第三十八話 英雄譚の残滓 顎と牙の蟲の頂 七
「……」
「コレクトル様。消沈している場合ではありません。それに、この都において、埒外な能力や技能を持つ者は決して珍しいものではないのです。わたくしの手にしたコレだって、コレクトル様のソレに比肩、いいえ、危険です」
そう、ミツはコレクトルを励まそうとする。
嘘は無いのだが、それにしても、きつい。
現に、コレクトルは、魔物のそれを左目に嵌めたまま、街の入口で拘束されたのだから。コレクトルが冒険者として、久々の底辺から現れた有望株と知られていたにも関わらず。
「受け止めるしかないのです。貴方様のランクはもう、異質な位では排斥されない位置まできたのですから。Cランク。認証されたランク。誰に? この都の上位者たちに、です」
だから、ミツは余計に頑張る。
コレクトルがここまでやったことが、無駄になってしまわないように。
今回の不慮の事態。コレクトル一人のせいに最終的にされてしまう可能性を少しでも下げる為、やはり、戦線に積極的に出張る必要がある。できれば、活躍することが望ましい。
話を聞く限りでは、本来であれば隔絶した力の差がある相手ではあるが、相手は不完全。励起はしたが、その血肉は完全でもなければ、本物でもない。亡骸の一部。それを捉えることができたなら、と、ツグは薄く、考えていた。
「ミツさん……。わたし、やれるんでしょうか……」
コレクトルの弱気な言葉。
やれる? 何を? 曖昧な言葉。
「わたくしたちが今見据えるべきなのは、机の上。ただそれだけです」
そう、コレクトルの肩を持ち、身体を机の方へ向けさせた。
机の上に横たわるは、2つ。
そして、コレクトルの左眼窩に1つ。
コレクトルが、後に回した二つ。今つけている瞳を最初に選んだ理由は簡単なことだった。嵌めようとして、意思を、感じなかったことの加え、ツグの能力による、意思の存在チェックという二重チェックをパスした唯一の瞳だから。
残りの二つは――
「安全をとるべき、だなんて、言うつもりはございません。寧ろ、貴方様が嵌めた、今回の騒動の元凶に値するクラスのものであってさえ、危険を冒して、嵌めるべきでしょう。苦悩に、恥辱に、塗れたって、未来が閉ざされるより、幾分まし……と、わたくしなら……。コレクトル様の苦しみはコレクトル様だけのもの。決めるのは貴方様です」
透き通った水晶のような眼球の中に、青き海面とうねる波。
瘴気のような緑に包まれていて、机と接している部分をつややかに、瑞々しく変えては、予め机に掛けられているらしい、状態保持魔法によって、元の状態に戻ってを繰り返す。
「一つは、水の属性。もう一つは、属性外かつ恐らくどのような場であっても腐らない治癒」
見るからに危なさそうなのは後者。
とはいっても、前者も大概。
コレクトルがこれまで嵌めてきたそれらは、瞳という範疇から外れてはいなかった。しかし、これらの二つは、中で展開されているスケールが、段違いに大きい。
前者は大海原という大自然。後者は、この状態ですら外に漏れ続ける回復という名の瘴気。
「如何、なさいますか?」
「決まってる。両方よ。ミツさん」
コレクトルは、力強く言った。
「コレクトル様。準備ができました。コレクトル様か、わたくしか。赤い旗。もしくは、黄色い旗。赤を上げれば、わたくしたち全員で即座にコレクトル様を無力化します。黄色を開ければ、いつでも止めに入れるよう、わたくしたち全員が貴方様の前で、警戒します。……本当に、宜しいのですね?」
左の、空になった眼窩を露わにするコレクトルに、ミツがそう声を掛けた。
「ええ。もう、羞恥が云々言ってる段階じゃあないって分かったから。時間が経つほど、これがどうしようもないくらいに大事になっているって、思い知らされる。細々しく、嫌なことにどんどん気づいてしまうもの」
コレクトルは、震えを押し殺しながら、気丈に振るまう。
「では。どちらからいきますか?」
コレクトルは、緑の瘴気へと手を伸ばした。
掴む。
苔の塊を掴んだような心地。冷たくて、やわらかくて、ほんの少し、ねっとり。
それを本当に、入れていいのか躊躇うくらい。
それでも、
「いきます」
コレクトルは、それを、左の空の眼窩に詰め込んだ。
「……」
「どう、ですか……?」
「これ……眼じゃない……。というか……、眼だったとしても、きっと、人間のそれとはあまりにかけ離れ過ぎてて、眼として使えない……。他の瞳嵌めたときと違って、何も見えないし、ほら」
と、コレクトルは、机に指先で触れてみる。
何も、起こらない。
「置かれてたときと同じような光景が、わたしの指先から起こるのを想像したけれど、何も、起こらないわ。ただ、ひんやりして気持ちよくて、眼窩が熱くなったときの冷却には良さそう。それくらい。それに、別に、私の左目が再生する訳でもないみたい」
すぽっ、とコレクトルはそれを引き抜いた。
苔の塊に土がくっついたものであったようでらしいことが、瘴気が消えていたので分かった。それを再び机の上に置くと、また緑の瘴気に覆われ、中は見えなくなって、また触れている部分を瑞々しくして、机のその部分が元の状態に戻っての繰り返し。
「では、洗浄、させて頂きますね」
ツグの翳された指先からゆるやかな大きなシャボンのような、けれども虹色でもなく、透き通ったそれが、コレクトルの汚れた左眼窩に触れたかと思うと、緩やかに弾けて、清涼な心地を与えながら、跡形も無く浄化した。
「ありがとう。じゃあ、次、いきます!」
間髪入れず、コレクトルはもう一つを掴み、嵌めこんだ。
「……」
「コレクトル……様……? っ!」
ミツは、即座に、想起した。
かの権能。
赤い旗をあげる自分の姿。それを、隣の部屋の二人と、無駄と分かりつつもコレクトルにも。
だが、遅い。
もう、ミツが権能を行使した次の瞬間には、沈黙ではなく意識を失っていたコレクトルを起点として恐ろしい速度で溢れ出す冷水が、部屋を、せいぜい一呼吸の猶予しか与えず、水没させていたのだから。
読んでくださり、ありがとうございます!
少しでも、面白い、続きが読みたい、
と思って頂けましたら、
この下にある『ブックマークに追加』
を押していただくか、
広告の下にある
【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】に
していただけると幸いです。
評価やいいね、特に感想は、
描写の焦点当てる部分や話全体
としての舵取りの大きな参考に
させて頂きますの。
一言感想やダメ出しなども
大歓迎です。




