第四十七話 英雄譚の残滓 顎と牙の蟲の頂 八
離脱した他の二人とは違って、即座に戻ってきて、当主ヴォルフは残る二人と共に戦線を維持していた。
(明らかに、おかしい……。何故、儂らは未だ圧されているのみで、負けどころか、誰一人落ちてはおらぬ。年甲斐も無く、思うよりも体が動く儂に、マクスとそのお気に入りの息の合った連携。ようやっておるのだ。儂らは。だが……)
当主ヴォルフは、地面を殴り、砕き、岩に近しい強度の大きな断片を投げつけ、黒い影、怪しく光る、小さな瞳の集合である、異様な密度の敵眷属の群れを絶え間なく潰し続けている。
小さきマクスも、女冒険者アーミヤと息を合わせて、即席だろうに妙に完成度の高い多種多様な連携魔法を次々に放ち、もう、敵の軍勢にお代わりが来てもいいころ。
最初に目に映った光景の9割程度。つまり殆ど落とし切ったのに。
何がおかしいのか。
【鬼呪蜻蜓】がおかわりを寄越さない。
ザコの相手をせざるを得ない、【鬼呪蜻蜓】からしたら隙を晒しているこちらに対して、何故か横槍を入れてこない。
制約がある訳でもない。できる筈だ。寧ろ、【鬼呪蜻蜓】は軍勢を使いこなす存在。こちらを崩し、突くなんて真っ当な基本である。そういった当たり前をやらない訳がないのだ。
つまり――
(何か、隠しておるのか? 知られては不味い類の。血肉乏しい故の弱点でも生えたか?)
こちらにとってのチャンスである。
(言葉を掛けてはかえって不味い。マクスたちは、儂を見れば自ずと各々判断を下すじゃろう)
当主ヴォルフは飛び出した。
地面を殴りつける。
先ほどまでとは違い、表面を軽く砕くだけではなく、クレーターが出来上がる。
そこから跳び上がり、唱えた。
「"粉砕より出でし疑似なる引力! 脱出叶わぬ引力井戸!"」
当主ヴォルフの跳躍開始時点であったクレーターの中心から、黒い闇が生まれる。それは、周囲の土を吸い込み、【鬼呪蜻蜓】の召喚した残存兵力である軽い軽い眷属たちを吸い込み、【鬼呪蜻蜓】を引き寄せ始める。
(やはり! 隙のある大技であったが、距離を詰めるどころか、一切の手を打たなかったな!)
【鬼呪蜻蜓】は、その翅を動かし、抵抗する。結果、殆ど引き寄せられていない。
(っ! 力が、残り過ぎている……?)
当主ヴォルフは迷った。
まるで誘いのように、一瞬思えた。
だが、相手にとっても、実力がどれだけ出せるかは、恐らく不明瞭であり、事前に試すこともできていないのだから、まともな戦い方を採れない可能性も無くはないのだ。
ほんの肉体の一部。
そこから生やした他の部分全ては、生前の再現に過ぎない。実体を持つように見えて、質量のある幻のようなもの。
けれども、質量があるのなら、削れる。
形を保てなければ、威を持つ存在であるが故に、その力は、より不完全になる。欠乏し、格を発揮できなくなる。
そうなれば、ただの魔法の使えるだけの魔物、まで落ちる。飛車角落ちなんてどころではない。伝説未満。こちらの1人だけででも、余裕をもって相手でき、完封も見えてくる。
当主ヴォルフが息を吸うように唱えた無詠唱は、自分に対する反作用。引力の反作用。斥力である。本来自分も吸われる筈の自爆魔法を、当主ヴォルフはそうやって利用する。
昔はしなかったような、小細工である。年をとった分、知恵を使うようになった。ただそれだけのことである。
昔であればそもそも、こんな色々考えず、取り敢えず、殴り倒してから考えていただろう。
と、いうのも――
スカッ!
(消え、た……、だ、と……!)
振りかぶった拳の大振りな一撃が、空を切った。
空中で、無防備。
【鬼呪蜻蜓】の姿は、まるで幻であったかのように、跡形もなく消えていた。
困惑の表情を浮かべながら駆けよってくる小さきマクスと女冒険者アーミヤ。三人の一流である彼らの見識は一致していた。そこにもう、【鬼呪蜻蜓】は、いない。
では、今、奴は、何処に――
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