第十話 いい加減にしてください! そう、宿屋から追い出されて
コレクトルは、宿にこもっていた。
備え付けられた浄室から出て、一糸纏わぬ姿のまま、ベッドの上に、身を預けて、もう随分な時間が流れていた。
色々と気になることも、もやもやすることも、多々ある。
左の受付改め、機械天使ツグのこと。どうして、自身とよりフレンドリーに接していた右の受付ではなく、左の受付が自分の専属担当となったのか。
あの試験の後の説明のぼかされていた部分のこと。あの後癒者の手配までされていて、次の日にはあの戦闘での損傷は全て治されて。でも、この左目の喪失はどうにもならなくて。そもそも、元に戻ってしまったら、元の木阿弥なのだから、再度潰さないといけないという苦難が待ち構えていたが。
どうして、ここまでコストを掛けていて、それでいて、自分がロストするというハイリスクをよしとしているのかが、分からない。ギルド側の思惑を自身が読み取れていないだけなのか、矛盾をよしとし向こう見ずなのか、とも思いそうになる。
何も、尋ねない。ランクが上がろうとも、気質が変わる訳でもないのだ。顔色や事情を伺い、遠慮することを、息をするように選んでしまうのが、コレクトル。
気を紛らわす為に行っているのは、目的を果たしているかも怪しい、あの牛骨鬼の瞳の、馴らし。
全く、成果は無い。それどころか…―
あの日から後退するかのように、また濁りを浮かべている、その青き瞳を、ごくん、と生唾を飲み込み、覚悟しながら、嵌め、た。
「……。ぅぅ、あぁあ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ――」
この数日で、もう何度目か。
悲嘆の絶叫も、のたうち回るような衝動も、垂れ流す液も、和らぐことはない。
この数日で、もう何度目か。
その瞳の魔力の蓄積分の消費が終わって、コレクトルは、我に――かえる。
浄室の外壁が、殴り抜かれ、蹴り抜かれ、砕け散っていた。まるで他人ごとのような俯瞰視。けれども、それをやったのは、紛うことなく、コレクトル自身である。
廊下の外から、ドタドタと、大きな音が聞こえてくる。
この数日で、もう何度目か。
ガシャン!
「コレクトル様! また、ですか! ……」
そんなであるから、という訳でもなく、女性には女性をと、同性による接客が一部例外を除いて当たり前になっている冒険者向けの中では上の宿であり、度量もある宿であるのだが、
「……。ごめん、なさい……。弁償、しま…―」
「いい加減にしてください! 出てってください!」
限度、というものが、当然、ある。ここ数日、ある意味ぼけぇっ、と呆けているコレクトルは相当緩いその限度を自身が越えてしまったことに、今、気付いた。
一度目で追い出されていたっておかしくない。それを、まさかの、連日、同じように繰り返し続け、同じように弁償と言って、いくつかの手持ちのアルバイトを限界までやって、何とかお金を続かせて、泥のように眠り込んで、心機一転、けれども何故か鳥頭、御しきれていない牛骨鬼の瞳を嵌め、器物破損に至る、というループ。
「はい……」
スタスタと、肩を落として、出ていこうとするコレクトルに、ガシっと掴む、宿の係の者の手。
「服を、着てくださいいいいっっっっ!」
そうして。
「――と、いう訳です……」
ギルドの酒場。コレクトルとマスターしかいないのは、マスターによって、人払いがされたせい。
「はぁ……。嘘だろ……。嘘だと言ってくれよ……」
コレクトルの、これまでの世間知らずでありながら手探り気味に行動に冒険者基準としてはましなブレーキがぶっ壊れたような、ここ数日の体たらくを聞いて、頭を抱えた。
「本当に、ごめんなさい……」
カウンターに手をついて、ごつん、と、頭をぶつけるように、下げた、コレクトル。そして、頭を上げ、申し訳そうにしながら、痛む頭を押さえる。
相当、テンパってるようであるらしく、ぶつけるつもりですらなく、ぶつけるということすら考えもせず、ぶつけてしまったのだと見てとれて分かるような有様だった。
「仕方ねえとは分かってるがよぉ……。ギルドからEランクの証は貰っただろう?」
「いいえ、何も……」
「魔法、掛けられただろう。それが資格だよ。盗まれる恐れのない、自分じゃあ外せない証。よく、できているだろう?」
「なるほど……」
「で、Dランクへの試験も兼ねている」
「っ!」
「並くらいの精神操作の作用がある。本能や本質を前面に出し、身勝手になる。何でこんな試験を課されてるのかは、図書館ででも調べりゃ、何となく見えてくるだろう」
「はぁ……」
「取り敢えず、郊外に大きな倉庫でも買うといい。ちゃんと防音や補強もしっかりやれよ。そういう用途で倉庫を借りる奴は上へ昇ってゆく奴には珍しくはない。金さえたっぷり持っていけば、対応してくれるさ。それまでは瞳を試すのはやめておけ」
「はい……」
「あ、待て。言い忘れていた。ツグの奴が言ってたんだが、タダとはいかないが、倉庫買う金が溜まるまで、泊めてやると言ってたぞ?」
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