第六十話 英雄譚の残滓 顎と牙の蟲の頂 二十
一見、形成は逆転したかのよう。
実体を薄くし、魔力体に寄ったとしても、構わず、切断してくる上、傷口はずれてくっつくではなく、延焼するかのように、断面周辺を焼く。
だからこそ、止めるために、斬られたら、断面部分を分解し、ただの魔力に変えて、投棄せざるを得ない。役人ラークの魔力にそれはもう染まっていて、再吸収も叶わない。
自分たちをどんどん小さくしてゆきながら、躱し凌ぐしかない。
役人ラークのそれが自爆技であるのは明らかだったからだ。その手は消し炭に変わってゆく。熱に最も近い手の指なんて、もう、骨だけになっている。
繋ぐ部分が焼け落ちた上で、それでもバラバラに崩れ落ちずにいるのは、通している魔力故。形成した炎の魔力の超超長剣を維持するついでであろうから、成立している。
そして、そんな無茶、そう長く続く訳もない。
もう、敵である二体の大きさは、人間の大人の男と変わらぬサイズくらいにまで縮んでいる。一体を集中して狙おうにも、見分けがつかない。見分けつきそうな傷をつけれても、本質的に魔力体であるが故に、見分けがつかないように、傷を消したり、二体が同士で傷の位置を合わせたり、位置取りを頻繁に入れ替えたりなど、役人ラークのあの宣言を成就させないための動きをしている。
もう、役人ラークへ攻撃はして来ず、近距離での回避に専念している。
離れたら離れたで、刃の幅を広げて薙ぎ払うなどといった、より燃費が悪いが、確実に決められる超広範囲の一撃を放つという結論に至られる可能性に、二体は気付いていたから。
役人ラークの意識が朦朧としたものになってきつつあることも、やろうとしても、それだけの広範囲魔法として一発お見舞いするのは不得手な事項であるのでそもそも無理であることも、二体は気付かない。
良くも悪くも、拮抗していた。
だが、それももう、終わりが見えてきた。
「う……」
役人ラークがふらついた。
魔力で織られた刃が薄れ、一瞬消えそうになるも、踏ん張り、また、一撃が振るわれる。
二体を同時に捉え、両方の胴を両断しきる一撃となったが、もう二体も慣れており、避けれはせずとも、実体から遠ざかり魔力体になっていなして、実体が強く残っている状態だったら一撃必殺になった出来の一撃を、ただの、断面を魔力に分解して切り離すだけで事足りる、ただ一撃当たっただけという結果に変えてしまっている。
確かに、削れている。続けられるなら、これでも十分なのだ。
そう。削り切れるならば。
しかし、そうではない。
底が見え始めた。
加えて、二体は、更に小さくなったことで、速度を増すし、的としても、小さくなる。霞む視界で、その動きをいつまで、捉えていられる?
見えぬまま、闇雲に放つ、単調になるに違いない一本だけの刃の軌道を誰が怖がる? おまけに二体は一発当たっただけで死ぬ訳でもないというのに。
それに、二体と最初に遭遇した際の状況の理解の不足。
突如現れたという報告は受けていても、そこから、存在も気配も消しての透明化なんて結論に至れる訳もない。知ってはいるが、それは自分が信頼するあの男の特別な力。だからこそ、考えられない。これに関しては、役人ラークが万全であっただろうが、変わらない。報告者である、あの二人もそもそも、その可能性に気付いていないのだ。
だから、このまま倒し切れずとも、削れるだけ削ろうと、前向きに、燃え尽きてゆきながら剣を振るう――
(消え…―)
大きく空振ったそれは、硬い硬い地面を大きく割くように、大掛かりな斬撃になる。遠心力に振り回された結果、役人ラークは立ってすらいられない
長い長い刃が、倒れると共に、地面を割きながら、深い切れ目を生み出しながら、遥かなる底へと到達することも無く、けれども果たしなく深く、斬り込んで、めり込んで、見えなくなる。消えてゆく。
消し炭のような自身の両手は、衝撃に耐えきれなかった。両手共、肩からもげ落ちていた。刃の余熱が、腕の残骸を灰に変えた。
断面は焼き付いて、血すら流れ出ない。
「【愉快愉快】」
「【理を紐解くは我が輩たちの本領である故】」
地面に横たわったまま、顔を上げ、役人ラークは、自分を見下ろし飛翔する二体を見上げる。
「一度見たものを再現できる、とでもいうのか?」
「【未だ己が死なぬとでも思うておるのかな?】」
「【我が輩よ。違うぞ恐らく。こやつは薄々感じとっておるのだ。そして納得しておる】」
「【もしや? この消失に近似した透明化の魔法か?】」
両腕を失いながらも、立ち上がって、役人ラークは、
「答えてはどうだ?」
鋭い目付きで、二体を仰ぎ見た。
「【お前の勢力に、そういう能力を使う者を見たのだよ】」
「【能力故に種も仕掛けも分からぬが、そういう概念が成立すると理解した。故に、再現した。それだけのことよ】」
「そうかそうか。だが、なら、分かるよなぁ。本当に消えてしまえる訳では無いのだということを。貴様らが傲慢であることは記録より知ってはいたが、まさかここまでとは思わなかった。貴様らより先にその概念を知っていたこの私が、それを自身の糧にしておらぬ、と想定すらしておらんかっただろうな、貴様らは。既に、術理は成っておる。本当に、私の魔力に触れた断面からの浸透を、切り捨てるだけで防げたと思うか? 貴様らに熱を見る能力も機能も無いというのは明らかだ。故に、私の熱線も、彼女の凍結も、まともに食らっていたということだ。ふふ。"熱よ、色づけ"」
「【ぐがががああああああああああああ――】」
「【あがががががああああああああああ――】」
体中に赤熱の線。焼き爛れ、癒合し、ずれ、歪にくっつき、奇形に成形されてゆく。そして、襲い掛かってくるかと思いきや、
「「【貴ぃぃ、さぁあああああまぁああああああああああ…―】」」
転移……。
「無駄だ。三日三晩、消えることは無い。それか、私がこと切れるが、先、か……?」
張っていた気が、もう保たない。
立っていることもできず崩れ落ちるように倒れる。腕はなく、受け身も取れず、吐いた吐瀉は、沸騰していた。
激しい熱。
溢れ出る汗は、じゅわぁあああ、と衣服と肌を焼き、蒸発してゆく。頭は特に重くなり、身体中の痛み以上に、身体の動きを阻害する重さに、うんざりする。
皮肉な乾いた笑いが浮かぶ。
(足止め、できなかった……)
ブゥオン、スタッ!
もう、重くて開かない瞼。だが、見えずとも、音も気配もまだ分かる。誰のものかは明らかだった。
「済まぬなぁ……。ゾディ……ア……」
ギルド長ゾディアは、ボロボロの役人ラークを抱き抱える。役人ラークのローブは残骸となった。身体の炭化が進んでいる。
抱えたギルド長のローブも熱が伝って、灰になる。隠形が解ける。姿が歪む。ローブと肉体の間を覆い隠していた闇が消える。
正体が赤裸々になる。
それは、裸体の女だった。
赤い髪が、ばさりと広がる。斜めに、鍔のあるハットのような黒い丸帽子が現れ、被さる。
小麦色の肌。異様に長い手足。異様な長躯でありながら、少女のような薄い肉付き。
本当に眠いのではなく、普通にしていても眠そうに見える目つき。そんな緑の瞳から零れるのは、涙。役人ラークの身体に落ち、それは瞬く間に蒸発する。
長い着丈で、荒目の深青のカーディガンが現れ、ひとりでに羽織られる。透けるように後ろ側から。透過して両手が通り、羽織り終えている。胸元を押さえる程度に収め、臍から下のボタンだけ、留まっている。そうして下側は大腿の半分くらいまでが隠れている。
膝までを覆う、継ぎ目の無く光沢のある黒い革のロングブーツが、その両足を覆っていた。
そうやって後から現れた衣類は、全く、焼ける気配が無い。
ギルド長ゾディアは、
「後は任せて。おやすみ。ラーク」
口づけをした。灼ける音が静かに響いて、
ブゥオン!
そうしてそこには、誰もいなくなった。
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