第四十九話 英雄譚の残滓 顎と牙の蟲の頂 十
街の外の戦場へ向かって、門を出て、しばらく進んだところであった、万全の状態である二人。ゴーレム偽装の姿のミツと、眼帯を付けたコレクトル。
二人は戸惑いを浮かべていた。
気付かれずに戦場へ到着しようとミツが言い出し、姿形を薄くする魔法と、足音に加え砂埃を立てず足音も残さない為に地面から僅かに浮かんで、疾走していたから、それは起こった。
ぶつかった。
二人は押し返されるように弾かれた。
進行方向である戦場の方角。目的地は未だ未だ遠い。
なら、それは一体?
押し返された地点の空気が歪んで、それがその姿を現した。瘴気のような圧を放ちながら。
二人は即座に、距離をとった。
魔法による補正が乗っている状態故に、それは、一秒に足りるかどうかの速度で行われた。
バックステップで、数十歩。
あっという間に、十メートル以上離れ、なおも距離を取りながら、ミツは偽装を外し、コレクトルは眼帯を外し、エレメンタルナイフを構えている。
それは、半分ほどの大きさの【鬼呪蜻蜓】そのものの姿を横に二つ繋げたような姿をしていて、何故か、半透明であり、中央付近で、癒合していた。
まるで、今にも分裂しようとしていて、邪魔されて中断したか失敗したかのような。
「コレクトル様!」
「ええ!」
コレクトルはそれを即座にぶっ放した。
左目に嵌った、穏やかな大海原が、眩く揺らいだかと思うと、周囲を一辺数十メートルの立方体の領域に水が一瞬で現れ、包む。
恐ろしく高く舞い上がって、翼で更に飛翔し、ホバリングしながらミツは見下ろす。
端の方に、確かにターゲットであるその何やら異質な【鬼呪蜻蜓】も包み、それは半透明ではなく実体を持ち、目から光が失われ、翅の動きが完全に止まり、ぷかぷかとその場で、脱力する。
立方体の水の領域の中心に目を閉じて浮かぶコレクトル。コレクトルが水の中を移動していく。泳いでいるのではない。意識が無くなる前に、そう制御を入力したのだ。
コレクトルの移動に合わせて、領域が小さくなる。そうして、ほんの、一辺十メートル程度の立方体になったところで、ミツが魔法を放つ。
「"覆うように、密閉するように、凍れ"」
薄くその表面が凍る。そして、
「"覆うように、密閉するように、凍れ"」
「"覆うように、密閉するように、凍れ"」
「"覆うように、密閉するように、凍れ"」
・
・
・
「"覆うように、密閉するように、凍れ"」
同一の魔法を幾重にも重ね掛けた。
仕上げに、と、プチン! 自身の髪を数本抜き、それに魔法を込め、手を離した。
「"わたくしたちよ、役畜を倣い、重荷を引け"」
それらは光り輝き、太く強い、数本の長い長い黄金色のロープになり、凍った立方体にがっちりと巻き付いて、ひとりでに、キの字結びになる。幾重にも重なって、幾重にも束なって、持ち手部分が、上空のミツの手へ。
ミツは即座にそれを引いて、飛び立った。
魔力を豪快に使い。
節約もペース配分も考えず、一刻も早く、と。
そして――
街の門の前。
門番の一人に、ミツはそれを見せる。
門番は青褪め、即座に、人を呼びに行く。
今後の伝令の為にと、門番たちにはある程度の事情は既に伝えられている。だからこそ、ミツが持って帰ってきたそれの姿も意味も、分かったのだから。
やってきたのは、ギルド長と偉そうな役人。
二人も当然青褪めた。
ギルド長も偉そうな役人も、門番たちとは違って、当事者として事情を知っているのだから。
ギルド長が魔法で、空間を裂いて、その中に巨大なその氷を仕舞い込み、中に入るように、と、偉そうな役人とミツを誘った。
そこは――巨大な闘技場だった。
ドームになっていて、湿気臭く、埃臭く、咽そうなくらい、空気が悪い。
そこを構成する黄茶色の煉瓦たちが薄く発光しており、それが、周りを薄暗い程度まで照らしている。
人間同士が1対1で戦うにはあまりにも広すぎる。
「半径500メートル程度。察しの通り、対人間用ではない。とかく丈夫で、逃亡を許さない。最悪を想定して、ここを使うことにした。ラーク。お前の全力でもここであれば問題あるまい。もしもの場合、後詰めを頼んでもいいか?」
「それ程! ……か。ならば、仕方……あるまい。承知した」
「ミツは、もしもの場合即座に逃げること。できればあの娘も連れて。伝令役を担って欲しい」
と、空間から出した、まだ溶ける気配のない多層に薄く氷で覆われたそれが、闘技場に置かれた。
その氷の中のコレクトルを、ギルド長は指差している。
「ギルド長は……?」
ミツがそう尋ねると、
「できれば無力化して尋問。できぬなら殲滅する。この手で」
オーラも魔力に色も見えないのに、ギルド長から、威を、圧を、感じた。それは、あの戦場での【鬼呪蜻蜓】のそれにも、劣っていない。
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