第十八話 魔の瞳を求めて ~呪いの謂われの人面樹~ 一
人間たちの都、フリードの冒険者ギルド。その食堂は、今日も変わらず、カビ臭さと汗臭さと酒臭さと吐瀉物の臭いが充満している。
髭くじゃらでゴツい彫刻みたいな猛々しさを纏いつつも落ち着いた雰囲気の熊男といった然のマスターと、カウンターに座り向かい合っている一人以外、酔っ払っている者たちですら、そこから距離を取るように離れている。
怯えてはいない。けれど、畏れている。距離を置いている。拒絶なんて、とんでもない。何故なら、その一人というのは、もう、彼ら雑多とはもう、格が違う。
コレクトル、である。以前とは違って、その顔には、気を張った様子は無く、穏やかに微笑を浮かべている。美しく、映える、エルフとしてのその美貌。きっと、知らない者が遠くから見たら、周囲との対比もあって、絵になることだろう。
頭を覆うフードのついた、膝下丈までの長さの、灰色のマントを羽織り、編み上げのざらっとしたくすんだ茶色のショートのブーツに、短いパンツ。薄いが、不思議と濡れても透けない白く薄い、袖が無く、首元が鎖骨が見えるか見えない程度の浅い首元の、ゆったりとしたシャツのような衣装。腰のパンツには皺から見て取れる年季の入った茶色の革のベルトが通っていて、そこに、これまた革のナイフホルダーが右側についている。マントの背側面は、薄くだが膨らんでいて、彼女が背負う荷物の入った革の袋の膨らみである。
左目に眼帯を付けたまま。内には何も嵌めていない。何も彼女は、雑多な雑魚たちを怯えさせたい訳ではないし、彼らに威圧的に向かい合いたい訳でもない。別に、忌避の目を向けられても、罵倒の言葉も多少飛んできても我慢するつもりの心持ちである。
だが、そんな彼女の心持ちは、気遣いにはならない。気遣っているつもりでも。彼女に掛けられた、格上たる証であるEランクのオーラという魔法。目に見えず、味も臭いも温度も触感も音もない。
けれどもそれは存在し、F(底辺)ランクである雑魚たちにのみ、平時であれば、常に絶対的な上下を強要する。平時、のみ。Eランク側が敵意や悪意を先に抱いているとき、その絶対性は崩れる。判定するのは、掛けた人物と、この魔法の管理しているギルドの一定以上の層の存在かつ掛かっている者との認識が無い者たちによる参加数不定の多数決となっている。
腕っぷし以外で昇った者がたやすく無為に消費されてしまわないための護りであり、相応しいかを常に問い続ける上に、抑制を緩めその者の本質を前面に押し出させる、秤であり首輪である。
「マスター。提案がありまして」
「何だ? そう勿体ぶって」
「緑の瞳の人面樹を見たという話を聞きまして。狩って来ようと思っています。それでなのですが、この間言われてましたよね? 『魔力持ちの人面樹を器にして飲む酒は、安酒でさえ、注ぐだけで甘露に変わる』って」
「……(ごくり)」
マスターの喉が生唾を飲み込む音が聞こえるほどに大きく聞こえた。
「如何でしょうか。瞳以外は要らないので、もし枯れたら、引き摺ってでも丸ごと持って帰って来ようと思っています」
そうコレクトルが、ニヤリ、と言うので、
「運び役を付ければいいか? 信頼できそうなヤツを。だだ、大きさが分からん……。見たって話は誰から聞いた?」
「ミツさんからです」
「なら確実だな。もう少し話ししてきて、見込みが経ったらまた来てくれ」
と、マスターが背を向けて、話を切り上げて普段の業務に戻ろうとしたところで、
「頂いた瞳の力で。私一人で運べる見込みが立っているので」
と、コレクトルが言うと、
「おぉ。そりゃ凄い。前のときはマズいもの渡しちまったって思ってたが、訓練で何とかなる類だったんだな。まあ、あれからヤバいことになったって話は聞いてなかったし、まあ、ならお願いしようか。支払いは何がいい?」
「お金で、って言いたいけれども、器としての出来がどうなるかも分からないんですよね……。この瞳の一連の出来事のお礼とお詫びとして渡したいというのもあるし」
「はは。詫びなんていいって。寧ろこっちこそ何か詫びないとと思ってたってのによ」
と、二人は笑い合って話して、そうして。器として一つ作れる分だけの素材を、一番いい部分からとって、残りの部分を、素材として買い取りか、コレクトルがマスターから教えを請いつつ器に加工して買い取り、支払いは出来次第だが、聖水半分、残り半分は金で貰う、という結論に落ち着いたのだった。
街を出て。南へ。街道寄りに進んでゆく。まだ朝だったころから、太陽が最も高くなった頃、目的の森へついた。
そう大きくない森。そう危険な魔物も出ない。そうされていた筈のそこで、魔力を感知し、遠見であるがそれが人面の樹木で、緑の瞳をしているのが見えた気がしたという、ミツの話をコレクトルは本気にしたからだ。
魔力の見方。それを教えて貰ったコレクトルは、ミツが魔力を感知したということは、少なくとも、何か、魔力を持つ存在がいる、もしくはいた、ということと判断し、他の者にとってはそこまで価値なくとも、自分にとっては、微弱であろうが、価値はある。
森なんてものは、慣れたものである。
人間であれば足をとられがちで、疲労を蓄積させがちな森歩きなんてものは、エルフにとってはお手のもの。
樹木の枝と枝の上を、跳び歩くこともできるといえばできるコレクトルだが、それはしなかった。魔力を持つ樹木というのが、今、本当に一体だけしかいない、とは断定できないし、そもそも、、樹木でなく、動物寄りの別の魔物かもしれないし、それが、臆病な存在である可能性だってある。気づかれ、潜まれたら、それこそ最悪。
森を進む。
落とし穴もなく、急に足元に根の隆起が起こったりもしない。
けれども、動物や虫の気配が、どんどん薄くなってゆく。魔力を持っているということは、自然界において、周りの同程度の魔力無しの存在より、大概、頭一つ抜けて強いから。
(そろそろ、付けておこうかしら……)
襲ってきたり、急に不自然に静けさに包まれてきたりもしないからこそ、コレクトルは判断した。既に、潜めている、と。息を。存在を。敵意を。
背の荷物に後ろ手を突っ込み、掴み出した、紅の…―
「っ!」
鋭い、感。魔力見ず、コレクトルは気付いた。その奇襲を。
前転するように転がって、その頭の上を、鋭い枝が刃のように、刺す動きから横薙ぎになって、退いてゆくのが見えた。その肌地は、毛もなく、しわがれていて、罅割れていて、厚みがあって、薄抜けて、白茶色で、退いていく水際の音は、軋み。
そう、想定した通りのターゲットである。
遠く離れて、闇色と樹間の先に、小さく微かだが、確かに、光った、二つの、小さく、瓜のような、くすんだ、緑の光の残滓。
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