第四十三話 魔の瞳を求めて 泡沫藻屑の穏やかな永遠 五
廊下にて、遭遇する。未だ気づいていない様子の大ききボーロ。慎重に、けれどもゆっくりと泳ぎ進んでいる様子が伺える。
(よし! ボーロ様は万全の様子! ツグと上手く凌いでくれたということでしょう! 既に単独行動に移っているのは、わたくしと同じように、既に一度はコレクトル様と遭遇した、ということでしょうか?)
目視のできる距離。だからこそ、とミツは自身の権能で、自身の思考を伝えようとするが、手ごたえが無かった。届いてはいるが、出力が足りないのか。反応があまりに薄いのだから。
こちらへゆっくり変わらず進んではきている。けれども…―
大ききボーロの頭が上がり、キッ! とその目付きは鋭く、けれども、その瞳はぼやけた。瞳孔が開き過ぎていて、ごぼぼぼ、と息を零したが、何か言葉を発する素振りにも見えない。泳ぎの手が止まる。足が止まる。進行方向へ水平になっていたその身体は、脱力するかのように、床に垂直になり、浮かび上がってゆき、その頭は天井にぶつかり、水中での、鈍いごぉぉおおおんんん、という間延びする音。
その瞼は緩み、閉じてゆき、その鼻からは、鼻……提灯……?
背が曲がり、コの字になって、下を向くように、背中を天井にぶつけ、ごぼぼぼぼ――空気を浪費し始める。膨らみ、縮み、けれども割れない、水の中での鼻提灯。
生……ぬるい……。
水、が……。
急に水温が上がった訳ではなくて、これは――
(水温の上昇ではなくて、もしかして、これは……、体温の……上…昇……? 何だか……眠……い……?)
瞼が重くなり、身体が、熱く、怠く感じるミツは、自身の読み違いに気付いた。
魔法の使用や時間経過による水温上昇などではなく、これは、水の中で眠気に誘う、そんな魔法ではないのかと。
全員眠らせられれば、起こしに来る者の当てが当分はない今、外の闘いから離脱して戻らなかったという絶望的な状況が出来上がってしまう。
たとえこの状況で死なずに済んだとしても、外の事態の責の向かう先は、こっちになる。
(抵抗は……できる……。けれども……。……っぃぃぃぃぅぅぅっ!)
ミツは、険しい顔をして、両目を見開いた。
「"わたくしは貴方様に傅く者。ですからどうか、わたくしを、見てくださいまし"」
溢れ具現する、藍色のオーラが、水に溶けつつも溢れ続け、魔法の言葉を反芻するように帯びて纏って、薄く、広がり、やがて、色づき、はっきり藍に、のびた靄で、繋がる。
その靄は、大ききボーロの鼻提灯に溶け、奥へ、侵入してゆく。
(わたくしたちの種族固有魔法。魔法耐性が跳ね上がり、肉体強度が逸脱するオマケ付き。その本領は、異性への切り札、けれども、思い通りでは決してない。招くは、血滾る、衝動のような暴走……。相手が貴族の子息かつ異種族の血濃い存在故の、賭け。あってはならないことをしでかさないよう、どれだけそんな本能を、躾けられているか……。わたくしには責がある。傍にいて、コレクトル様が嵌めるのを止めることができたのはわたくしだけだったのだから。コレクトル様を詰ませるのが、わたくし、だなんてことは、わたくし、許せないですもの! その為だったら、散…―)
ブゥオウウウンンンン!
「ゴボババババババ――……」
腹に、垂直に、ぶつかってきた質量。
生来の魔力量による、種族特性合いまった本来の防御力が、身構え無しに発揮される。手で受けることもなく、モロに食らって、そのまま、真っすぐ、ぶつかったものによって、押し続けられ、水中をぶっとび続ける。
それでも口から吐いたのは空気だけで、血反吐なんてものの流線は発生していない。
めりこんでいるのは、頭だ。
大ききボーロの頭。故に、その表情は伺えない。
反応したということは、通ったに違いない。
この魔法は、権能よりもある意味強い。息をするように簡単、けれども異性に対する魅了悶絶を周囲に無差別にばらまく呪いそのもののような、嫌いな力。
召し上がられることが、自身の身を献ずることが、宿命づけられているかのような、そんな、力。
だから、これはミツの覚悟。ここで終わってしまうということは、コレクトルの終わりは確定するに等しい。自分が踏みにじられるより、親しい誰かが自分のせいで踏みにじられる結果に終わる方が、ミツは嫌だったから。
(もう……あんな光景と想いを負うのなんて、絶対に…―)
ゴォオオンンンンンン!
「ごぼぼぼぼぼぼぼ……」
水中だというのに、巨大魚にでも体当たりを食らって、壁にぶつけられたような気分。
泡と交じり、血と吐瀉が滲んだ。
魔法による直接の損傷への防御力は得られようが、物理的な損傷への防御力が、肉体が作り替わるでも無いのに上昇には限度がある。
離れた頭。
まだ眠っている。けれどもその表情は、のんびりと緩やかに微睡に微笑を浮かべて。首の上がるこの溜めが何かは分かる。来る。首を上げきって、引いて、そして、頭突きだ。
壁にめり込んでいるから、回避の動きは叶わない。抜け出すには、距離をあまりに詰められている。
右手の爪を立て、風のつむじの魔法を無詠唱で纏い、ミツは、狙った。
目、ではない。狙いは――
なにせ、相手のこの行動は些か奇妙。誘惑に満たされた茹った頭と感情で今いるのなら、こうはならない。ミツは、コレクトルのあの異様な状況を既に見ている。自身が一度ならず二度集まった熱のこともある。だからこそ、それと合わせて、最早それは確信に近い。
パァンンン!
これは、気絶ではない。睡眠状態と、その状態での、水牢と微睡の魔法の下手人による、操作と、支配!
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