第五十話 多層壁離塞都フリード 四
カッ! カッ! カッ! カッ!
左足を前に進める際にのみ、左手に持ったそれをつく。ヤドリギが折り重なったような、ねじれた樹木の太い枝の、魔力補助の為の石の類など嵌っていない、けれども無駄に大きく重量感のあるその杖を。
足の代わりか魔法使いとしての定型としての持ち物なのか、些か迷う。
ローブのフードを深く被っている。
背は大きく曲がっているが、それでも、その立ち恰好は、赤子や少年の高さではなく、その状態であって、既に大人の高さ。
つまり、長躯。
ローブは特に意匠も装飾も施されていない無地であるが、その生地は、まず見ないくらいに厚い。低く、腰の折れた、手も足もあるが、骨と皮ばかりで、痩せこけて、病的に白く、深い皺を顔どころか、ほとんど全身に刻んでいる、眉毛や睫毛といった毛すら無い。
頭の皺の入りようと無毛に儂鼻。垂れるように折れ曲がった両耳に、真っ黒だが欠損の無い歯。青紫の薄い唇。赤緑の歯茎。
垂れた瞼のせいで半分しか開いていない、けれども大きな、奥へ引っ込んだ目。その目は、白目と瞳の部分が反転しているかのよう。中央が白く、辺縁は、蠢く糸虫の群れのような、紫が蠢く。
まさに、人外だ。昆虫のような外皮のごつさがある。
しかし、魔法使いが年を経て到達する姿のモデルケースとして、そのような系統は決して珍しいものではない。何故なら、脆くなろうとも、治しやすく、維持しやすく、それらを、外装と外装の塊の区切りごとに切り分けて行うことができるからである。知能は保てても、肉体は魔法使いとしての才とは別の才が無くては維持すら難しいのだから。
だから、魔法使いは大概、自身の身体の耐用限界が来るまでに、肉体を作り替えている。ただ、そうやって異形となった上で、出歩く者となると、かなり珍しい。
気が向いて出歩くということもあるが、それは常人の久しぶり感覚ではなく、短くとも数十年、長ければ数百年感覚での久しぶりという、同類以外にとってはジョークにすらならないものになる。
街人程度では知られてはおらずとも、木っ端から毛が生えた程度の役人であれば一般常識。
だからこそ、不気味ではあるが朗らかに挨拶してきて、堂々と門を潜っていったその老人を、疑い、遮ることすらしなかった門番を誰が責められようものか。
それなりの喧噪の中を歩いている。未だ、街の外縁部に過ぎない。
(さあて。此処、か。最初の境界は)
カッ!
手にしていた杖で、何の変哲もない、通りの道の地面を衝いた。一見何もない無意味な城壁と何もないその先という光景の時点からは程遠いそこで。
人通りもそれなりにあるが、別に魔法使いは数は少なくとも物珍しいものではない。人間からだいぶ外れた異形といえる存在も、街にはそれなりにちらほらいるのだから。
だから、別に足を止めた訳でもないし、ちょっと大きいだけで、特段激しく地面を杖で叩いた訳でもないのだから、影響はない。
僅かに、歪む。
歪んだのは視界でも光景でもない。
歪んだのは、魔力。不可視の筈の魔力の天幕。
見方を知っている者か、見えるようにされている者でも無ければ見えないそれを、老人は確かに視認した。
(越えられるかな?)
そう、老人は、歩みを進め、そこから姿を消した。
ブゥオン!
働いた転移。視界が闇に包まれ、耳元に、大きく風切る音。
ブゥオン!
再度それが聞こえると、そこは中心街。
(後二層。上手くいったか。此処から後、二層。軍官街。そして、政宮。そこで、今度こそ、見つけるのだ。座へ至る道を。それにしても温くなっておる。それに――)
本来、閑静な住宅街と上品な店が並ぶエリアである筈であるそこは、この真っ昼間から、異様な光景だった。
まず、人通りが異様に多くなっている。行き交う人が一人、二人といったのが常である筈なのに、数十、下手すれば百に届くくらい、いや、もっと。
しかも、行き交う者たちは、明らかにご隠居やご婦人や子供ではなく、現役の大人たちであるということ。本来、次の層で見られるような人物たち。
軍人は武装しているし、軍人でなくとも、何やら、魔力を色濃く纏って、臨戦体制であったり、気をぴるつかせている。
(妙にざわついておる、な? 儂の一件だけではあるまい。次層ではなく、この層にて、軍人に加え、明らかに軍人でない偉そうで華奢な者たちもせわしなく行き交っておるではないか。さて、と。少し目と耳を増やすと…―と。久方ぶりの隠行故に、しでかすところであった。気配を薄くするに留めるとしよう。魔法は、未だ、使わぬ)
老人は、ほくそ笑みながら、奥へと向かう。
恐らく、今であれば、奥へ進むにつれて跳ね上がる、自分の存在を知る可能性のある人物や、自分に相対できる存在との遭遇の可能性はこれまでに無く、薄くなっている、と。
実は密かに、不運であると自負しているその老人は、外の自身の不運を些事と切り捨て、自身に運が向いていると自身を鼓舞でもしたのだろう。心なしか、足取りの間隔を速めていた。
カッカッカッカッ――!
その大きく響く杖の音も、周囲の明らかな慌ただしさに埋もれて消えるのだから。
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