第十一話 機械天使の憂鬱
ランク昇格の話を先日したギルドの別室にて。
椅子にかけているコレクトル。そこに、ガワを被ったままの、左の受付改め、機械天使ツグが、コーヒーを運んできた。
「どうぞ、コレクトル様。おかわりもありますので」
無機質で抑揚の無い声でそう促されて、白いカップに注がれた、熱無く、黒々しいコーヒーを、コレクトルは啜った。
「わたくし、最近、腕が鈍ってきておりまして」
「ツグさんも、もしかして冒険者だったりするんですか?」
コレクトルは、威厳の修飾を脱ぎ捨てるのに一切の引っ掛かりはなく、もう、肩を張る前の口調にすっかり戻っている。勧められた通りに。
「ふふ。違いますよ。自分を守るために、必要に迫られて、です」
ニギッ、とツグが、そのゴーレムな自身の顔を鷲掴むと、掴んだ部分が肌色になり、バサッ、とそれを外すことで、偽りのガワが完全に解除される。
金属色と光沢を持つ、左右対称で、高い鼻の、産毛も鼻毛も眉も睫毛も無い、上品で小さな顔立ち。上品に目を瞑り微笑みかしづく、削り出しのような髪の毛ではない、髪束の彫刻による、肌の金属色と同じ髪色。ぱっつんな前髪は、目の上で切り揃えられた簾のように。ある種類の鬢削ぎのように、後ろ髪はひたすらに長く、側髪は、耳を隠すように後ろに向けて、長くなる勾配のある簾のように。
どうも、慣れない。コレクトルは思う。まるでその変貌は別人に変わるが如くであるのだから。
(そういえばマスターは、ツグさんの名前知ってたし、この正体も知ってるのかしら? まあ、知ってるわよね。……私のことで情報共有したり、してるわね、多分。結構前から。どういう仕組みがあるのかしら。このギルド。ランクのことであったり。ランク昇格試験の内容が人によって難易度からして違ったり、見込みや期待の掛け方、その癖に、見合わないような危険へ放り込んでの放任……。……あれ……? どうしてこんな急に色々ぐるぐると、溢れてくるの? 考えが……。無秩序に……)
「どうしました? コレクトル様」
「……。いええ、何でも。このコーヒー、美味しいですね。冷たいのに、苦くない。全然甘くなくて、コクがある。燻した爽やかな果実の香りが、残るのが何とも」
コレクトルは疑問を押しとどめた。
「ふふ。効用よりも、味と香りを褒めて頂け、恐悦至極で御座いますよ。つい口も軽くなってしまいますとも。そのコーヒーの効用は、Dランクへの常時試験からのひとときの解放で御座います」
「……」
「そう身構えないでください。不信を抱かないでください……。全ては明かせないのです。裏にある思惑や意図に興味がおありでしたら、少なくとも、C(身元保証実力込みな一人前)ランクに至ってください。貴方様であれば、向かい続ければやがて到達できます。そう遠くないうちに」
「……」
「コレクトル様。貴方様が乗り越えた、マンティコア討伐。あれほどの危険度。それは、裏返すと、貴方様への見込みは並ではない、ということです。上へ昇る見込みのある並みの冒険者では、あれほどの試練を与えられることは無いのです。少なくとも、わたくしは、これほどの例を目にしたことはこれまで一度もありませんでした」
コレクトルはは、黒い眼帯の上から、左目のあった窪みを押さえる。
(降って沸いた、類まれなる幸運なのでしょう。本来死ぬようなことをして、死なない資質。どれだけ焦がれても得られぬものを、私は得た……。けれども、それは、邪法で、外法で、おぞましく、まともだとは、決して言えない。人様に堂々と口にすることなんて、できない。きっと、みんなも、認めてくれない……)
「ご自身を卑下なさらないでください。貴方様は立派です。あんな目に遭って、それでも、堕ちず、腐らず、真っすぐ生きている。多少の迷惑は……、さ、最近は多少の範疇には収まっていないかもしれませんが、それでも、わたくしには許容範囲です」
何とも珍妙な励ましの言葉を向けられ、慣れていないのだなと、何だかほっこりしたコレクトルの顔からは、憂いが散ったようであった。
「ま、まあ兎に角。マスターから聞いてる通りです。資金稼ぎに暫くは徹してください。あの宿の料金を弁償代含めて払えてらしゃったのですから、多少豪華な倉庫の一つや二つ買う程度の資金、何とでもなりましょう。……。わたくしも責任を感じていない訳ではありません。だからこそ、寝床の提供も申し出させて頂いたのですよ? その間の貴方様のその瞳の事情のお手伝いも、ミツ共々、させて頂くおつもりです。あっ……。……。こ、コレクトル様……。ミツというのは、わたくしと共に受付にいる、もう一人の名で御座います……」
そう、うっかりと、知りたかったことのうちの一つ、もう一人の、あの右の受付の人の名前と、恐らくの正体の想像がついた(たぶん、ツグと同じ)訳で、何だか、疑念を抱えるのが、申し訳なさどころか、バカらしくなるくらい、どうでもよくなったコレクトルだった。
(まあ、ツグさんたちにも立場や事情というものがあるものね。その上で、こうやって、真摯に接してくれるのだし。……ま、いっか)
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