第八話 マンティコアとの死闘 二
コレクトルにとって、死に掛けたのは、これが二度目。
一度目は片目を潰され、その上から邪蛇の瞳をねじ込まれたとき。痛みと、異物たる魔力の塊によって、限りなく死に近づいた。
そして、二度目が、今。筋弛緩による麻痺を引き起こす類の毒。
だが……、コレクトルは、肩で大きく息をし、汗を吹き出しつつも、両手を垂らして、立って、いる。意識は微塵も霞んでいない。
(立てて……る……。手は上がらないどころか、指先ひとつ、動かない、のに。気を抜いたら、倒れてしまいそうだけれども……。おか……しい……。今嵌めてるのは、牛骨鬼の瞳じゃないのよ……?)
「えるふ。えるふ。びみな、にく!」
ドスのきいた、腹に響くような、けれども拙い言葉。下品な、嘗めまわすような視姦の目つき。けれども、それに、その類の欲は無い。そういう部位に特徴的な発露も現れていない。
ただ、唾液が零れだし、地面に垂れ、刺激臭に至りそうな生臭さと、酷い糸引き。揮発してゆくほどの熱。
欲だ。欲を向けられている。食す、欲を。その毒は、ならば、調理の一貫なのかもしれない。ある種の、調味料の一振りのような。
「ぜつぼう、した、した、つづみぃぃぃぃ!」
化け、物である。紛うことなく。拙い呂律の下に、明らかな、人間のそれに近い悪辣が漏れている。それは、修飾るならば、獣の姿をした、悪意を纏った食欲の化身。その真っ黄色の、白目部分も瞳孔も区別もなく、濃淡もないまっ黄色なその目で、コレクトルを舐めるように見ている。
飛びつこう、組みつこう、としてきたそれを、コレクトルの左の邪蛇の瞳が、赤黄色に煌めき、渦巻いた。
炎熱による、斥力の、壁。
タイミングを合わせるようにコレクトルが自身の前に出現されたそれが、飛び掛かってきたマンティコアを遮って、弾き飛ばす。
地面に転がって、ぐるん、ぐるん、と後転しながら、距離を取るマンティコア。
(防げた……。けどこいつ、まるで、人間みたいな戦い方を、する……)
コレクトルの中で、嫌な感覚がどんどん強くなってきていた。最初違和感だったそれが、懸念になり、嫌悪感になり、より悪い、もしも、を想定し始める。
目の前にいるのは、悪辣な獣ではなく、絞め方にすら拘る下衆で悪趣味な偏執的な食通であるのかもしれない、と。
こちらをただ、本能の赴くままに襲おうとしているのではなく、如何にして効率よく、巧く、逃がすことなく、抵抗を許さず、食しようと、目論んでいる、黒い知性と意思を持つ存在なのだと。
自分よりも遥かに巨躯。大型獣のそれを防ぐ程の防壁の展開は、タイミングを合わせての数秒の間の展開であろうとも、消費は激しい。
コレクトルの魔法は使い勝手が悪い。それはひとえに、その魔法が、エルフや他亜人種や人間のような言葉による編纂のプロセスを介さないから。
直観的であり、限定的であり、調整が利かない。代わりに、素早く、効率的であり、発動に際して常時無言詠唱状態に等しい。
間合いを徐々に詰めてくるマンティコア。
十歩の距離。
(マンティコアの主な攻撃手段は、中距離~近距離。遠距離であっても、尾からの貫通性能の高い毒針魔法があるから、私は慎重に接近した。近距離まで詰めなかったのは、周囲に放物線状態に吹き上げるように放つ、オーラ状の、延焼の特性を魔法として長時間保つ危険な炎を放たせないため。でも、一呼吸どころか、大きく息を吸う必要があるそれは、こうやって、一度交戦状態にさえ入ってしまって、予め溜めている息の余裕を吐き出させてやってしまえば、放たえないよう牽制し続けるのは、決してできないことではなくなる)
九歩。
(それでも、油断はできない。マンティコアの強さが絡め手や初見殺しだけではない地力の高さを示す、中距離からの尾による麻痺から、距離を詰めて、窮鼠猫を噛むような魔法での反撃を許さない、火炎系魔法の乱打というコンボ攻撃)
八歩。
(マンティコアも分かっているんだ……。だからこうやって、詰めてきている。牽制もじりじりとした削りもすっ飛ばして、押し切ってしまえると思っているんだ)
七歩。
(で、それは、当たって…―)
尾を地面の土を巻き上げるように、振り、横薙いでくる。
(るけれども!)
コレクトルは、跳んだ。エルフ故の身軽さ。優に5メートルを超える高さに到達しながらも、目は瞑りきらない。半目を開け、下を見下ろしている。
うねり、螺旋を描くように、突き上げられる、尾の先。
隙、のように見えたのだろう。コレクトルは演出していた。狙いは、決まっている。
(その強者としての慢心が、命取り!)
状態を捻るように、旋回するように宙返りしながら、避けて、みせながら、
「はぁぁっ!」
胴から離れて、伸びきったそれ。落下を始めた自身の自重と重力の助けを借り、腰から抜いた魔法ではない、物理的で実体のあるナイフで、一閃、切断した。
(獲った!)
「ぐおがああああああああああああああああああああ――!!!」
知性のカケラもない、獣の咆哮のような絶叫が響き渡り、コレクトルの耳はきぃぃん、となる。
(っ……!)
だから、一呼吸、二呼吸、遅れた。コレクトルの左の邪蛇の瞳が赤黄色に煌めき、渦巻いた。
コレクトルの落下速度が落ち、ゼロになる。相手の巨躯を弾いたときよりも、更に強力で、数秒を越えて、十秒を越えて、数十秒の行使。
防ぐためではなく、相手のそのオーラへと触れない高度を位置を維持するが為の無茶。避けるという選択をするには、時間を咆哮に削られ過ぎた。
マンティコアは絶叫を続けながらも、見上げる先のコレクトルを見据え、その深紅に染まった眼の光は邪悪に真っ赤に波打つ光を放ち、蠢き続けている。
(このままじゃあ、根負け、する……。魔力切れは私の方が早い……)
コレクトルの邪蛇の瞳の魔力は、標準的なものよりも並外れて強力ではあったが、コレクトルの魔力は片目分である上、元の持ち主の効率には劣る。相手は両目分な上、魔物の中でも、魔法生物と呼ばれる、大半が魔力を生まれながらに行使できる存在。
数十秒吹き荒れて、目の色が黄色に戻ると共に止んだ炎のオーラの魔法の後に、疲れも消耗
も見せず、未だ激高するそぶりを続けるそれを見て、
(この眼じゃあ、守ることしかできない……。やるしか、ない……)
コレクトルは決断し、右目を抜いて、そして、。
(危険は承知。儘よ!)
取り換えた。黒さは僅かに薄れ、青く染まって微かに濁った領域に、横長の黒き棒線のような光彩が中央に浮かぶ、牛骨鬼の瞳。
ドクンッ――
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