第六十六話 英雄譚の残滓 顎と牙の蟲の頂 二十六
※所用のため、再開は2023/05/08(月)予定。
フリートの都、ダールトン別邸。
未だ湿気の残るそこにて、それを手にし、ご満悦な、深くフードを被った腰の曲がった老いた魔法使いの姿をした存在。
歓喜に震える手で、虚ろな魔力体である自身の頭に、それをすっと透過させるように、付け、
「ふはははは。見つけたぞ。我が輩の頭。これで、必要な多くを想い出せる」
その声はもう、人間の肉声そのものだった。
知識の大半。そして、力の一部を再び手にしたということなのだから。だが、
「っ……! ぐああああああああああああ!」
潰れ、爆ぜた。片目が。
潰れたその片目は魔力体である。それが指し示すのは、潰れたのが自身の先ほどまでの唯一の実体部分であり、先ほどまでのカスみたいな力の大半がそこにあった。
「やってくれおったか……。最後の最後で……。だが、我が輩の過去を知る人間はこれでいなくなった、ということだ。次のダールトン家の当主は未だ未熟。どう見繕うが、ヴォルフには比肩せぬ。この都市での目的は果たしたのだ。構わぬ。瞳の再生が終わるまで、身を潜めるとしよう。首より下の在り処も探さねばならぬし。分体による攪乱は終いでよいだろう。さて。この都から出て、果たして何処に征こうか。旅何ぞ、何時ぶりか。ふふ。ふはは。ふはははははは」
片目から血を流しながら、高笑いし、無人のその屋敷から、転移により、【鬼呪蜻蜓】の本体は、姿を消した。
その頃。
ブオンッ。
ボロボロのギルド長ゾディアと、役人ラーク。そして、血だらけでこと切れている、当主ヴォルフ。
「……っ!」
部屋の隅で、不安を抱え、一人座り込んでいたコレクトルの元に、そうして、二人の生者と一人の死体が現れた。
「王座への道にて、奴は斃した。ヴォルフ様がやってくれた。死んだ振りからの無茶な一撃を決めて……」
役人ラークがそう言った。
「そんなことより早く……!」
「無駄だよ……。もう、魂は残っていない……。見事だった……。英雄の決死の一撃……」
ギルド長ゾディアがそう言って、暗い顔をした。
言っても無駄だと思ったコレクトルは、有無を言わさず、生きた二人と、死んだ一人を、自身を含め、部屋丸ごと水の領域に沈めた。
二人の傷は回復してゆく。
けれども。
あの晴れた夏の大海原。浮かぶ自分と、ぷかぷか浮いて、動かない、目を閉じたままの、当主ヴォルフを見た。水精から告げられ、とうとうコレクトルは納得せざるを得なかった。
(私にできることは、待つ、だけなんだ……。あっ、アーミヤさ…―)
ブクブクッ、ザバァァンンン!
「ふぅ……。どうやら複数人の治療の際、早く治った者は、こうなるようだね。それは、ヴォルフ様か……」
と、唐突に、夏の大海原に、浮かび上がってきたギルド長ゾディア。
「奴は未だ掛かるか……。わたしよりも相当酷い怪我をしているということか……」
「あの……」
「色々聞きたいことがあるという顔をしているね。……。わたしも正直整理しきれていない。奴の治療が終わるまでだが、整理ついでに話をさせてくれないか? 質問はその後に」
コレクトルはそう言われて、頷く他無かった。
聞いてみれば、とんでもなかった。
悉く予想外なことが起こっている。
王の崩御。そして、王子の行方不明。
それに重なるようにして起こった、【鬼呪蜻蜓】の事件というどうしようもないタイミングの悪さ。
【鬼呪蜻蜓】が、魔物の中では極めてまれな、策謀と統率に秀でた存在であることが災いし、単純な数による力押しという手段が取れなかったこと。
王関係の問題に、【鬼呪蜻蜓】が何か仕込んでいた可能性を拭えなかった上、首だけの剥製状態からの不完全ながらの復活という事象を、どう頭の固い者たちに信じ込ませるかという問題。
それ故に、信頼のおける人物しか使えなかった。それに加え、ある意味、【鬼呪蜻蜓】の問題の前段となっていた、魔力持つ人面樹の魔物の件に関わっていたコレクトルとギルドの面々と、ダールトン家の子息二人。そして幸運なことに馳せ参じてくれた当主ヴォルフ。
事態にあたっていると、相手の老獪さが問題になった。
魔力体という仕方なしの存在の仕方から着目を得たのか、自身の力を分け、分体として複数個所に配置。運よくコレクトルたちが捕えてくれた、二つが繋がったままの分体の、尋問に失敗。
魔力体であるが故に、存在としての境界が弱く、魔力をバラしてやることで、削ぎ取るように、衰弱させ、やがて討滅が可能であることは判明した。
だが、それだけだ。
透明化、魔力的な分体作成、そして、物理的な分裂までもが可能と分かってしまったのだからもう、ギルド単位では手に負えない問題になっているということは分かっていた。
しかし、今は、都は何より、王子の捜索が最優先。崩御した王が何だかの命令や誓約を残していた可能性もぬぐえず、少ない手勢を、愚策にも分けて、【鬼呪蜻蜓】を広く探すしかできない。
目的は恐らく完全復活と目ぼしは付けた。無理やりに。
本当の腹の内なんて分かりっこない。相手は老獪。そして、軍団を率いていた存在。
他の複数の目的があるという可能性も踏まえ、秘蔵の魔力回復薬をここで切ることも視野に入れた。
すると、当主ヴォルフが見つけたという。
どういう連絡手段を使ったのか不明であるが、心に声が響いてきたので、ラークと共に、言われた場所に向かっていると、アーミヤも合流してきた。そうして、踏み入った場所に絶句した。
話にしか出てこない。現在の職位と権限における、義務として、教えられてはいたが、本当に、足を踏み入れることになるとは思っていなかった。
聳える城壁で包まれた、迷路ではあるが向かう先は行き止まり以外は、ただ一つしかない、一本道である、王座への道。
アーミヤが出現時点を拠点とすることと、そこの防衛を申し出てくれた。先に居る筈の当主ヴォルフに何とか合流、そして、足止めを続けられるよう、戦闘人員の入れ替えを可能にし、長期戦に持ち込むしか手はない、と。
そうして、辿り着いたら、さっきまでの闘技場のとは訳が違う。力の桁が。
自分たち二人合わせたのと当主ヴォルフの戦闘力が同じくらい。だから、最悪自分たちだけか、当主ヴォルフだけになっても戦線を維持し、先に進ませないことはできると判断してしまった。
自分の手駒に、道に踏み入れることができる者がいなかったからといって、戦力確保を諦めたのが、終わりの始まりだったのだろう。
敵の攻撃がより鋭く、多段的に。魔法も二重詠唱が普通で、酷ければ三重も。しかし、無言詠唱だから、威力は何とかいなせる程度で収まっていて。
敵の弱体化の解除はずっと進行していたのだろう。どんどん、過去の戦闘経験に体が追いついてくるかのように、鋭くなっていった。
当主ヴォルフが、黒い武装を使い始めて。
自分たちの見通しが甘かったと知った。
一旦、離脱を申し出た。
仕組みは分からないが、頭の中で念じるだけで、読み取ってくれるようだったことを戦闘中に気付いたから。
そうして。戻ってきて。分体を回収して強くなっている訳ではないと判明し、一刻も早く戻るしかないという結論に至る。
そうして、コレクトルにだけ、回復役として留まる指示を出して。あの機械天使の二人に結局、戒めを解くことをお願いはできなかった。さらなる多重災害のリスクを上乗せする訳にもいかなかったのだから。
そして、戻ると、アーミヤが消え、恐らく、その先へと消えたのであろう、果て無い大穴。それでも、自分たちがやるべきは、と、当主ヴォルフの元に戻って、そうしたら、敵が使い始めた、詠唱。そして、四重の詠唱かつ、それぞれの詠唱が、無数の魔法の展開の重なりを構築しており、無数の竜巻の槍、意思を持つ音波の龍、増え続ける風の刃、破壊の波を留まらせ固めて作った浮遊する大楯。
どれもこれも、大魔法なんて域ではない。
一つの対処だって自分たちではできないと、見ただけで分かってしまった。
そして、敵はまだ本調子ではないことも。恐らく、ここから調子は上り続ける……。
当主ヴォルフだけが諦めていなかった。
楯を墜とし、龍を潰した。それでも、槍と刃は無限に残っていて、当主ヴォルフは、自分たち二人の前に立って、壁になった。
ほぼ全て捌き切りながらも、捌けなかった僅かでも無数に思えるくらいに沢山。そうして、斬り傷だらけな上に、針山みたいに刺されに刺され、死んだ、振りをした。
やけになった自分たちの後を一切考えない、全力での無理やりな攻撃。
『【ふはは。怖い怖い】』と、口にしながらも、鼻歌交じりに、こちらの火も、空間魔法による断絶も、悉く、避けるか、真っ向から、音波で受けては、ゆがめ、崩し、潰してきた。
流石にそれは予想がついていたから、二人で合わせ、同時に切り札をいつ当てるか。それだけ、息をするかのように分かりあっているから合わせるのは問題ないとして、隙を狙っていたら、一瞬、何故か、動きが止まったので、そこで、ぶち込んだ。
重力と、空間の出入り口による、圧迫拘束。そして、炎を起こさない、圧縮された、理想至高の燃焼。
当たった。
後は、出力を落すさず、斃し切るだけ。できなければ、それで負け。
力が増してゆき、魔王の圧が、こちらへ降り注いだ。
英雄でなければ、このクラスには対峙できない、という言葉の意味を、知ることとなった。
更に力を籠めるつもりで維持に努めたのに、脱力するかのように、現象化した魔法の威力が落ちてゆく。
そこに。
いつの間にか、横たわっていた筈の当主ヴォルフが、立ち上がっていて、【鬼呪蜻蜓】の頭を掴んで、そして、その、唯一の実体部分である瞳を手繰り寄せて、握って、当主ヴォルフ自身の胸の前に押し付けるように屈むと、遥か遠くからの、黒き槍を、不可視の鎖で引いて戻してきたのが、当主ヴォルフの胸ごと、槍が貫き、砕いた。
そうしなければ駄目だったのだろう。砕いた目を、転移させることもさせないために、当主ヴォルフ自身の血を浴びさせることで、不能にして。
そうして、私たちは勝った。恐らくは。
正直、まだ、分からない……。
頭部の剥製による封印自体が消えた訳ではない筈だから、それを見さえすれば、事態が解決したかは判明する。あの痛手を負った後にすぐ動くなんてことはできない。魔力の源たる瞳を砕かれるいう意味はそれだけ大きい。
そういう、ことだ。
もう戦闘不能だったからこうするしかなかった。ラークが回復しきったら、さっそく、向かおう。ダールトン家別邸へ。
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