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第四話 その日暮らしを積んで 一

 少女コレクトルは、一人で生きる術を得た。得たには得たが、それはその日暮らしの域を出ない。余裕はなく、見据えられる未来は、明日がせいぜい。


 自身のその邪法ともいえる手段の限度を手探りながら、日々試す。取返しのつかないことにはならないように常に気を配っているつもりでいて、既に、リスクをあまりに取り過ぎていることに、彼女自身は気付けていない。


 そもそも余裕が無いのだ。そうでもしないと、彼女は、持続的に一人で生きていくには足りないのだから。かといって、彼女がもう少し冷静であったなら、置かれている状況はより悪くなっていたかもしれない。折角得た力を力として発揮できなかっただろうから。だがしかし、そもそも、彼女がエルフの村を出ていなかったら? 肉体的には今よりましな状況、精神的にはどちらに転んでいるかは分からないがそう上振って良いものにはなり得ないだろう。


 もしも、だなんてきりがない。もしも、だなんて、空想の産物でしかない。在るのはただ、今だけである。





 人間たちの都、フリードの冒険者ギルド。その建物の中の冒険者たちの出入り可能な箇所のうち、最も汗の臭いの薄いところ。ギルド入口。そして、依頼書の貼り付けてある掲示板と依頼受付や各種事務処理のカウンターだけが存在し、机や椅子の一つも無い、窓の一つすらなく、遥か天井から等間隔にぶら下がるランプが黄色く照明としてはたらいている、ただ広いだけの殺風景な場所。エントランスである。


そんなところまで薄暗くする必要が無いのに、と、きっと誰もが思うくらい、ギルドの顔といえる場所としては相応しくない様式である訳だが、人はまあまあいる。当然、掲示板の前には、数人塊のグループや、ソロなど、構成人数は様々だが、数組ほど。


 掲示板から離れて、食堂側へ続く通路の側には、人の流れが見られる。朝の六時である今、未だ酔っ払いはいない。これから今日酔っ払いになる予定の者たちがそこへと集まってきている訳である。こんなではあるが、既に酔っぱらっている者は、日が昇る前にちゃんと掃き出されているし、新鮮な吐瀉物なんてものは無いくらいには掃除も行き届いている。それなのに、古い臭いが残っているのは、これが日常茶飯事過ぎて、もう、こびりついてしまったから。


 入り口の灰色の引き戸から向かって正面の依頼受付や各種事務処理のカウンター。受付は二人いて、依頼受付と各種事務処理どちらとも決まっておらず、どちらでもそれぞれ受け付けられる。何故か、二人とも、ゴーレムの亜人であり、見た目もそっくりである。顔つきというものが無い。目や口は窪みでしかなく、鼻は穴のない突起に過ぎない。表情も変わらない訳で、それでいて、口だけは引っ掛かりもなく、スムーズに動く訳であり、姿勢の良さや、力の入った彫刻の造形のような所作の美しさもあいまって、実に慇懃無礼に見えるという奇妙さ不気味さである。


 ギィィ。


 入口の引き戸が開いた。一人の冒険者が、そこには立っていた。右目に黒い眼帯を付けた、少女クレクトルである。






 少女コレクトルは、日が昇り、照明無しに外が十分明るく視認できる朝六時頃に、ギルドを訪れた。その日の仕事の糧を得る為に。


 そんな泥仕事やらなくたって、魔法を使って、割がよく、強豪相手少なそうな、払いのいいバイトをすればいいのではないか、とは残念ながらならないのだから。彼女の魔法。その行使の為には、魔物のそれを嵌める必要がある訳であり、そういった事情を理解してくれて、ましてや、その上で彼女を使ってくれて、しかも、安く買い叩かずに、だなんて、無理にも程があるから。


 なら、既存のバイトの分では足りない、かと言われると、それには既に使い道がある。彼女のその能力のせいもあって、必須といえる。色々と実験ができる、個室の宿。怪我する場合も考えて、余裕をもった額が必要になる。


 彼女の足取りは寄り道無い真っすぐだった。


 カウンターの右の受付に、


「【蛇鉾の柄の材料狩猟】を請けたい」


 と、そして、左の受付に、

 

「昨日頂いた【ギルド使用資格Eランク試験受験申込書】記載してきたので確認お願いしたい。問題なかったら申請処理に移って欲しい」


 と、要件をぶつける。


 こうやるのが、遣り取りが少なくて話が早く進むと分かってきたからだ。朝だとこれが許される。寧ろ望まれるくらいである。昼にもなれば、受け付け達も、眠気が収まってきて、職務に事務的な意味ではなく感情的な意味で真摯になってしまうから。


 申し訳なさを感じない性分ではない彼女。


(今の私じゃあ、まともに話なんてさせて貰えない……。ランクさえ上がって、担当さえ付いてくれれば)


 だが、申し訳なく思って、できることが、この時間帯を選ぶことと、遣り取りを簡素にすること、という何ともいえないあべこべ加減。


「貴方のランクだと、三人以上での着手が望ましい依頼ですが」


 右の受付から、ごもった機械音声のような、しかし、聞き取りやすい、性別年齢不詳な奇妙な声でそう返される。


「問題ないさ。ほら、この通り」


 と、眼帯をずらし、赤黄色に煌めく蛇なる瞳を露出させ、右手に、火炎のナイフを形作り、提示する。


「お節介でしたね。それでしたら、あれらを無力化するに足るでしょう」


 すっとナイフを消し、眼帯で再度隠す。


 左の受付が、既に確認を終えて、彼女が右の受付との話を終わるのを待っていた。


「待たせてすまない……」


「いえいえ」


 これまた、ごもった機械音声のような、しかし、聞き取りやすい、性別年齢不詳な奇妙な声。


「希望日が空欄でしたが、いつものように、次の日、で問題ありませんか」


「頼む。……あぁ、一応。今日の依頼を終えた後、大きな負傷が無かったら、ということにさせては貰えるだろうか。申し訳ないが……」


「その位でしたら、融通もきかせられます。尤も、先ほどの見事な熱のナイフ。随分好調だと見受けられますし、油断さえなさらなければ、何事も問題ないでしょう。自信を持ってください。この通り、私は印を捺しました」


 彼女が記載を終えた時点では、【ギルド使用資格Eランク試験受験申込書】には、印鑑の欄は無かった。そこに、受験審議という欄が足され、ギルド受付に依る受験許可印、試験管に依る試験合否印、昇格受領印、という三枠が存在していた。試験合否印のところには、ごつんとした指印が捺されていた。


「あぁぁ、ありがとう。それと、昇格受領印、というのは?」


「試験に合格した場合、昇格した際に生じる権利と義務についての説明がされます。時折居るのですよ。義務の部分を受け入れられず、昇格を拒否する者が。ランクが上がれば上がる程義務は大きくなりますし、該当者の数も減る訳ですから、この段階になって初めて、やめておく、という選択肢が出てくるのですよ。尤も、なってから破られるよりはるかにマシ、ですけれども。もしかすると、貴方様も、悩む日が来るのかもしれませんよ?」


「そうならないように、ちゃんと下調べしておくつもりさ。ランクは上げれるだけ上げるつもりだし。じゃあ、そろそろ行ってくる」


 と、彼女は二人に会釈し、足早にギルドを後にしてゆく。


「「いってらっしゃいませ」」


 二人はそう、綺麗に頭を下げて、いつものように、彼女を見送った。


 慇懃無礼なんて程遠い遣り取り。


 他の冒険者には見られない勤勉さと誠実さがそれを成立させているのだと、自身に自信の無い彼女は気付いていない。

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他にも色々描いてます。
長編から連載中のもの1つと完結済のもの2つを
ピックアップしましたので、
作風合いそうならどうぞ。

【完結済】"せいすい"って、なあに?

【連載中】魔法の家の落ちこぼれが、聖騎士叙勲を蹴ってまで、奇蹟を以て破滅の運命から誰かを救える魔法使いになろうとする話

【完結済】てさぐりあるき
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