第二十話 魔の瞳を求めて ~呪いの謂われの人面樹~ 三
「冒険者。言い分くらいは訊いてやるぞ?」
何処か。日の光の入らない部屋の中。薄暗く、朽ちたテーブルの上のランプの灯が、その部屋を怪しく照らす。
声の主は役人。他にも傍に、武装した衛兵。そして、座らせられている人物。計三人。そんな密室。
座らされている人物は拘束されていた。両目の位置にぐるぐると布を巻かれ、視界を完全に奪われ、後ろ手に縛られ、膝下丈までの長さの、灰色のマントを羽織った姿のまま椅子に括り付けられて座らせられている。外されたままのフード。尖った耳。ショートテイルに、毛先から根元に向かって、少し、くすっとしたウェイブがある黄金色の髪の毛。そう。コレクトルである。白い肌には、傷はない。一切の抵抗をしていないのだから。
役人は、手を伸ばしてゆく。
スプッ、と引き抜かれる、轡。
「っ、げほっ、げほっ、……」
役人は、血交じりの唾がたっぷり垂れるそれを、心底汚いものを見る目で、叩きつけるように投げ捨てた。
コッ、カランンカランッ!
(多分、男の人しかいない……。数も分からない……。けれど、酷く静かで、きっと、密室……。私の純粋な味方はいない……。だけど、純粋な敵、な訳でもない……。この人たちは自分の仕事をしているだけだ。……。私は――)
「ギルドの人を……呼んでください……。緊急……事態……です……」
(私の仕事をする。たとえ、あの日くらいに怖くたって……。だって、そんなものより、アレがこの街を蹂躙するかもしれない未来の方が、ずっと、怖い……)
不安と恐怖を抱きながら、コレクトルは弱々しい声で、けれども確かに主張した。誰もが大切、という聖人ではないけれど、自分と関わりのある人たちが蹂躙された光景なんて、想像したくもない。
そんなコレクトル。どうして今、囚われているか。簡単なことである。魔物の眼を、その圧と魔力を纏った状態で、街へ入ろうとしたのだから。
人であろうが、亜人であろうが、それどころか魔物ですら、そんなものを自身の瞳の代わりに嵌めて、生きて正気を保っていられるなんてのは、あり得ないこと。それは自殺するような行為。
少なく見積もっても、正気の振りをした気狂い。嘗めて見なければ、脅威。魔物を街に入れるようなもの。
コレクトルのそれは、幸にも不幸にも、街に知られていなかった。E(底辺)ランクの冒険者たちは、コレクトルを忌避しているし、コレクトルが自身を襲った人物を葬ったことも知っている者は少ないながらいる上に、そのことはギルドから緘口令が敷かれている。
お上から見れば、特異であることは、上に上る冒険者としては実はそう珍しいことではない。だからこその、脅威に対しての雑な連行に取り調べ、という、ちぐはぐな対応が出来上がっている。そこに、連行を行った役人とは別である、現在コレクトルの前にいる、普段は冒険者に対応なんてする機会のない上位である役人が取り調べを行おうとしている上、冒険者を下に見る思想を持っている。加えて、どうしてかコレクトルがその役人からしてみれば、下賤な冒険者らしからぬ無抵抗を貫いているのだから、まさかの譲歩としての発言機会を与えるという、ちぐはぐさは、混沌とした酷いものになっている訳である。
「お前のその眼が、か? ふざけた自己申告をしてくれる。嘗めて、いるのか?」
相手の表情は見えず、声しか聞こえないこの状況で、相手の思惑を読み取ることは非常に困難である。その怒りは、本物か? 演技ではないのか? 本物だとしたら、怒りの焦点は、どこなのか? 演技だとしたら、何をさせたい? こちらを怒らせたいのか、更に怯えさせたいのか?
なまじ愚者という訳でもないから、コレクトルは迷う。眼帯を付けるか眼を外すのを忘れてしまう程度に焦燥していたという、何とも残念なところはあるが。
コレクトルが選んだのは、
「事情を知る者がいるのです……。ギルドの受付か、食堂の人。どうか……。どうか……」
一貫した態度。弱い態度。ひたすらお願いする態度。けれども、先ほどより具体的に。自分が嘘をついていない、ただギルドの人物を誰でも呼んでこの状況を自分優位にする目的ではないのだと、具体的に、呼ぶ人物の数を絞らせた。
「たかが冒険者に、ギルドの人員を…―」
ガシッ、と、何かが何かを掴み、引き留める音がする。
びくっと、せざるを得ないコレクトル。恐怖を覚えずにはいられないのは、あの襲われた日の記憶は彼女の脳裏に未だ強く焼き付いているから。
怖がらずにはいられない。それでも、耐えているのは、やるべきことがあるからだ。どうにかして、次の手を、ギルドを巻き込んで、打たなければならない。自分一人でどうしようもなさそうであり、自分なんかとは違って、それの存在は、明らかな、この街へ向かう可能性がある本物の脅威かもしれないから。
「お待ちください。彼女はDランクです。連行の前に、彼女は確かにそう言っていました」
状況からして、自身を連行する役割を行った武装した衛兵、だと判断する。目隠しをしている状況な上、最低自分以外に二人いる、ことまでしか分からない。そして、自分の無抵抗を最も長い時間、直に見てきたのは、その衛兵だろうと推測できるし、止めてくれるのも恐らく、その衛兵くらいしか可能性は無いと、判断した。
「お前! 早く言わんかそれを! おい、冒険者。なら、お前の担当を呼んできてやろう。拘束を外すかどうかは、その結果次第だ!」
コレクトルはそれを聞いて安堵した。見えなくとも分かる。潮目が変わった、と。
冒険者としての信用。底であるEと、僅か一つ上なだけのDでは、隔絶された差がある、ということである。たとえDランク全てがお上に認知されているという訳で無いにしても。
加えて、自分の口で役人に言ったのではなく、衛兵の口から役人に言ってくれたのが殊更効いたのである。
この、区切られ、立ち入りが、立場や実績や身分によって制限された、多層なるゲーテッドシティという態の街である、この都、人間たちの都、フリード。
取り調べを行っている役人はコレクトルの知らない、より内から来た存在であるが故に、ランクという階層の権威が大きく作用したということまでは、コレクトルは未だ、知らない。フリートがゲーテッドシティという、立場や実績や身分による分離が行われた特異な都市であるということも。何せ、最も外の層に住む者たちの大半は、その内側という隔てられた世界の存在すら知らないのだから。
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