第十三話 割の良すぎる怪しい依頼 ~貴族の子息の護身術の稽古~ 一
「「むにゃむにゃ……。いってらっしゃいまし、コレクトル様……。すぅぅ、すぴぃぃ」」
早朝であったが、一応、とその寝室へと顔を出し、眠っていたようなので置手紙を残して後にしようとしたところで、後ろから聞こえてきた、お眠な、けれども、綺麗に重なって合わさった、抜けた声が聞こえてきた。
何か心の中がほんわり暖かくなった。
そんな想いを味わえたのなんて、何時ぶりだろう。もう、朧げな位、昔のことだと思う。きっとそれは、何も知らずに、思い知らずにいられた幼子の頃。
外へ、出た。早朝ではあるが、空は十分に明るい。雲もほとんどない。
季節はもう、寒さとは縁遠い頃合い。寧ろ、暑い。
この時間だからこそ、屋外で清涼感を味わえる塩梅ではあるが。
コレクトルは反芻するように思い返す。寒さを覚え始めた頃。それが、この街に辿り着いた頃合いだったと思う。季節が一巡するには未だ先は長い。けれども、十分に、想像ができる。
無事生きている自身と、そこから紡がれるであろう日常が。
そして、自分は恵まれていると、隻眼の視界で空を見上げる、という矛盾を矛盾とも感じず、薄っぺらな感傷に浸っていた。
ピラッ。
ツグとミツからそれぞれ受け取った、けれども同じ行先という、なんとも奇妙な巡り合わせの依頼を今一度確認する。
【一日ばかりの教導を望む。護身術の訓練として、対峙した賊としての役割を演じて欲しい。想定する賊は、我が家のハウスメイドとして紛れ込んだメイドの少女。近ければ近いほど良いが、想定から外れることを拒否の理由にはせぬ】
【ダールトン家 長男 マクス】
【依頼金 出来に依る。最大で金貨一封を想定。最低保証として、来訪時に銀貨一枚】
【護身用ナイフのいろはを教えてください。未だ体が出来上がっていないので、乱暴にせずに、テトリ足取り、根気よく密着して教えてくれる、できれば、美人な人を希望します】
【ダールトン家 六男 ポーロ】
【依頼金 今回はお試しです。そのため、銀貨一枚。次回以降があれば、金額含めた条件について、詰める機会を設けた上で、指名依頼させていただくことになるかと思います。ギルドを通す通さないも含めて】
コレクトルはそれらを紹介されたとき、思わずにはいられなかった。話が良すぎる、と。
支払いがべらぼうに良い。銀貨なんてものは、それ一枚で、かの浄室の弁償をして、僅かながらお釣りがくる。
本来銀貨なんてものは、日用使いするものではない。お高い宿屋の数か月分の宿泊料の支払い、などといった、限られた用途で、辛うじて、といったことろ。
日常使いは、銅貨や、鉄貨が主。胴貨一枚というのが、冒険者ではない街人が一か月生活した際の出費がそれ位。だから、殆どみんな、鉄貨で、普段の遣り取りというのは済んでしまう訳であり、つまり――最低でも銀貨一枚からという依頼は異常である。相場も糞もない。それでもそういう依頼は探せばあるもので、大概その理由は、依頼者側の拘りであったりする。
(金貨なんて単位が出てくるなんて依頼、二人に薦められていなかったら、絶対に受けなかった)
だから、コレクトルの足取りは、どんより重かった。表情もどうしても固くなるし、暗くなる。けれども、紹介を受けた上なのだから、やっぱり行かない、なんて選択肢はない。
コレクトルはそういうことができるタチではない。その辺り、他の冒険者とは明らかに違うのだが、自身の特異さを、他の冒険者との交流のさほど無いコレクトルは気付きようもない。
そもそも。それだけ容姿端麗で、底辺でない、けれども下位ではある手頃な冒険者というのが、限りなく珍しい。
つまり、この依頼。精神的にも肉体的にも立場的にも技術的にも信用的にも、相応しいものがいない、宙に浮いた依頼だったのである。
コレクトルという存在は渡りに船であった訳であり、ギルドの掲示板に一度も張られることなく、死蔵されていたそれらが、コレクトルに提示されたのは必然であったのだ。
二枚の依頼書の裏に書かれていた、同じ場所を示す地図に従って、辿り着いた。街の郊外。城壁や門が、遠くではあるが目視できる。結構な距離を歩いたが、まだ早朝といえる時間帯であるが故に、汗はかいていないコレクトル。呼吸を整える必要もない。
中を覗けない程度の高さのある、隙間無いように、ずらして二重の黒い格子状の塀。開かれている門。開いた門の内側に、侵入を阻むように立つ、門番らしき、全身鎧姿で、槍を持つ兵二人が、コレクトルの顔を見て、左右によけるように、退いた。
通ってよい、とういことらしい。
ひたすら広く、芝生の続く、平らな敷地。
そんな芝生に、禿げた、太さのある線のように存在する、道。舗装はされていない。人が歩く為だけにしては太すぎる。それに、轍も存在している。草の上を走った訳ではない。つまり、そこには、そういったものの出入りもある、ということだ。
貴族家というが、商売もしているのだろうと、コレクトルは想像した。
依頼のうち、六男の方のそれなんて、よく考えるとまさしくそれであるし、と。
コレクトルは、屋敷へと向かわず、周辺を散策し始めた。
(窓もカーテンもかたく、閉じられてたし、扉の前に誰もいなかった)
試されている最中であるのだ、とコレクトルは気付いていた。ツグやミツに言われた訳でも仄めかされた訳でもない。言われなかったから、尋ねて答え合わせするものでもない。自分で考えるべきことだ、とコレクトルは結論付けていた。
コレクトルは、依頼書のある種のあっけらかんとした記載と、そのくせ、必要な情報が欠けているという矛盾には気づいていた。
軽率な感じがしない訳でもないが、門番たちが止めにこないし、見渡す限り続く芝生に塀だというのに、門番たち以外の人物を見かけていないし、花壇や調度品の類は無い。
それでも、道とする部分には生えていない芝生など、整備はされているし、芝生自体も、足首を埋めるには届かず、せいぜい、靴の甲部分辺りまでが埋もれるかどうか、といったところ。
そうやって広い敷地を歩いていると、何だか、匂いが漂っていた。
暖かく、爽やかな、落ち着く香りだ。
それに誘われるようにコレクトルは進んでゆく。
人一人が通れる程度の幅に芝生が剥がれた道が続いているからと、その匂いが濃くなっていく方、屋敷の裏へと回り込むように進んでいって、その足は止まった。
随分、場違いなものを見た。
広く剥がれた芝生。広場なのだろうか。
そこに見るからに上品な気風と恰好の人物が三人。
一人は燕尾服を着て、オールバックの、老齢ではあるが、真っすぐな背筋をした家令。
そして、残りの二人は、白いレース装飾を再現したような白塗りの金属の天蓋の下で、これまた、白い丸い、そして幾何学模様のテーブル、白い、背面が幾何学模様の椅子。
薄手の、けれども明らかにしっかりしていて仕立ての良さそうなハンティングジャケット、ハンティングパンツ、に、手入れされつつも味のある汚れのある飴色に灰色のちりばめられた汚れのある革のブーツという、同じ格好をした大小二人の、髪の無く、目がぐりんとしていてやたらに光彩が大きく、けれども灰色なその瞳には光がなく、そして眉毛も睫毛も無い。そして、鷲のような鼻をした、白い肌をしていて、生傷が節々に目立つ。
そんなであるのに、カップに注がれた飲み物を口にするその仕草はどちらとも洗練されていて、奇妙なことに上品に見えている。
つまり、何が言いたいかというと。
(この人たち、ね……。間違いなく、めんどくさい人たちだわ……)
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