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第二話 忌避されし、されど煌めく原石なれば

 人間たちの都、フリードの冒険者ギルド。その建物の中の冒険者たちの出入り可能な箇所は、薄暗く、カビ臭さと汗臭さと酒臭さと吐瀉物の臭いが一年中充満している。


 特にここ、食堂部分ではそれが酷い。未だ日が落ちるまでに2、3時間は優にあるというのに、机に向かわず、それどころか、椅子にも座らず、地べたに座ったり、壁にもたれかかったり。彼ら彼女らの誰もの目は虚ろであった。


 飲みかけの酒のボトルが転がって、中身が零れている。乾燥しきって固くなったビスケットが薄汚れたように汚く食べ残されている。


別に四肢を欠損している訳でも無いというのに。別にその両の目は痂疲なく存在しているというのに。


 殆どは、若い。しかし、子供ではない。青少年、青少女、というには少し老けすぎているが、中年というには未だ早過ぎる程度。


 なら、彼らは何だ? 分かりきっている。無能、である。怠惰、である。しかし、幼くして目に見えて取返しがつかない状態にはなってしまわない程度には、幸運、または、最低限の能力を辛うじて保持している。


 コッコッコッ――


 足音が聞こえてきた。小さい。けれども、しっかりと安定した足取りを感じ取れるような足音。


 その音が聞こえてくる方向には、扉がある。取っ手が無い、扉。


 ギィィ……。



 体を押し付けるようにして、入ってきた存在。


 ボロくも、手入れされ穴はちゃんと塞がれた、色褪せた緑のローブ。丈は長く、足首までを覆い、フードがついており、それを深く被っている。


 赤黄色に煌めく蛇な左眼の光が浮かんでいる。


 その目付きの鋭さと圧は、その瞳由来なのか、それとも、それの持ち主自身の意思なのか。定か、ではない。


 カランッ!


 酒瓶が音を立てて転がる。


 後ろずさる、本日は浮浪者もとい不働者たる者が、酔いから醒めて、青褪めた様子で、立ち上がることなく、後ろずさった。


 他の数十人の連中も同じ様子で。嫌悪でもなく、罵倒や嘲笑や厭らしい目付きのどれも存在しない。


 恐怖。畏怖。忌避。


 そう。彼女は。冒険者コレクトルは、触れてはいけない物の如く、畏れ、られている。


 遮るものの無くなった道を進み、カウンターへ。そこに居る、髭くじゃらでゴツい彫刻みたいな猛々しさを纏いつつも落ち着いた雰囲気の熊男に声をかけた。


「マスター。エールと聖水。そして、牛骨鬼のスペアリブを一つ。聖水は持ち帰るので、この瓶に入れてくれ」


 圧と威厳のある、少しばかり低い声。無理をして、身に着けた。姿形はある程度仕方ないしても、声も話し方も、お上りさまな上に、少女のままでは、いられない。女の声であることは隠せなくとも。やらないよりはましだと、気付いたその日からコレクトルはそれを実行し、容易く自然なものとした。


 五枚の銅貨と瓶を差し出す。


 コレクトルにとって、今となっては、重みを感じる額でもない。こうやって、支払いに使うことに躊躇が無い程度には。無論、投げ捨てるような扱いはできない程度に価値を感じてはいるが。


「……」


 こくん、と無言で頷いて、マスターと呼ばれた熊男は、カウンターにコレクトルが置いた、革の栓の外された、取っ手のついた酒瓶のような瓶に、透明で澄んだ、聖水と呼ばれる物を真っ白な陶器の器から注ぎ、しっかりと栓をした。


 そして、ジョッキサイズの小さな樽のような器に注がれたエールが置かれ、いつものように、火を通されていない、牛骨鬼のスペアリブが手渡される。


 それを受け取り、コレクトルは、カウンターから三歩引いた。そして、手にしたそのスペアリブを、蛇の右目がぎぃぃっと捉えた。


 ブゥオッ! と燃えた。そして、プシュッ、と小さく弾ける音がした。


消し炭になることなく、黄金色の焼き色を付け、それでいて、もくもくと煙交じりの湯気を内部から放出し、肉の良い匂いを漂わせる。


「変わらず見事なものだ。眼に傷みは無いと言っていいだろう」


 コレクトルと、マスターと呼ばれた熊男がその遣り取りをするようになったのは、コレクトルが初めて魔物を討伐してここへ来て注文をできたその時から。


 無能でも腐らず、折れず、けれども卑屈に曲がっていきながらも生き続けていた、どうしようも運が無い少女が、魔物を初めて討伐できて得た金で注文をしてきたことに驚きを隠せず、疑いを以って、注文されていない、牛骨鬼のスペアリブを、無料で提供したのだ。


 但し、焼かずに。商品としての条件を満たしていないのだから、やって、問題ないという抜け道を使って。


 飲み物しか頼むことがこれまで無かったその少女。数日見かけなかったその少女。これまでと異なるのは、諦念の気が薄れ、何か、ルーキーにような熱を纏っていて、しかしそれは、何故か歪でもあって。そして、左目を強く瞑って頑なに開かないこと。


察した。情けのつもりだった。しかし、その少女は、それを、頑なに閉じていた左目をカッと開いて、こんがりとした消し炭に、変えた。


『す、すまない……』と、繕い慣れていない口調で、しかし心から申し訳ない様子で謝りつつ、かくんと肩を落とす少女を見て、自身の想像のあまりの見当違いと失礼極まり無さを恥じた。


『……。提案がある。少しばかり、仕込みの手伝いをしてくれないか? 臨時で、一回っきり。数日間の拘束。代わりに賃金は弾むし、一人部屋の宿、一日三食の食事も付ける』


 詫びのつもりでもあったが、男に対しての得もあった。上に登っていける冒険者というのは稀有だ。その日暮らしから抜け出せるのが、一割いかない程度には。そして、【行き遅れは生き遅れ】という言葉が冒険者の間の常識として語られる程度には、冒険者として無能であるのに加え、結婚という最終手段で逃げられなかったら男女共々、彼らはそこが命の御終いとなることが殆ど。


 だから、ギルドは粉をかける。一割にも満たない原石たちに。手を指し延べ、補助してやる。ギルド構成員たちの給料の決して少なくない部分を、価値を秘めた冒険者に対しての目利きの成果として受け取ることになるから。そしてそれは、ギルド構成員としての、何より優先される有能さの証である。


 そうして――僅か一日目にして。ひたすら走り込むかの如く、目を酷使した肉焼きの結果、コレクトルは、それの制御を会得してみせた。マスターと呼ばれた熊男は、その予想外の成果に満足し、(ギルド上層部に報告の上、許可を取ってだが、)自腹を切ってまで、支払いに色をつけた。『時折それの調子を見てやるから、それなりの頻度で顔を出せ』と、焼く前の牛骨鬼のスペアリブを一本、ぶらん、ぶら下げて。


 コレクトルが、咽せた表情を一瞬して、それでも笑顔を繕ってこくん、と頷いたのを見て、本命だと、小さな袋を手渡した。ごろん、と中に入っている。何かが。


『牛骨鬼の眼だ。意外と知られてはいないが、こいつらには偶に魔力持ちが現れる。肉体強化程度の微かで大味な魔法を使う。よければ、試してみるといい』


『ありがとうございます』


 コレクトルがそれを受取ろうとしたのを確認して、


『後は安全のためにこいつも使え。制御できなくなりそうなら、こいつをぶっかけてやるとある程度何とかなるだろう。中身が無くなったら、言えば補充してやる。金は取らせて貰うがな』


革の栓のされた、取っ手のついた酒瓶のような瓶に、透明で澄んだ液体が詰まっているものを追加で渡そうとし、コレクトルが、焦ったように申し訳なさそうに固辞し、無理に、お金を払おうとしてきたが、それでは仕事の報酬という名目が吹き飛ぶのだから職分的に男はそれを受け取る訳にはいかないので押し返す。


 コレクトルには残念ながら、そういうのが未だ分からない。分かる素地はあるのだが、その時は未だ、あまりに経験に恵まれなかった。そも、エルフの村という人間世界から隔絶された場所から出てきたばかりの、言葉通りの、お上りさま。


 そうして、数か月。そんな遣り取りももう懐かしいものとなった、今。マスターと呼ばれた熊男は少しばかり綻んだ表情で、カウンターから、その背を見送るのだった。

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他にも色々描いてます。
長編から連載中のもの1つと完結済のもの2つを
ピックアップしましたので、
作風合いそうならどうぞ。

【完結済】"せいすい"って、なあに?

【連載中】魔法の家の落ちこぼれが、聖騎士叙勲を蹴ってまで、奇蹟を以て破滅の運命から誰かを救える魔法使いになろうとする話

【完結済】てさぐりあるき
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