第六話 雨篭りは図書館で
人間たちの都、フリードの真っ昼間。冒険者ギルド。そのエントランス、受付にて。
「申し訳ありませんが、試験は明日に延期です」
そう、左の受付に頭を下げられる右眼に黒い眼帯を付けた少女コレクトル。
「わかりました……」
ちょっと肩を落とすコレクトル。気力充実して、体調も良かったからこそ。
「これをどうぞ」
手渡されたものを、何と分からず受け取るコレクトル。
「雨籠りには図書館がいいですよ。今日限りですが、それ渡せば入れますので。お試しにどうぞ。明日の試験に合格すれば、仮のものではなくて、本式のものをお渡しできます」
ざざ降りという程でもないが、小雨という程でもない。風もそう吹いてはいない。
雨の中、傘をさし、図書館へ向かうコレクトル。渡された仮の図書館入館証の裏面には、手書きでギルドから図書館への地図が書き込まれていたので、傘を片手に、もう片手にそれを手にしながら、濡れないようにゆっくり歩く。
雨によって延期、とされることからも分かる通り、試験は屋外で行われる類のものである。
コレクトルは当然下調べをしていた。試験内容も、聞き取りで知れる程度の内容だ。Eランクへの昇格試験なんてものは、過去受けた者は数多い。
冒険者としてまともといえるような人物なら、誰しもが通ってきているようなものなのだから。
かといって、街のその辺の人が受けるような試験でもない。命懸けだから。
内容は、討伐か採取依頼か剥ぎ取り依頼。結構運要素が大きい。採取依頼なら大概はラク。特殊技能や知識の必要な類ではない。剥ぎ取り依頼はピンキリではあるが、対象が分かっているのだから、剥ぎ取り方を知らなければ教えて貰うというのがアリらしく、何とでもなりそうだ。そして、討伐。これの関係もあって、天候が晴れにこの試験は限られているらしい。未経験者ならまず無理。それなりに日々経験を積んでいたら、まず大丈夫な程度の依頼をぶつけてくるらしい。
尤も、どれの場合でも、より上位への試験とは違って、守り役はついてくれないらしい。
守り役とは、ギルド使用資格ランク試験における、イレギュラー要素の排除を行う、上を目指すギルド員へのギルドの投資であり、実力の発揮を言い訳のないものに良くも悪くもしてくれる、ある意味頼もしい存在だ。
ソロでの野外活動。魔物の出る場所で。なぞらえるならば、紐を付けず、崖から飛び降りて海に落ちる程度の難易度、とのこと。
見るのは、覚悟と度胸。そして、対応力と、自身が招く厄に対応できる程度の実力を保持しているかどうか。
「証の提示を」
片手を横に伸ばし制止してきた門番にそう言われ、先ほど手にしたそれを掲げた。門番は手を降ろし、通っていいぞ、と目で指図してくる。酷く無愛想だ。しかし、これが役人という者の普通な姿。
未だ踏み入るのは先になるかと思っていたそこへ、コレクトルは踏み行った。
埃臭い。そして、黴臭い。じめっとしているのは、雨の日だから、というだけではなさそうだった。
人はまばら。誰も彼もが、冒険者であるようだ。一人で本棚と本棚の間をゆっくり歩いて気を引く本を探している者から、二人~三人程度で固まって、同じ本を見て何か小さな声で言い合っている者たちなど、色々。
倉庫のような場所であり、天井はそう高くはない。手を伸ばせば、一番上の段の本棚の本に手が届く程度しか、本棚にも高さはなく、それよりもう少し上に天井、という風だった。
高さが低めなだけで、空間としてはそれなりに広い。人と人とが行き交える程度に本棚と本棚に幅はある訳であるし。
何より、大体の本が、背ではなく、表紙を向けて、陳列されているというのが特徴的だった。
蔵書の数があまりないのか、冒険者といった基本的には学がなく、本にあまり触れてきていなかった者でも、目当ての本を探しやすいようにしているのか。
コレクトルは本棚の間をゆっくり歩くことにした。
目当ての本など、何一つ想定していない。予定外の訪問であるが故に。
順当にいくなら、明日の試験のことを調べればいい、となりそうではあるが、そうはならない。
(普通、図書館の利用権を得られない段階で、図書館の情報ありきの試験なんて、有り得ない。調べるなら、そういうことじゃあなくて、)
と、並ぶ本を、下から上へと、目に入れてゆく。
(【図書館のあるきかた】 丁度良さそうだけど、これを読むのは、ここを正式に使えるようになって、それなりの頻度で使うようになるか、集中的に調べないといけないことが出てきたときで良さそう)
(【魔物の血肉の調理入門 ~野外蛮族飯を極めよう~】 ゲテモノ料理の趣味は無いけれど……、先を考えるなら、最悪を想定して、触れて置いておくべきかもしれない……。でも、明日に尾を引くといけないし……、ナシ)
(【瞳の住民】 ? これは?)
コレクトルはその本を手に取った。以前までなら、手に取る可能性は無さそうな本だった。起毛した緑の表紙。剥ぐように削られて、黄緑の色地の凹み部分。凹凸ができており、それによって、本のタイトル。タイトル部分の四角い縁取り、そして、大きな目玉に、光彩。その光彩の中に、膝を抱えて丸くなる人の影。
神秘的に見えて、不気味でもある本。
興味を惹かれたのは、自身の能力に関わりそうに思えたからに他ならない。
パラリ。
【瞳。そこには心が宿るといいます。それは、人であっても魔物であっても変わらず。そこには、感情が、そして、極論すれば、命が宿っている、ともいえます。そんな部位である瞳ですが、その中に入れ子になるように、別の命が、別の意思が、宿ることがあるようです】
未だ前置きだというのに、何だか興味を引くことが書かれていた。
命。宿る。それをある意味、コレクトルは体感している。宿るには満たない、残響ではあったが。
(命の宿った瞳、なんてものも、あるのかもしれない。私が手にした瞳にそれが宿っている可能性を私は否定できない)
何だか、えもいえぬ不安に苛まれ、コレクトルはその本を閉じた。
(今日はもう、この本を読むのはやめておこう。でも、また今度、必ず)
本棚へそれを戻した。
再び、歩き出す。
下から上へ、並ぶ本を、下から上へと、目に入れてゆく。
(【魔法入門 水】 今の手持ちだと、使えないし)
(【魔法入門 奇】 ……。奇? 奇跡?)
好奇心を刺激され、手にとった。背表紙にその文字。表紙には、ただ大きく、ハテナマーク。そんななりで、何故か灰色の本。
パラリ。
【傷を防ぐ魔法。そのイメージは、傷口がくっついて、合わさった線が消えてゆくイメージ】
挿絵が示している。切り傷程度の傷を治すための魔法であり、切断などには無力そうな風だった。故に入門、といえるのだと分かった。奇跡の奇で間違いなかったようであり、なら、入門より先も想像がついた。確かに、そういう意味で、到達点は、奇跡、だ、と。
本棚へそれを戻した。
再び、歩き出す。
下から上へ、並ぶ本を、下から上へと、目に入れて――
「あの、すみません」
コレクトルはそう、目の前の人物に話しかけた。
一人、本を読んでいる、ギルドで時折見かける冒険者。古ぼけた蔦の杖と新緑のローブを装備した、地面について少し垂れている長く真っすぐな髪の毛。眠たそうな目と高い鼻、青白い唇に青白い肌。痩せていて、薄く、猫背でいても高い背丈。土色な森の匂いを纏う、妙齢の女冒険者である。
「ん? ああ、コレクトルか。こんにちは。ここにいるということは、試験は延期になったということだね、ご愁傷様」
数少ない、女性の冒険者であり、なおかつ、コレクトルを、目のことも含めて不気味がらない人物であり、交流のある人物である。
「ああ。残念ながらね。今日に合わせて仕上げてきたつもりだったんだが」
「で、何か用かな?」
と、その女冒険者はコレクトルに、その本を掲げてくる。
【魔物素材 ~その数多の利用例について~】
女冒険者がそうしてきたのは、コレクトルの人となりをよく知っているからだ。こういう、明らかに目的を持って訪れる場所で、他人の時間を奪うように声を掛けてくる人物ではない、ということを。それをおしてまで、声を掛けてくるということは――と。
「その本、読み終わったら見せて貰うこと、できませんか?」
「構わないよ。良ければ、私が借りて、じっくり見せてあげることもできるけれども。これ、けっこう分厚いし。ま、交換条件にはなるけれども」
「そんな、甘えっぱなしでいる訳にはいかない。心底有難いが……。明日の試験に合格したら、自分でその本を借りにくる。目を通して、分からないところを君に解説して貰う依頼をするよ。アーミヤ。支払いの候補も併せて」
と、コレクトルは、その女冒険者アーミヤにそう言って、図書館を後にした。アーミヤの呼び止める声ももう、コレクトルには聞こえていなかった。
つい心が急いてしまったことを恥じながら。
らしくない。平静を保てなかった。モットーから外れてしまった。この眼のこともあって、自身の制御の出来は、容易く自身の命を左右するというのに、と。
強く手を握る。爪を立てて。喰い込む程に。痛みが滲む。眼帯の下の右の目の窪みが、疼くように痛む気がした。
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