第五十三話 英雄譚の残滓 顎と牙の蟲の頂 十三
「アリ、か! こんなの!」
当主ヴォルフの拳が衝撃波を飛ばす。
薄い薄い。先の光景である、遥か先のフリードの城壁が透けて見える位。
【鬼呪蜻蜓】が、バラバラになる。
残骸が残る訳でも体液が飛び散る訳でもない。
それは、何事も無かったかのように、ぐにゃんと歪んで元通りになる。
霞や靄を相手にしているようだ。色のついた影に囚われているかのように、足止めされていた。
「こりゃダメだろうねぇ。王様はボクらを倒せるだけのリソースを吐き出すのは止めにして、最低限のリソースでの足止めを選んだってところだろうねぇ。転移阻害だけ絶えず維持して、やられる際の反撃一つやろうとしてないし。でも、いつでもリソースの配分は変えられるんだろうね。だからボクらは、今の狙い見え見えの王様の目論見に乗らざるを得ない」
小さきマクスが無詠唱で、炎を、次々とナイフのようにして投げて切りつけて、手元に戻す曲芸のようなことをやっている。
「貴方も手を動かしてくださいよ。私たちが攻撃を止めたら止めたで、結界張って、中の空気どんどん薄くしていくって嫌がらされるんですから。凄い臭いですし……」
「どうして方針変えたか、マクスもヴォルス様も考えようとしないからだよ。大事だよ? 相手はこうやって、頭を使ってボクらの相手をしてるんだから。こういうときって、無視すると大体ロクでもない目に遭うもんだよ。ほら」
と、アーミヤは衣服をまくし上げ、下腹部の傷の痕跡を見せる。表面を爛れるように焼いて、刻まれていたものを消した痕。肉割れと、深い切創の痕跡。
「まったく……。貴方という人は……。考えてはいますよ。ただ、取っ掛かりが無いだけで」
呆れ気味に答える小さきマクス。片手作業となった炎のナイフの循環は、荒ぶるように、大きさも切っ先も不安定になる。
アーミヤがまくし上げるそれを、引っ張るように下げる小さきマクス。
「そういうのは儂がおらんとこでやれええええぇえええええっっっ!」
後方の二人の方を向きながら、当主マクスは声をあげる。
乱れ打たれる拳が、靄のような今の【鬼呪蜻蜓】が形を留めておくことを許さない。霧散するかのように散っていきつつ、ねじれ、集まり、再生されていった部分から、また、散らされる。
「?」
アーミヤはわざとらしくとぼける。その証拠に口元が素敵に歪んでいる。
「では、分かれましょうか……」
不満そうに小さくマクスが答える。口を開いて話をしなければ事態は進展しないし、話し相手が相手であるのだから。
しかし、それが、当主マクスに思い至らせる。
「それだ! よくよく考えてみれば、こうやって三人纏まって一か所で最低限の労力で足止めされ続けている状況こそ、こ奴の掌の上! ふはははははは! じゃ、儂、一抜けっと!」
そうして、当主マクスは、二人を放置して、一人で、勝手に転移していった。
一人分の転移だからこそ、三人での転移と比べ、必要な魔力も、必要な魔力の収縮も密度も、阻害への抵抗も、敷居は低い。だからといって、やってみて、転移が成功してしまったということは、敵である【鬼呪蜻蜓】がこの箇所でのリソースを本当に最低限しか割いていない、ほぼ放置の特定の決まったロジック通りの行動しか取らない上に、想定から外れた行動に対するカウンターを微塵も積んでいないことを示していた。
「まさか、ですよね……。本当に、すみません……」
炎のナイフは細分化し、細く、小さく。無数のメスに変わる。次々に生成されては、薄い薄い、先の光景が透けて見える程薄い、ここの【鬼呪蜻蜓】を、千切り、みじん切り、細切れに。
不思議と、小さきマクスの魔法は、威力も質も量も、増し、安定する。
「構わないよマクス。しっかし、気さくな人だね、キミの御父上は」
それは、女冒険者アーミヤが、燃焼効率を上げるための周囲の空気の制御を、無詠唱で緻密に行うという補助を始めたからだけではない。
「で、どうする? ボクらも分かれるかい?」
「それはやめておいた方がいいでしょう。僅かですが、組成、変わりましたよね?」
「?」
今度のそれは、本当に何か分からず、といった様子だった。
「敵の、ですよ。蓄積も丁度終わりましたし、こういうことです。"熱奪われし空、喪失を埋めるべく、他所より奪え"」
目の前の、細切れから再生中のそれを、無数の炎のメスごと飲み込み、一帯を、一瞬で凍結させた。
「うっわ、寒ぅぅ……」
ぶるる、と突然の温度低下に震えるアーミヤに、白く輝く、ふわふわの毛色の、もこもこの布地が、ふわっと、覆いかぶさった。
「父上が居る儘だったら無理でしたね。上手くいって何よりです、ふぅ……」
全然平気そうな小さきマクスが吐いた溜め息はももの見事に白かった。
もこっ、と頭を出し、そのふわふわの布地を纏い直し、女冒険者アーミヤは尋ねる。
「いつまで保てそう?」
「三日三晩。ですが、もう、大掛かりな魔法に裂くリソースは捻出できませんね」
「維持できなくなるからってこと?」
「違います。先払いしました。足りさえすればよかったので」
「無茶するねぇ」
「そういうことなんで、置いてかないでくださいね。今度は」
「はぁ……。参ったねぇ。物好きなもんだよ全く」
と、目頭に掌を添えるように両目を隠し、頭を抱えるアーミヤの口元は柔らかな微笑みを浮かべていた。
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