第十七話 私は、どうしたいの?
日が開けても。未だ、疲労が取れていなかったコレクトル。二人が受付の仕事のために、被覆を被り、ゴーレムの亜人に扮し、出てゆくのを、ネグリジェ姿のままで見送り、コレクトルは久々の休日を迎えることとなった。
これまで何やかんや、ここで生きていく為に頑張り続け、幸運にもこうやって、立ち止まる時を得た。
一人。安全な場所で、安寧に包まれ、ベッドの上で、一切の後顧の憂い無き今、考える――
父親 コルトル
母親 レクトル
二人の子供だから、コレクトル。
エルフの両親から、エルフとして生まれた。にも関わらず、魔力を生まれつき、持たなかった。両親はそれをとても悲しんだけれど、そんな私を、ちゃんと子供として扱ってくれた。
魔力は瞳に宿る。私の瞳は、それを宿していなかった。そのことをずっと劣等感として持っていた。
時折、遅れて魔力が宿り、瞳が色づく場合だってあるらしい。そもそも、魔力を持たないエルフなんて何百年に一度くらいしか現れないし、そんな中でも遅れて子供の時期に色づいた者がいたという例がエルフ数千年の歴史の中で僅かに伝わっているばかり。ひょっとしたら、この灰色の瞳にも実は見えないくらい微かに、色が付くかもしれない、って、私は、微かに期待していた。希望を持って生きていたんだと思う。
両親に、魔法をよく見せてもらっていた。浮かぶ水玉をつくりだす魔法であったり、指先にろうそくの炎のようなけれども触れるしほんのり暖かい優しい灯の魔法であったり。
両親が、私の為に見せる魔法を選んでくれていて、時には、試行錯誤して考えてくれていたってことは分かっていたけれど、私が見たいのは、来るべき日が来たときに、自分が自在に魔法を行使してみせるための、魔法を使う際の言葉や仕草、発動に際しての感覚といった、実践的なものだったけれど、両親がそういうものを避けていると分かってしまって、私はもう、言い出せなかった。
お隣の男の子だけは、時折顔を見せたとき、みんなに内緒で、魔法の発動の際の言葉や仕草を見せてもらって、その後に感覚を言語化して貰う面倒なお願いをしてたけど、本当、よく、付き合ってくれたと思う。だけど、彼の中に、憐みが見えたような気がしたある日から、私はもう、彼にお願いすることはなかった。
他の子にも大人たちにも、そういったお願いはしたことはない。彼で終わって、よかったと思う。きっとそのときの私は、必死が過ぎて、きっと、痛々しかったに違いないから。
私は、10歳の誕生日、大人として認められる筈のその日を迎えた。
この世界のエルフは、10歳になる頃には、人間における15歳程度まで成長する。精神的にも、肉体的にも、そこから長く、若い期間、人間における10中頃から20代が100歳頃まで緩やかに続く。そこからは、100年かけ、老人となる。人間の数倍の寿命を、遥かに長い全盛期を過ごすことが許された生物である。
それは、私にとって、不幸でしかなかった。無力な存在で、長く長く存在し続けなくてはならないのだから。
だから――お願い……。
体つきだけは少女になっていた私は、願う。
エルフの村は、人間のそれとは違って、半ば森の中にあって、とても穏やかに時が流れている。喧嘩や虐めや排斥といったものは皆無で、誰もが、周りに、優しい。
広場に集まったみんなの穏やかだった表情は、私の指先から、宣言した通りの炎の灯なんてものは、微塵も発現しなかったのを見て、暗く曇った。樹冠の空白地帯である陽だまりに立っているのに、どんより、世界が、曇った気がした。雨も降っていない。本当に空が曇った訳でもない。
私は、お立ち台のようなその陽だまりから、一歩、二歩、退いて、みんなの輪に戻った。次の子の出番の為に。
そうして、その日それをやった子供たちは、大人の証。瞳の魔力の色を写した、翡翠の首飾り。各々に授けられる、同じものなんて存在しない、その子だけの、いや、その人だけの、大人の証。
けれど――私の首にだけ、それは、飾られていない。
私のせいで、みんなが祝いの空気に浸れなくて、両親たちは、とても苦しそうなのを、繕って隠して耐えている……。
私は、11歳となった。
頑張り屋のコレクトル♪
賢く誠実コレクトル♪
誰もが彼女を褒め称える♪
けれども、無力で可憐なの。
彼女は魔法が使えない♪
彼女は魔力を持たないの♪
だから、彼女は認められない……
エルフの大人として、不適格。魔法が使えないエルフは、永久に半人前。
大人になり損なった私は、みんながやりたがらない仕事を率先してやっていた。他の亜人の村や人間の色々な街との交易などのための手芸品の収益を過去から今までの分、計算して出したり、交易の窓口役の見習いとして交易の場についていったり。
人間の街では高級で、やらせるものを限定している仕事だったと今では分かる。自分のいた村がどれだけ特殊であったのかが。得難い経験をさせて貰えていた、ともいえる。私が一年間それらを続けてこれたのは、それが、憐みによって与えられた仕事ではなかったし、それらをやっていることで、両親の前から離れていられたから。
手とり足とり教えて貰った訳じゃあなかったけれど。書物の形で残されていた、断片的なやり方や過去の収益の付け方を頭に入れつつ、実践で足りないところを埋めたり、知識を繋げ合わせる、といった感じだった。
老人ばかりだった。こういった仕事に取り組み続けるには、枯れた心が必要だから、というのが老人たちどころか、みんな同じことを言っていた。
だから私を褒めてくれるし。予想が当たってて、単純に間違えないし、怖がらないのに、若いから、相手が侮ってきても、交渉を優位に進めやすい、とのことだった。
多分それは、私が、ナイフの使い方に習熟していて、不意打ちとか、圧をかけられたり、脅されるといったことに、あまり怖気づかなかったからだと思う。
読んだ本の中の一冊に、【度胸試しはナイフをお供に】という本があった。それは、人間の世界でいうところの、物語というものだった。私がそれを読んだのは、主人公がエルフで、魔法が使えない、私と同じ境遇だったから。その真似をしているのを、老人の一人に見られて、教えてもらったそれで、私は、物語の中の主人公みたいに、ナイフを振るえるように、なった。
才能があるとか、生まれて初めてそんな褒め方をされたけれど、それはかえって虚しかったと思う。その日以降もう、私はナイフの練習をもう十分と言って、やらないようになったけれども、その理由は十分だから、なんていうのは嘘っぱちだった。
たまたま、一人での交渉を任された私を、襲おうとしてきた人間側の交渉窓口を、私は腰に備え付けていたナイフで圧倒してから、仮初の自信くらいは手にできたと思っていた。
けれども――前の年と同じ光景を、みんなで集まった広場で、陽だまりの中心に立って、再演してしまった私は、自分のやっていた努力が、どうしようもない代償行為に過ぎない、と気づいてしまった。
私を追い出さない、けれども私を決して大人と認めてくれない、証をくれないし、大人たちの話し合いに、私は、去年も今年も、一度も呼んでもらえていない。そもそも、私がやらせてもらった役割。幾ら何でも、出来過ぎているのではないか、という、数多の話し合いや下準備と施され続けた気遣の存在に、鈍く、気付いてしまって――私は、壊れたんだと思う……。
その日の夜のうちに、村を、出た。
どうしてか。私にナイフの扱いや、本を用意してくれたりした老人と、私の家の隣の少年という二人と出くわした。彼らは私を引き留めなかったし、罵倒することもなかったし、出ていくのを笑顔で送り出してくれることも、餞別の言葉も無かった。
ただ、すれちがって、通り過ぎていっただけだ――
今、こうして。私はこの街で暮らしている。人間たちの都、フリードで。それほど大きくはない。人間の広大な世界では、ほんの一部。私は縁もゆかりもなく、たまたま、ここに辿り着いて、大人となる儀式に最初の失敗をして、村を出るまでの間の知識と技術を活かして、何とかやっていけていた。
人間の世界では、私が村でやっていたような仕事をやるには、あまりに得体が知れない、とのことだった。鼻で笑われた。村でやってた、せいぜい下準備程度のことしかできない。手芸品などの作成のために用意する動物素材や魔物素材の元を狩りにいったり、下処理としての加工を行ったり、程度。
買い叩かれていることは分かってたけれど、それが、信頼という価値が乗っていない取引の値段なのだと理解できた私は、ある意味、運がよかったのかもしれない。何故なら、どうすれば、信頼を得ることができるのか、と、考えることができたから。
他の冒険者たちと、あまり関わりは持とうとしなかったし、ほとんど誘いも断っていたけれど、彼らがそういった考え方をできない、そもそも、しようともしないし、それに価値を感じていない、ということが分かってしまった。
私は、高くとまっていたのだろうか? そんなつもりなんて微塵も無かったけれど。
村での交渉役窓口としての経験より、身汚くして、フードも常に被るようにしてたけれど、ところどころ、甘かったんだと思う。
そうして、恨みを買ったのか、目をつけられたのか、偶々なのか。……。
失った左目を、眼帯の上から、抑える。
ベッドの上で、仰向けになって。ネグリジェは乱れるようにはだけて。だらしなくて。情けなくて。みっともない。
涙が、止まらない。
私は、何が、したいんだろう……。
逃げてきて、ここで生きて、それだけ? 夢は? 希望は? 希望はある。こうやって、良いようにしてもらえて。信頼も、気付けた。私が想定していたよりもずっと、大きな形で。でも、それで、その先に、私は、どうしたいの? どう、なりたい、の?
……。
孔が、疼く……。
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