第十四話 割の良すぎる怪しい依頼 ~貴族の子息の護身術の稽古~ 二
物怖じしても仕方がない、と、自分から話し掛けてゆくコレクトル。
「こんにちは、ギルドから紹介を受けて来ましたコレクトルです」
と、二枚の依頼書をその証と言わんばかりに提示しながら。
「ああ、確かに私たちが依頼主だが、無礼ではないか?」
大きい方が、威厳のある低く響く声で、カップを持って座したまま、コレクトルを、侮蔑するかのように睨む。
「酷いことこの上ない。ズカズカと踏み入ってきた上に、ティータイムに水を差した。申し開きはあるか?」
小さい方が、カップをテーブルに置き、足を組んで、腕組みし、座ったまま、幼げな声で、物々しい態度でコレクトルに圧をかける。
「申し訳ございません」
コレクトルは、そう、その場ですぐさま、しかし、落ち着いた様子で頭を下げた。
「構わぬよ」
と、大きい方が言う。
「頭を上げるといい」
と、小さい方が言う。
コレクトルはそれに従い、頭をあげる。二人だけではなく、二人と家令の三人をじっと見て、コレクトルは、動かない。
「申し開きもなく、だというのに、立ち去らぬつもりか?」
小さい方が、そう、冷たく、光の無い目で、座ったままコレクトルを見上げている。
「はい。正直、どうすればいいか迷っています」
コレクトルは偽ることなく、今の気持ちを言葉にしただけのつもりだったのだが、
「ほぅ」
大きい方が、カップを置いて、椅子に座ったままではあるが、コレクトルの方に前のめりになった。
コレクトルは微笑を浮かべ、こう続けた。
「依頼書で提示された相場を無視したような金額の提示。来ただけで銀貨一枚。それより他は成果次第。ですが、それは貰い過ぎでしょう」
「ほう?」
大きい方の口元が、小さく上がったのをコレクトルはしっかり見ている。
「まあ。結構条件は厳し目だった上に、非公開依頼であるのだから、額としては相場の範疇だが」
小さい方はそうやって、情報を吐き出す。わざとらしいくらいに過剰に。
(よかった。どうやら、間違っていなさそうね)
「お二人のどちらがどちらの依頼書を提示したのかは、ここに何も知らずに来たようなものである私には知るよしもありません。ですが、この依頼書。分割したもの、でしょう? 本来一つだった依頼を二つに分けた。最初から、貴方方は、私を試すつもりでいた。試すと事前に伝えず、けれども、ここに至るまでの様々な段階で察せられるように情報を散りばめて」
「ふふ」
大きい方が、満足そうに笑う。
「その通りだ」
小さい方が認めつつも、
「だが、なら、何に迷ったというのだ?」
コレクトルに尋ねる。楽しそうに微笑んで。
「所詮予想に過ぎないということです。どこまで行こうが、予想は予想。心の内でも読めない限り。私を呼んだことに、銀貨一枚を払う価値が無かった、と貴方方に思われることが、私は心底恐ろしかったのです。貴方たちに申し訳ないですし、仲介人の顔に泥を塗ることにもなる訳ですから」
「実に良い」
と、大きい方が、満足そうに言い、家令がさりげなく、おかわりを注いだカップを手にし、紅茶を啜る。
「グレン。お前は何か、聞いておきたいことはないか?」
小さい方は、そう、家令に尋ねている。
グレンと呼ばれたその家令は、
「では、コレクトル様。貴方様はここに踏み入って、どうしてそれほどに終始、冷静沈着で居られるのでしょうか?」
と、コレクトルへ、穏やかな渋い声で、尋ねた。
「この依頼が試験であると最初から確信していたから。そして、依頼の主たちが、私の何を試験したいのか、情報を散りばめてくれていたから。解答の形式も併せて」
「何とも仄めかすような言い回しがお好きなようで」
「それ、です」
「?」
「私が自身の考えを述べることを、貴方たちが全面的に許容してくれるつもりなのだと確信させてくれたからです」
「意外、な反応をなさる」
「と、いいますと?」
「期待以上、ということで御座いますよ。最終判断を下すのが、主たちと、私を合わせた三人であることも、お気づきになっておられたのでしょう?」
「私が近づいてきたときに間に入りませんでしたし、かといって、話が始まってからもずっといらっしゃいましたのでそういうことかと結論付けた次第です」
「マクス様。ボーロ様。私はこのコレクトル様は、貴方方の家庭教師として相応しいと太鼓判を押せます」
二人はこくんと、微笑みながら頷いて、
「では改めて」
と、大きい方ではなく、小さい方が言って、座っていた大きい方も小さい方も立ち上がる。そして、彼らの後ろに家令は控えた。
「コレクトル、と申します。採用、ありがとうございます」
と、コレクトルは頭を下げる。そして今度は、その姿勢のままで待ったりはせず、顔を上げる。
「色々試して済まなかったね、コレクトルさん。私は、ポーロ・ダールトン」
大きい方が、そう名乗ったことに、コレクトルは、一瞬驚きの表情を浮かべたが、すぐそれを収める。
「流石にお気付きになられませんでしたね。読心能力者かの調査の為に急遽入れ込んだものでしたし、私たちがこの町に居を構えたのはここ最近のことですし、下調べのしようもありませんしね。私が、マクス・ダールトン。楽しんでいただけたようで何よりです。貴方は良い意味で冒険者っぽくありませんね」
小さい方はなんとも楽しそうにそう種明かしする。
「そして、私が、家令のグレンで御座います。宜しくお願いしますね、コレクトル様。それと、マクス様。ボーロ様。大事なことを言い忘れておりますよ?」
「ああ、そうだったなグレン」
「そのようですね、グレン」
「はいはい、承知しましたよ。コレクトル様。貴方様はエルフであられますよね」
見ればわかる事実確認に意図が分からず、疑問を抱きつつも、コレクトルは、それを顔に出すまでもなく、首をこくんと縦に振った。
「マクス様は小人の先祖帰り、ボーロ様は巨人の先祖帰りなので御座います」
「?」
流石に、意図が分からず首を傾げる。言われれば、そうか、で済む話であるが、その部分だけではなく、事実確認含め前後合わせて、意味がありそうだった。それ以上は分からない。
「依頼の不文律として、亜人であることを条件とすることは禁じされているので御座います。冒険者側の立場であれば、C(certificated)ランク以上で漸く触れる余地があるか、どうかといったところです」
家令はそう丁寧に説明してくれた。
「なるほど、そういうことでしたか。教えていただき、ありがとうございます」
と、頭を下げた。
「聞きたいことがあれば、グレンに聞いてくれたらいいですよ。私たちに聞くよりも巧いこと説明してくれるでしょうから。何せ、私たちは、貴方に教わる立場になる訳ですから」
「兄様。随分うれしそうですが、一応確認しておくべきかと」
「そうか? では。コレクトルさん。互いに教え合うでは、教師と生徒の関係が崩れてしまいます。私たちは、教えて貰う代わりにお金を支払う。依頼書に偽りがあってはならない。解釈の余地はあっても。どうです? なかなか面白いでしょう?」
コレクトルは、こくん、と微笑み、頷いた。
(ツグとミツに、お礼をしないと。今の私のでき得る限りの最上のお礼を)
これまで受けてきた多くの依頼や、他の割のいいが作業でしかないバイトとは違って、心底楽しく遣り甲斐があり、他では得られないものを得られそうな予感を抱いたのだから。