。

 夢はいつか醒めるもの──みんな、可愛くて賢くて助かるね。

 ……いや。

 もしかしたら、「勇者なんて、きっと長くは生きないだろう」と。

 ほとんどの子は、そう割り切っていただけかもしれないけれど。


 ああ。

 あとは、魔王滅却の旅をしている最中に、妙な連中に絡まれないのも快適でよかったかもしれない。仲間たちとも、気安い関係を築けたし。

 特に目の前で薬草茶をこくこく飲んでいるアルルは、可憐でキュートでふわふわしていて、長旅をするにはちょっと危なっかしいタイプだ。けれど、勇者クリス・ハルバードが──見目麗しく最高に腕の立つ勇者殿が連れているメンバーに、わざわざちょっかいをかける奴なんて、ほとんどいなかった。


 男装の麗人。

 まあ、男なんかになりたいわけじゃないが、私は私の装いが好きだ。

 女の装いをしてようが、男の装いをしてようが、モテればいいのである。

 ともかく、クリス・ハルバードとしての装いをやめるつもりはない。


 むしろ、私を放っておかなかったのは女性たちのほうだ。

 魔王滅却を成し遂げた「鷲の爪団」は、良くも悪くも英雄になってしまった。

 英雄ってのは、ようするに平和な時分には特権階級になってしまう。

 実家の持つ爵位なんて軽く凌駕する尊敬と栄光、富と名誉が私個人に付与されてしまったのだ──つまり。


 そう易々と、可愛い子に手を付けられなくなってしまったってわけ。


「はぁ~……」

「勇者様、またスケベな顔してる」

「あはは! アルルって、本当に変わってるよね。そんなわけ、あるじゃないか」

「そこは否定してくださいよ」


 こうやって、ズケズケとツッコミをいれてくれるのも、かつての仲間だけ。

 寂しいものだ。


「ところで、他の子たちはまだ到着しないのかな」

「明日には皆さん揃われると聞いています」

「じゃあ、それまでは二人っきりってわけだね?」

「勇者様。アルルとはきっちり杖二本分の距離をとってください。神の名の下に領土不可侵条約を結びましょう」

「難しい言葉使うね?」

「ようするに、アルルに必要以上に近寄らないでくださいって話」

「あっはは、辛辣ぅ!」


 久しぶりの気安いやりとりに、ほっとする。

 行く先々で完璧な勇者様をやるのは、なかなかに骨が折れるのだ。


 ふと、らしくもない言葉が零れる。


「……君たちには、色々と必要以上の苦労をかけたね」

「なんですか、いきなり」

「いや、私のせいで風呂の時間とかズラしてもらったし」

「そ、そこですか……?」


 公然の秘密とはいえ、秘密は秘密。

 どこに誰の目があるともわからないし、公には勇者は男なのだ。

 そういうわけで、旅の間も行水や風呂は、すべて一人でさせてもらった。


「他の連中はどうあれ、本当だったらアルルとは裸の付き合いもできたじゃないか」

「……どういう意味ですか」

「え、そういう意味だと思った?」

「勇者様、さいていです」


 そういう意味での裸の付き合いにも、一応は気を遣う。

 秘め事は、日が落ちてから。


 私は勇者になったその日から、誰かに生まれたままの姿を明るい場所で見せたことはない。可愛い彼女たちには、私の秘密を分かち合うという「特別」をあげた。身も心も蕩ける時間を共有した彼女たちは、私が男だろうと女だろうと気にしない。

 いいんだ、テクさえあれば。全然、問題ない。


「勇者様、また何かえっちなこと考えてる」


 可愛いアルルにジトリと睨まれて、背中がゾクゾクした。

 これだから可愛い子にちょっかいを出すのはやめられない。悪癖でごめんね。


 ──昔から、可愛いモノには目がないのだ。

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