第五話 その日暮らしを積んで 二
蛇鉾。槍の一種のようなもので。刃が波状、先が蛇の舌のように二股に分かれている。そんな武器。
そんな武器の柄に、蛇の革を使おうというのは、揃えにいったのか、験担ぎなのか。依頼者が何を考えているかなんてものは、未だ涼しい初夏の早朝の草原で、人間サイズの巨大な蛇と対峙している、僅かな荷物を入れた革のリュックを背負い、右目に黒い眼帯を付け、街中にいるときのローブを外して腰に巻いた、上は袖のないシャツに下はパンツスタイルの軽装な回避スタイルな今の少女コレクトルにとっては、考えるべきことではない。
(筋鞭蛇。筋ムチヘビとも呼ばれる。成体で全長2メートル前後。この個体は2メートル弱程度。目立った傷は無い。けど、白色個体だから、仕留める際に付けた傷はきっと目立つ。弱らせてからじゃなくて、一気に終わらせたい。確か、白く染めて使うとか書いてあったから、巧くやれれば色を付けてもらえるかもしれない)
筋鞭蛇。一般的なそれに魔力は無い。
眼帯に手を掛け、コレクトルはそれを引き千切った。
勢いというのは大事である。それが戦闘という緊張状態であり、平静とは離れたものであるが故に。
練習でできた。だから本番でも、とは、なかなかにならないからこそ、コレクトルは、制御の細かさをある程度放棄できる、その方法を採用した。オンオフを目の焦点ではなく、眼帯によって切り替える、という訳である。
火の刃のナイフ。先っぽから、柄であろう部分まで、丸ごと、オレンジ色の炎の塊。
コレクトルはそれを、投げるように放った。狙いは、頭。目と目の間。蛇の感覚器官があるそこ。
蛇は、うねるように、それを避けようと、くねって、頭を大きく右へとよじらせ――
刃先が、曲がるように伸び、扇のようになって拡大し、刺すにとどまらず、両断していた。
それは魔法の刃。熱を司る蛇眼の力の制御は、手から離れる程度では離れない。
そうして、大きく音を立て崩れ落ち、血を流してぴくつく、首から下へとコレクトルは近づいて、その断面を、右目で睨んで、灼きながら、蛇睨み。
そうして―…コレクトルは慌てることなく、しかし、素早く、右へ転がった。
首から上である。断面から血を流しながら、未だ、生きている。両目が黄色くなって、赤らんでいる。そして、その左の瞳には、浮かんでいる。ウロボロス。尾を噛む蛇の姿。黒々しいインクのような滲みにも見えるそれは、何とも曖昧である。
(レア中のレアを引いた。けど多分、不完全)
コレクトルは、自身の右目を引き抜いた。そして、腰に巻いたローブのフード部分にくるんでおいたそれを取り出して、空いた右目窪みに、入れた。
付け替えたのだ。横長の黒き棒線のような光彩を大部分の青が覆う、その瞳に。
小さく、痩せたコレクトルの身体が、隆起する。筋肉の隆起による陰影が現れる。それでも服は破れない程度。鍛錬して、やっとこさの調整の成果。けれども、どうしようもなく、顔色がすこぶる悪くなる。
腹から逆流してきそうな胃液を堪え、全力で左拳を振りかぶって、上から、ぶち潰した。
目玉から何まで全て潰れている様子。微弱な魔力の発生すら見受けられない。完全にそれは潰れた残骸として、沈黙している。
地面からかえってくる反動で、堪えていたものを漏らした。
右目を、抜く。
涙交じりに汗を吹き出し、鼻水たらたら、口から未だ漏れる吐瀉の残留物。地面に這いつくばりそうになりつつも、一度そうしてしまえば、意識も手放してしまいそうで、そうなってしまうことに対する恐怖が震えるほどで、嫌だ嫌だと、泣き叫びたい気分のコレクトルは、背負っていたリュックから、瓶を取り出す。
聖水ではない。その瓶の中身は、どろっとしていて、何だか黄金色掛かったように見える、黄色い液体。
コレクトルは、栓を抜いて、その瓶の中身を飲み干した、
べらぼうに甘い。甘ったるくて、咽そうな位に。けれども、咽て吐く訳にはいかない。それは命綱でもあり、無駄にする訳にはいかないくらい高価である。
(慣らし無しでやったら、やっぱりこうなるわよね……)
回復薬の一種だとして、ギルドの食堂のマスターから渡された、蜂蜜の一種であり高級品であるとしか教えられていない。それの中身を構成していたものを、コレクトルは未だ知らない。
持って帰る必要があるのは、皮だけの訳ではあるが、コレクトルは悩んでいた。
再び、牛骨鬼の瞳を入れて使えば、ぶちゅっと潰した頭以外は、担いで持って帰れる。しかし、それには、街中で、本来そんなガタイで担げないものを何故か担げているという化け物染みた格好を晒すことになる訳で。加えて、眼帯を外しておかなければ、その状態を保てないのだから、左右で違う目という、悪目立ちする特徴まで露わにする訳で。しかも、その片目は魔物のそれという。
できる限り晒さずにここまで来た。これが他人に与える悪印象があまりに大きいことを知ってからは、使い時を選んでいる。
だからこそ、欲に押されて、そんな積み重ねを台無しにはしたくない。
結論が出たところで、コレクトルは、窪みたる右目の穴に、赤黄色に煌めく蛇なる瞳を嵌めこんだ。
(牛骨鬼のとは違って、コレは気分悪くならないのよね……。違いは何なのかしら……。合う合わない? それとも、慣れ?)
魔法による火の刃のナイフは出さない。
背負っていた革のリュックから、剥ぎ取りナイフを取り出す。
慣れた手つきであった。村ではよくやっていた。率先して。苦く辛い思い出を想起させられはするが、それでも、役に立っている。使えるものは使う。元より、忌避感など無いのだから。それを持つには、自身はあまりに無能が過ぎるから、と。
捌き、皮剥ぎ、剥いだ皮を裏剥ぐ。そして、表皮銀面側の血などのぬめりのある汚れを、凝視し、消し飛ばすように緻密に焼き切る。そうして、汚れのとれた、長い長い真っ白な銀面の蛇の皮という素敵なそれを、持ってきていた、握るに程いい程度の太さの短い棒状の木の枝に巻く。
やるとなれば必要だろう量と、水の確保の必要性も考えて、塩は持ってきていないから、やるのはそこまで。鞣しまでやろうと思えばできるコレクトルであるが、設備も、その方面に関する信用の構築も、為すには足りない。
それに、いきなりやらせてもらえる類のことでもない。エルフの村よりも、人間の街は、色々なことが、細分化、専門化、俗人化されているのだと、コレクトルはわかってきていたから。
そうして、残るのは、肉。バラし、焼いて、満足いくまで腹に収める。残りは、右目で消し飛ばし、革のリュックから黒の新たな眼帯を取り出し、付ける。蛇の皮を巻いた棒をリュックに入れ、再び背負うと、ぼっこり重い。
若干ふらつくような足取り。それほどの重さ。けれども、汚れと共に水分や油分もある程度飛ばしたから、リュックも破れない程度、コレクトル自身も背負いきれる程度で済んでいる。
(何とか持って帰れそうね……。綺麗な一枚革、それも白。色は付けて貰えそうね)
コレクトルの口元は達成感に綻んだ。
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