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黒のタカリア  作者: めがはむ
Scramble World
1/1

休日の誘い

その日の朝、筋のようにカーテンの隙間から溢れる陽光に刺されながら、義希(いさき)は寝包まっていた。

2つの大きな建造物がシンボルの団地で、雀の(さえず)りが戸建ての8畳間にも聞こえてくる中、義希はベッドの上で寝返りを打って頭から布団を被り直す。

七瀬(ななせ)義希(いさき)

それが彼の名前だ。

よわい12歳の彼は、無造作に跳ねた寝癖を布団に隠しきれないまま、いま目覚めの朝を迎えるのだった。


「ああ……眠い」

義希は呟くと、ふと"夢"が脳裏をよぎった。

それは将来の希望とかではなく、寝ているときに見る"そっち"の意味で、だ。

茶畑のような段々になった地形で、赤黒い曇天の下、ポツンと1人立っている。

それが自分で、その地形は見渡す限りの瓦礫で覆われているのだ。

何処かの国の跡地か、遺跡か、それとも過去に同様の映像を見たことがあるのか、――――それは本人にも分からないが、何とも不気味な光景だったのはよく覚えている。

最近、よく見るのだ。

断片的ではあるが覚えている。

何故なら、同様の夢を何度も何度も見ているのだから。


(もし、何かに追い回されるようになったら病院行くかな。その時は……精神科系が無難?メンタルクリニック、心療内科辺りか?

まあ、口コミで評価の高い近場を選ぼう。子どもがチャリ乗って通えるだけの場所が良い。通院もあるかもしれないし。

でも、行ったところで睡眠薬か安定剤みたいな薬しかくれなかったら……原因を知りたいのに薬で解決ってのはちょっと……。

まあ、やらないよりは試してみるのが良い。保険証とお金があれば受診は何とかなる。

あとは……待たされるのは嫌だし、予約くらいは取っておくか)


などと、さっそく頭の中で段取りを立ててみる。

いかんせん病院には不慣れだが、だからこそ計画的に進めた方が良い。むしろ、それに越したことはない。


(にしても……べつにストレス溜め込んでるわけじゃないんだけどな。案外もっと寝たら解決するんじゃね?

睡眠の質は大事だって言うし、まずは色々試してみるか)


そこで、彼は考えるのを止めた。

というか、眠いのだ。






頭元の時計は、現在6時42分を指している。

その右隣に、コードが刺さったスマホが置かれているのは、無論、義希の所有物である。予約するとなれば、おそらくこのスマホからだろう。


さて。

やがて時計とスマホが、ほぼ同時にアラームを鳴ならしたのは、す。

――――7時50分。

再度、義希は布団の中で息を漏らすと、のそっと、そしてゆっくりと、布団ごと上体を起こした。

その姿はまるでハロウィンの仮装パーティで数人は見かけそうな、いかにも古典的なお化けの様である。

その数秒後、布団は擦れ落ちた。


陽光を背中に、その表情はまだまだ寝足りないことを強く訴えかける。

そっと時計に手を伸ばしてアラームを切り、ついでに現在時刻も確認しておく義希は、

「土曜日……」

とだけ呟いてから、「ふんッ」と大きく手を伸ばして背伸びした。


色白な肌に、二重で青味がかった黒系の瞳。寝起きで髪はボサボサであるものの、全体的に整った顔立ちの彼は、十分に身体を伸ばした後でスマホを手に取り画面を確認する。



"新しい通知が3件あります"

"新しいバージョンの更新が可能です"

"いたわり充電・いたわり充電中"

"Commu 悠也:今日、凛月が靴買いに…"



ちなみに、Commuとはcommunicationが語源の、最もメジャーなコミュニケーションアプリの一つである。通話やスタンプは勿論、位置情報の共有、画像加工、宣伝等も可能な万能ツールなのだ。


「……なんで凛月?」と。

ベッドに胡座をかいて座る彼は少し考える。


悠也(ゆうや)とは友達だが、凛月(りつき)とはクラスメイトだ。

その女子とは、あまり慣れ親しんではいないというのが、義希の思うところである。

――――こういう時に、日頃の関わりの中で関係性というか親密度というか、言うなれば人間関係が見えてくる。


無論、クラスメイトなだけに凛月と面識はある。

しかし、どちらかというと大勢よりも少数派や一個小隊を好む義希にとって、いきなり人に付き合わされたり、ましてや絡みの薄い人の買い物に同行するというのは、あまり気分が乗らないのだ。


いや、買い物の誘いかどうかは詳細を見てみないと分からないし、無論、凛月のことが嫌いなわけでもないのだが(好き嫌い以前の段階)。

それでも、たぶん、おそらく。

誰とでも見境なく絡む悠也のことだ。

買い物を口実に"遊ぼう"という趣旨の誘いが、この通知なのだろう。

しかも、今日は休校の土曜日――――大勢を誘っている可能性は大いに有り得る。


寝起きもさながら、そこまで考えた義希は、そっとスマホの画面を黒く落とした。


これ即ち、スキル『無読スルー』の発動である。

このスキルは、自分が既読しない限り、相手には文章が読まれたかどうかを確認させない、システムを逆手に取った"既読アイコンを付けない"既読の仕方である。


唯一の注意点は、Commuに位置情報共有サービスがあること。

スマホの位置が移動すると、自分がスマホを持ち歩いている、つまり起きていることを相手にバラしてしまうのだ。


現在、

Commu:位置情報共有 オン

スマホ:GPS オン


選択肢はいずれかの機能をオフにするか、スマホを持ち歩かないことに絞られる。

けれど、今日、悠也に位置情報を見られている場合、オフにすると急に現在位置が途切れてしまい、意図的に操作したことがバレてしまう。

と、ここで。

結論が出る。


義希はスマホを目覚まし時計の横に戻すと、「面倒くせぇ」と愚痴を垂れてベッドから降り、そそくさと部屋を出るのであった。






紺のTシャツにピンクのジャージ下。首には白いタオルを掛けているところから、どうやら起きてから間もない様子。肩甲骨が隠れる程度の長髪が軽く巻いており、くっきりとした目鼻立ちをしている彼女は、平均よりも少し高身長で容姿端麗。正直、弟からしても美人の部類に入る。




◆◆◆◆




さてと。

場面は変わり、異世界に移る。













正確には、義希とは反対方向から歩いて向かってくる、少し困惑しているような表情の女の子に気付いた。

同時に、透明感のある肌、靡く金髪、緑の眼、整った顔立ち――――距離が近づくごとに、それらがはっきりと伺える。

まるで外国人のような、黒い洋服を着た彼女。黒いローブーツに、膝丈より短いスカートも黒。色白な肌感と金髪が、服の黒とは対照的に映える。

朝に、こんな郊外で、それはとても珍しかった。姉と同じくらいの年齢だろうか。義希よりはやや年上に見える。


コツコツとアスファルトを踏む音が近づき、やがて、彼女はすれ違った。

「………。」

「――――ッ、……。」

そのまま、過ぎていく。

そのまま、小さくなっていく。


すれ違うまでの間、バクバクと心臓の鼓動を感じながら、彼は立ち止まっていた。無論、こんな経験は人生初めてである。

まあ、この際である。

先に言っておこう。

彼は――――義希は、完全に見惚れてしまったのだ。


(あんな可愛いの、反則だろ……。)と。


すれ違いざまに、ちょっとだけ睨まれた気もしたが、そんなことは正直どうでもいい。互いに誰か知らないわけで、冷めた言い方をすると"赤の他人"なのだから。

それよりも。

世界に通用すると確信を持てる可愛さだった。大袈裟でなく、本当に。圧巻の顔面偏差値である。

そんな同年代がこの街に居ることに、正直驚きを隠せない。


それにしても。

何故、彼女は困惑していたのか。

いや、特に深い意味はないのだが。元々困惑したような顔がデフォルトなら、見惚れたついでの思い違いで済むのだろうが――――所詮は赤の他人である。

そこで、義希は考えるのを止めた。

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