それから、8日目
私は、風邪をひきました。季節の変わり目に体調を崩しやすいのです。
学校近くの病院にかかり、お薬を待っていたら、看護師さんが2人、廊下をだらだら歩いていました。仕事中は、気を引き締めてもらいたいものです。私は、雑談をするような看護師にはなりたくありません。
「担当していた雪の仙人、先週だめになったわ」
太らせたフクロウのようなベテラン看護師が、ドラマの結末を話すみたいに言いました。
「ええ! にこにこしていた素敵なおじいさまが? うそー」
若い、蛇のように細長い看護師さんが口に手を当てて、大げさに反応しました。
「おしゃれに気を遣っていてね、スノウホワイトがお好きでさ、遠縁の若い人に持って来させていたのよ」
「お帽子とポンチョが仙人ぽかったですよねー」
「だから雪の仙人。いい患者さんだったのにな、文句いわないし、おさわりしない。遠縁の人はイケメン。私、水和白さんには5年ぐらい頑張ってほしかった」
「病名は、えーと」
「亡国病よ。仙人は、ガンコなところがあったんだわ。この言い方じゃないとだめだ、ってさ」
「売店にココアの粉はおいていないのか? 入院したての頃はかなりきいてきましたよね。レアなお名前だったんで、印象残ってるんですよねー。作歩さん? 当時はアバンゲールだったでしょうねー」
「あんた、それアバンギャルドじゃないの?」
「あちゃー、間違えました! そうそう、またナース長がー……」
長椅子に両手をつき、私はむせてしまいました。さっきのどに薬をぬってもらったはずでした。
「どうされました?」「大丈夫ですか?」
まるまるとしたフクロウさんと、ひょろりとした蛇さんが近寄ってきました。
「あ……へいき……です、へいき……ですから」
フクロウさんに背中をさすられ、私は自動ドアの方を見上げました。白い粉のかたまりが、地面を殴りつけるようにいっぱい降っていました。何もかも忘れてしまえ、まっさらにして消してしまえ、風がそう叫んでいるみたいでした。
「どえらい吹雪ですねー。しばらく休んでいましょうか」
どこからかひざ掛けを持ってきた蛇さんに促され、別室で横になりました。
年が離れていることは、障害にはなりません。たとえ私より幼くても、あるいは、老いていても。
でも、二度と会えない人に、どうやって「大好きよ」と伝えられるの?
お風呂で温まったところに、ココアはさらに体をあっためてくれます。最近のココアは、品質管理がしっかりされていて、何人分でも同じ味がします。
ふたりでも、ひとりでも、甘いことには変わらないのです。
「だけど、今日は苦みが強いな」
作り方どおりに練ったのですが。私の舌が甘味を拒んだのでしょうか。
「名残惜しそうで、狂おしい感じの雪だった……」
住所を空白にした封筒に、雪の結晶柄の便箋を入れて封をしました。机の引き出しに、大切にしまっておきました。送る時が、いつになるか分からない、私の思いです。
水和白作歩さま
海には着けましたか。弟たちに、会えましたか。
あなたのお父さん、お母さん、おばあさん、お世話になった人たちとやっといっしょになれたのなら、私は幸せです。
あなたも、お母さんと同じ病気だったのですね。今は、治らない病気ではなくなりましたが、油断はできません。どんな病気も、気をつけなければ命を落としてしまうこともあります。
私は、あなたのためにも看護師になります。医師は、さすがにこの頭では厳しいけど、あなたのように、病気とひとりで闘っている人を支えたいのです。私も一緒だよ、とついていたいのです。
作歩くん、私はあなたの「かあさま」でいられましたか。後悔しているのです、「ハル」とは呼んでもらえなくて。
ココア、いつでも飲みに来ていいように、置いているからね。
あたたかい季節だったら、軽い服装をして、おいで。
作歩くん、私は忘れないよ。子どもを忘れる親は、いないんだよ。
元気でね。
百色ハル
あとがき(めいたもの)
僕は、あなたの最終講義を受けたかった。
いきなり謎の始まりで失礼いたしました。改めまして、八十島そらです。
作品の数が増えてきたので、企画に挑戦してみました。
まだまだ駆け出しの身ですが、応援よろしくお願いいたします。