第四十八話 英雄譚の残滓 顎と牙の蟲の頂 九
「【しぶといものだ。醜き者よ。醜きだけでは物足らず、姑息にも、姿形も臭いも気配、魔力までも消…―】」
ドゴォオンンンン!
翅の一枚が爆ぜて、超速で再生する。
何処か。
遥か地下。
巨大な空洞であるそこは、【鬼呪蜻蜓】が、その者を巻き込んで転移してきた先である。
灰色の岩肌が広がっており、遮蔽物として大量に存在していたが、それらはもう跡形も無い。隠れる場所のない、だだっ広い空間になってしまっている。
太陽の光の届かないそこは薄暗い。
真っ暗で無いのは、天井である岩肌にまばらに存在する、白く点滅発光する水晶の為。
「【無駄だ。所詮は人の範疇。特異な技を持とうが、こちらの種を割れぬ限り。千日手にはならぬのだから。持久戦で、眠らずの儂に勝てると思うか?】」
周囲を見渡す【鬼呪蜻蜓】。逃げも隠れもしない上に、言葉を発して、ホバリングしているだけ。
その狙いが何であるのか。対峙する存在もきっと、分からなくなっているに違いない。
(ぐはは……。姿も形も捕捉できないからといって、空間ごと転移させ、巻き込むとは……! 上に残った三人はどうなっている? 散らされた? 放置? それとも、何か邪魔する手段でも置いてきたか?)
向こうにそういう意図は無いだろうが皮肉にも当たっている、そんな敵の言葉を買うことなく。
前線の味方に自身の存在を告げることも仄めかすこともせず、自身も前線に合流というか紛れ込み、不可視な状態で飛び回りながら、不可視の爆発魔法と、その影響を覆い隠す異質な偽装魔法を組み合わせて使っていたその者は必死に考えを巡らせていた。
その者とは、偉そうな役人ラークが今回の緊急事態に際して、呼んだ鬼札。醜男な冒険者である礫。
その魔法がどう異質かというと、唯の幻の類とは違って、現実をごまかす。例えば、敵の腕を爆発魔法で爆破したとする。その際の爆発魔法の発動も、それに敵の腕が当たったことも、敵の腕が吹き飛んで、失血や痛みによって死に瀕することも、無かったかのようにできる。それはあくまで、停滞。先延ばし。魔力が続く限り、結果が現実として発現する機を、選ぶことができる。
一度露わにした結果は、再度無かったことにして先伸ばすことはできない。あくまで先延ばしに過ぎないので、その異質な偽装魔法の効果範囲から敵が出るか、礫の魔力が尽きて先延ばしを維持できなくなったら、結果は即座に反映される。
起こる結果は、先延ばしがなされず即時反映された場合からの先延ばし終了までの時間経過が適用される。だが、これには穴があり、即死クラスの損傷を負ったとしても、この先延ばしを経ていれば、先延ばし対象が自他問わず、死や昏睡に至るまでに僅かながら猶予ができる。
加えて、人間や亜人種から遥かに外れた存在であったり、位階が違うような強大な存在に対しては、先延ばしを経た結果は、どういう訳か、歪む。
概念や事象の改変に片足を突っ込んだ魔法の常であり、礫のその偽装魔法も同様である。
礫が転移に対応し、足を止めることもなく、状況の変化に頭が固まることもなく、動いていられるのは、妻の転移魔法を経験し過ぎて慣れているからに他ならない。
転移という魔法は、ただの移動手段に留まらない。
戦術的にも有効であるし、大人数を対象にするとなると戦略的な運用も可能である。
だが、それ以上に。ある種の攻撃としても作用する。光景の一瞬での変化による前後の差異の大きさによる目潰しや、平衡感覚の乱れや、空気や温度の一瞬での変化という起こり得ない筈の出来事が脳の情報処理のリリソースを奪い埋め尽くし、完全なる無防備を曝け出させる。
一種の、相手を無力化する攻撃として使える訳だ。
何の心構えもさせず、いきなりの、配慮も加減も無しの暴力的な転移。それはそれそのものが切り札足り得る攻撃であるといえる。
(兎に角、妻以外からの助けは期待できんだろうな。……。しかし、残滓とはいえ、伝説の存在とたった二人で……。俺生き残れるだろうか……)
礫は不安を覚えていた。自身の爆発魔法が決め手にならない以上、妻の到着を待つしかないのだから。魔力を空にしきった妻が、起きて即座にここに来ることはできないのには理由がある。
礫の妻の転移魔法も、これまた特異な性質を帯びており、それ故の制約が存在するからである。
(妻よ。早く来て俺の背を押してくれ。そして、いつものように、言ってくれ。俺にとっての魔法の言葉を)
ただ、礫は、妻が絶対にそのうちやってくると信じて疑っていない。
ドゴォオンンンン!
翅の一枚が爆ぜて、超速で再生する。その速度は僅かながら、先ほどよりも更に速い。
「【うぬ……。まるで結果が先にあるようではないか。被弾したという結果が再生されているかのような】」
【鬼呪蜻蜓】は動かない。礫の魔法の種も仕掛けも分かっておらず、その居場所を捕捉すらできていないのだが、【鬼呪蜻蜓】は、少なくとも一つ、見切っていた。
その不可視の相手は、自分をまともに損傷させる手段を持ち合わせていない、と。
それに、口にした言葉の内容は、当たらずとも遠からず。
故に、思考することに集中させていては、答えに辿り着かれる可能性がある、と危惧した礫は時間を稼ぐ為に、敢えて、手札の一枚を追加で晒すことにした。
自身の不可視の爆発魔法の範囲をこれまでの小規模から、一段上げた。
対象は――無生物!
突如! 【鬼呪蜻蜓】の頭上数センチの距離に、それは姿を現した。爆発の粉塵と共に。巨大質量な、この広い地下空洞の天井の岩盤である。それは、巨大である【鬼呪蜻蜓】の軽く数倍は大きい!
不可視にしていれば、自身にもそれは見えない。
故に、発動と結果の発現、タイミングを読み切った上で、計算ずくで、礫はそれをやってのけたのである。
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