第三十話 英雄譚の残滓 顎と牙の蟲の頂 一
「"焔よ! 貫き、抉じ開けよ"」
無数に浮かび上がった、掌大の、炎の塊。矢のように次々飛んでゆき、それらは悉く、かき消される。
「はぁ……。冗談きついね……」
女冒険者アーミヤが、小手調べで放った魔法は、相手にならないと言わんばかりに、雑に、けれども、どうしようもなく、無力化された。
「私の……せいで……」
とか言いながら、コレクトルはその左の瞳から、麻痺の圧を鋭い吹き矢でも飛ばすように発したが、それは、強大なる敵に届くことなく、消失させられていた。
「仕方がないよ。よりにもよって、相手は英雄譚の化け物。かのダールトン家の現当主が仕留めたという、魔の、王の一体」
と、隙を這うように、アーミヤは、無言の詠唱で、コレクトルの砕けた片腕を元通りにし終えていた。
「【儂を知っておるのか。死してなお、名を遺すとは、我が威は、真物であったということか。善い。実に、善い】」
「随分おしゃべりだねえ。王様」
「【儂は知的であるが故にな。あと、御返しだ】」
キッ、と、両の目の複眼が光る。それはもう、明らかに実体があるように見えた。存在しない筈の右目の方も、左目と変わりなく、目以外の全ての部分も、もう、魔力体特有の透けは無い。
飛んできたのは――不可視の、睨み。
アーミヤはレジストできていたが、コレクトルは動けない。しかし、怯えつつも、コレクトルを背に乗せた牛骨鬼の精は、その場で足踏みして、勇気を見せる。
「【善いな。嘗ての好敵手を想い出させる。あ奴もその様に、人馬一体であった】」
狡い。いちいち。
それは、瞳を新たに光らせることなく、隙をつくように魔法を飛ばしてきていた。
「【だが、未熟よのぉ】」
ぐら、つく、牛骨鬼の精。
倒れ、消える。蒼き瞳が転がる。コレクトルは麻痺しつつも、ぐらつきぐにょんとした視界の中、無様に伏して、口から吐瀉を零しながら、涙交じりに顔を上げる。
「悪辣だなぁ。そう言うのなら、加減してくれてもいいんじゃないかい?」
冷や汗を流しながら、女冒険者アーミヤは、コレクトルに、無言で回復魔法を掛けていた。
「【貴様は別だ。あ奴の傍付きと同じ臭いがするのだから。しかし、はやり、劣る。あ奴らはこのようにやわではなかった……。つまらぬ……。これでは、飢えが、終わらぬではないか……。平穏を儂は望む。穏やかに、飾られる平穏に漬かり過ぎたのか、はたまた】」
「まず……っ……た……かぁ……」
女冒険者アーミヤは、顔色が青白くなって、朧ろな意識の中、負け台詞を口にし、倒れた。
「【魔法が全てとは限らぬだろう。心底……つまらぬ、なぁ】」
「……(息、が……)」
転がった蒼き目玉をその手に掴んで、地に伏したまま、同じように意識の薄れてゆくコレクトルは、捨て台詞すら口から、出ず、倒れた。
夕焼け色に、荒野は染まっていた。
浮かぶ影。飛翔を続ける、巨なる蜻蛉の王。
それは、待っていた。
気づいていたから。確かに近づいてくる、それを。
はちきれん筋肉の、三頭の馬は、着地と共に、爆発四散した。
そして、転がり、飛んでくる馬車という重量物を、羽ばたきで発生させた風の圧という、魔法でも何でもない暴威で、蜻蛉の王は粉砕した。
「【待ち侘びたぞ。ヴォルフゥウウウウウウウウウウウッ! あの傍付きの代わりがその二人か?】」
「くたばれ! 死にぞこないが!」
と、飛んできたのは、白い柱の一本。
羽ばたきで発生させた風の圧で粉砕しようとするが、それを難なく貫通してきて、蜻蛉の王に至るそれは、
ギギッ、ガシャララララララアンンン!
噛み、砕かれた。横から半分に折るだけの一撃な筈のそれは、粉々にする波となって、分割された柱を、粉微塵に変えた。
仄かに、複眼が、薄赤く、煌めいていた。
つまり、粉微塵にしたそれは、魔法ということ。
属性外魔力【音波】。
その一端である。
ギルド内の一室。
「当主であるヴォルフが出向いております。問題は御座いません。この通り、保険が生きております故に」
机の上に提示される、紙片。
それは、魔法による、契約の文言が綴られた、つまり、契約書。
締結は、二つの色の違う、血印が示していた。
赤黒い、指紋の血印。そして、禍々しい、紫毒色の、丸く、毛根の痕跡のある血印。
黒いインクで書かれている文字はミミズのようで読めないが、集まった一同は納得の表情を浮かべている。
ギルド受付である、ツグとミツ。そして、ギルドの長である、深く、黒く、毛先の長い毛皮のフードを頭から、足元にまで、全身を覆うように被っている不審者染みた者。そして、コレクトルを尋問していた役人。そして、報らせを齎した家令グレン。
計5人。たったそれだけ。
「触れなければ知ることのできぬ契約。なかなか興味深い趣向」
そう、ギルドの長たる人物は、ねじれのある、歪んた声で言う。正体を隠すための隠形か、そういう手品か。受付たるツグやミツも、それが何なのかは知らない。当然その中身も。
性別年齢種族不詳。けれども、そんな訳分からない恰好をしている人物はそれ一人だけだと断言できる。それの毛並みからしても、仕立ての良さからしても、真似ることは極めて難しいだろうと予想できる。幻覚にでも掛けてしまったとして、その、目立つ服装の筈なのに、声を出されなければ存在を忘れそうになるくらい存在感が無いのまで再現できるかとなると、更にハードルは高くなる。
「ギルド長。悠長にしている訳にはいかぬぞ! 助けを送り出さねば。足手纏いにならない、せめて、Bランク以上。無論既に手は回してはおるが、到着がいつになるかは、分からん。即戦力の伝手は誰か、あるか?」
と、バン、と机を叩く、偉そうではあるが、仕事はしているらしい役人。
ガチャッ。
部屋の扉が空き、丁度一人、入ってきた。
薄汚い、色褪せた穴だらけの黒マントを羽織り、折りたたまれた大小様々な幾重にも折り重なった、一種の機構のような右手を、金属音と金属光沢を鳴らしながら掲げ、生身の左手で扉を閉める。
火炎の類で焼き爛れた、開き切らない両瞼。禿げ散らかした、黄緑の髪の毛が痕跡程度に残っている。兎角、醜悪だった。
オークなんて目ではないくらい、醜い。そして、小柄で、背は曲がっていて。けれども、その体は、がちむちに引き締まっていて、強者の風格を漂わせていた。
「ぐはは……。待たせたな、ラーク」
その癖、その表情には憂いが混ざっている。
「あぁ、やった。勝ったも同然だ。礫よ。よく来てくれた。だが、いつもひっついてくる奥方はどうした?」
「ここの入口への転移で魔力が尽きた。眠らせてきた……。傍にはいてやれんが、仕方ない。外のアレを見れば、お前の事情も察するわ」
理由は至極当然なものだった。
「初見殺しはできぬ、か……。済まぬが、礫よ、加勢が可能であれば加勢してしまってくれ。最悪近寄れんというのも考えられる。その場合、情報収集、戦闘不能者の救出など、まあ、任す。お前が優先順位を間違う筈もあるまい」
「任せておけ。それと、妻は恐らく、起きたらここに来る。上手いこと諫めて、戦力に変えてくれ」
そう言い残して、立ち去っていった。
役人の伝手の一つが結実したところで、
「さて。諸君。私は尊大ではあるし、見下しも時にはする。だが、偏見は無い。好き嫌いもしない。感想と評価は別であるべきと踏まえている。だが、盤面に乗せる駒が足りねば、指示もできぬ。各々に動け。出し惜しみは無しだ。最悪、私の資材での補填も用意する。相手は、死してなお、伝説。英雄譚の残滓。だからこそ、お上が動き出すその前に、けりをつけねば後が怖い」
そう、机をバンと叩いて、会議を切り上げる。皆散り散りになって動き出した。
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