第六十五話 英雄譚の残滓 顎と牙の蟲の頂 二十五
常に、微かに青みの残る黄昏時の空の下で。
三人は押されていた。
左右に聳え立つ城壁に叩きつけられ、めり込んでいたのだから。
「ぐはぁ……!」
当主ヴォルフは、血を吐きながらも、壁から剥がれて地面に降り、自分の足で立って、追撃を凌いでいる。両腕を胸の前に組んで、縦にして、受けざるを得ない。回避行動をとる余裕はない。
かまいたちという物理的な空気の刃で切り裂かれながら、その中に混じる、音波による破壊の衝撃もモロに受け、両腕は悲鳴を上げるかのように罅割れる音を響かせる。
それでも、やられないどころか、拳という武器を失わずにいるのには理由がある。
自身の妻から渡された、丸薬である。
それを飲めば一瞬で、元通り。肉体だけではなく、失った魔力、そして気力すら。だが、自分にしか効かない。子ですら駄目。対象をたった一人に絞り込んだが為に、力を増した、愛の妙薬。
(うかうかと死ねぬのよ、儂が死ぬということはアレを野放しに…―、待つ者がおるのだから)
自分は、それを飲めさえすれば継戦できる。どういう仕組みか分からないが、その丸薬は、必要なときに、掌の中に現れるから。落とすことも失くすこともない。
「げほっ……。出会い頭にこれとは、ね……」
苦しそうに、壁から剥がれ落ち、地面に横たわる、ギルド長ゾディア。
「不意打ちには一家言あるお前らしくないな」
逆に、壁に最も深くめり込んでいた役人ラークが何故か平気そうに、地面に降り立つ。漂ってきた臭いが、答えを示していた。
焼き溶かしていたのだ。背の血肉を。そこに接した、城壁を。熱で溶かすように混ぜ合わせ、ぶつかっても何てことない、柔らかな構造に変えていたのだ。
「無茶を……する」
飛んできた、竜巻のような風の連撃を、短い転移によって、避けていたギルド長ゾディアは、役人ラークの背に、瓶に入った霊薬をぶっかけ、残りを自身が飲み干した。
「【しぶとい、しぶといしぶといぃいいいい! いい加減、無様に潰れ、事切れよ!】」
三人は身構える。
魔法では無かった。
唯の言葉だった。
だが。その圧は、役人ラークとギルド長ゾディアの出現に合わせた、三人を範囲に入れた強烈な一撃を放った際の圧よりも更に強くなっている。
魔力が、高まっている。
威が、圧が、強まっている。
「【"風よ、記憶せよ。刃として、散りて、潜め"】」
「【"破壊の波よ、円盾と成りて、控えよ"】」
「【"竜巻よ、圧縮し、槍の如く、連綿と控えよ"】」
「【"破壊の波よ、龍を象り、自走せよ。敵は此処に"】」
「「なっ……!」」
「狼狽えるな! そんなざまで、何故一人しか連れて来なんだ!」
当主ヴォルフは、何の変哲もない、黒鉄色の槍をいつの間にか手に握っていた。細長い三角の穂先の、何の装飾も無い、特別さなんて微塵も感じない、ただの槍に見える。
「【またそれか。一体何本あるというのだ!】」
「ふはは! 儂も知らんよ! "見えぬ。聞こえぬ。カタチ無き概念。不可視の封印鎖"」
と、躊躇なく投擲する。
それが、投げ槍という一発屋な武器を、一発で終わらせず、使い回せるようにする仕組みである。そして、空間魔法を、自身ではなく、標識を付けた道具に適用するという手法で、当主ヴォルフは、豊富な手札を一気に切り始めていた。
もう、拳だけでは抗いきれない。それに、敵の強さも、存在感も、どんどん大きくなっている。それが何故なのか分からない。
分身などの分散していたリソースを、切ってこちらに注いで、集中させてきているだけなら、まだましだ。それなら、やはり、力の上昇には上限があるし、敵の力が上昇すればするほど、他所や後の心配を小さくできる。
封印状態からの仮の復活でありながら、まだ自身の力に慣れていなくて、徐々に慣れてゆき、強くなっている、というのもありそうである。もしそうだとしたら、結構不味い。
最悪は、完全なる復活に王手を掛けていて、後は時間経過のみが必要な場合。完全なる復活とは違うアプローチで、何か大きな存在や力を取り込んだ場合も該当する。これならもう、何処かで損切りをしなくてはならない。
当主ヴォルフの躊躇が無くなってきたのは、別の場所所属な自身の、この都市に対しても隠していた手札の数々の解放が物語っている。今回の件の過失は、この都市の特殊な作用が大いに絡んでいる。自分たち一族のやらかしだけではない。かの逸品、自身の逸話である、目の前の存在の生前の頭部。瞳の残ったそれの、この都市へ建てる別邸へ納めることを要求してきたのは、都市の上層部、ここにいる二人とは別の。
自身の息子二人の立場の用意というお願い付きであろうとも、その要求は些か奇妙ではあった。
それでも受け入れざるを得なかったのは、才ある上の息子の事情があったからに他ならない。それほど選り好みせざるを得ない性でさえなければ、次期当主に据えていたというのに。
だから、結果、こうなった。
都市の意思の干渉がどこから始まっていたか。そんなこと、分かりようがない。相手は人の種の思考の尺度では測れない。
偉大で、畏れ多くて、果てしない、都市を覆う、確かにある、意志持って作為の糸を繋ぎ、手繰る、何か。
【鬼呪蜻蜓】の全身を覆い隠せる大きさの巨大な薄い影のような、浮かぶ円盾が姿を現し、砕ける。
黒い槍が、砕いた先へと向かってゆく。
そんな槍の穂先を、龍が、噛み、止めた。そして、その槍に巻き付く。不可視の鎖が音を立てて切れる。
「構えろ! 竜巻と槍! 未だ二つも残っておるぞ!」
龍が、溶けるように、じゅわぁぁ、と消えてゆく。黒き槍と共に。
「ぅおおおおおおおおおお! "蟷螂の斧"」
二対の、柄まで黒一色の手斧が、当主ヴォルフの手に握られている。
("不可視の触腕、触れ、見せ、味あわせよ")
無詠唱での仕込み一つ折り込んだ後、駆け、二人の前に立ち、降り注ぐ、不可視の竜巻槍の雨を、鬼の形相で、斬り弾き始める。それはどうしようもなく無謀で。
しかし、折れかけている二人を鼓舞するにはそうする他ない。
よりによって、魔法の四重詠唱。わざわざ詠唱を口にし始めた時点で、こうさせないよう立ち回らなければいけなかったのに、札を切るタイミングを逸した。
確かにこの後ろの二人は、強い。
だが、伝説のクラスの、理不尽と戦ったことなどあるまい。
こういった相手との闘いというのは、それ未満の存在とのそれとは一線を画する。
大概、リソースが切れない限り、どちらかがどちらかを負かす展開にまでたどり着かない千日手になる。それができないなら、そもそも抗うことすらできない。
後ろの二人は、片方が、他者ごと巻き込んだ転移を何度も切れる、もう片方が、心が弱めな片方のメンタルを支える上にそう簡単に落ちない。二人揃ってなら最低条件は満たしている。
ただ、厳しいのはやはり、初見だからだ。
伝説に触れたことがない。見聞きしたことはあっても、実物は今の世の中に本来存在しないのだから。最も有名な三帝、次の七王、以降、【鬼呪蜻蜓】を含む単独での伝説的存在など、数多、続く。
それらが他の脅威との隔たり。それは、不滅であること。
活動停止か封印。はたまた、懐柔。そのどれかしかない。
大半が封印で片付けられていることからお察しではある。
(奴は未だ不完全。故に、時間は儂らの味方。だから、負けなければよいのだ。千日手を維持できなくなるのは奴が先だ。儂一人ではない。機は見るが、儂は最早出し惜しまぬ。お前たちは離脱と復帰が可能。後は、着地狩り防止の任についているアーミヤさえ、機を見て呼んで来れば…―)
「なっ……!」
気をとられた。
取られざるを得なかった。
二人の見た光景が流れてきた。地面溶かし、下へ斜めへ続く大穴。その底から微かに二人が感じ取った、けれども知らない二人が到達できようもない、紛れていた微かな魔力の正体を、当主ヴォルフは知っているから。
そして。それが、今確かに、遥か底の穴の先から、共有下のこちらを、見た。
その薄ら寒い気配を、遥か昔、幼い頃、一度、経験した。
数多の槍のような竜巻が、当主ヴォルフに降り注ぐ。刺さる。刺さる刺さる。刺さる刺さる刺さる。戦線の崩壊とは得てしてこういう風に起こるという見本そのままに。
二人は絶句して、言葉も出ない。
「這って……でも……喰らい……つけ……。先に行かせては……ならぬ……」
無数に串刺しになった当主ヴォルフは、とうとう、斃れた。
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