4日目・5日目
今夜は、やや濃いめのココアを作りました。最後のひと缶だったのです。明日、買いにいかなくては。これぐらいの量だと、昼間でも溶けないでしょう。市場へは、スノーブーツを履いて行きますか。
「もしかして、おいしくなかった?」
ココアを半分飲み、男の子は黙り込んでいました。考え事をしているようにもみえました。
「ホットミルクを出そうか」
カップを包む両手を離さず、ニット帽の頭をぶんぶん揺らしました。
「この1杯を、残したくはありません」
きれいにカップを空けて、男の子は玄関を出ました。窓から、彼の足跡がちょっとだけ見えました。洗い物を済ませると、足跡は雪に埋められていました。まるで、彼がここにいたことを、消そうとしているかのようでした。
みぞれの夜ですね。昨日は、お話しできなくてすみません。お姉さんに、聞いてもらおうかどうか、悩んでいたのです。ぼくの、母について。
ぼくは、氷作りを営む家に生まれました。父、母、祖母、弟たちと暮らしていました。
父は、ある年に遠い国へ働きにゆきました。ぼくの住む国からのお願いでした。断るわけにはまいりません。
ぼくたちは、伯父夫婦のお家に、身を寄せることになりました。伯父と伯母には、子どもがいなかったので、ぼくと弟たちをとてもかわいがってくれました。ココアは、このお家で初めていただきました。2ヶ月後には買えなくなりましたが。
母は、しなくてもよいと言われていたにもかかわらず、使用人と同じ仕事をしていました。母なりに気を遣っていたのでしょう。恩を返したかったのだと思います。
ある日、母は病気にかかりました。もともと体が強くなかった人です。新しい環境におかれたこともあり、心に負担がかかっていたのでしょう。お医者様に診てもらいましたら、母は、あの憎き病だったのです。
お姉さんの国では、どう呼ばれているか知りません。母の病気は、ぼくの国では「国を亡ぼす病」といわれていました。治らないものでした。ぼくたちは、重いものを背負わされたのです。
父は、しばらくして手紙が絶えました。弟たちは、ぼくの代わりに船に乗りました。祖母は、ひなたぼっこの途中に世を去りました。ぼくは、勉強をしながら、母と残り少ない親子の時間を過ごしました。抱きしめてもらえなく、扉ごしでの会話となりましたが、母の言葉はひと言たりとも忘れられません。咳きこんだ後の「ああ、真っ赤な花がてのひらに咲きました」は、きっと、ぼくを不安にさせないための嘘だったのです。
母は、冬の真夜中に息を引き取りました。今日のような、みぞれでした。そうですか。お姉さんは、みぞれ味の氷が好きなのですね。ぼくと同じです。母が元気だった頃、こっそり削ってくれたみぞれ味の氷は、僕と母の秘密のおやつでした。
ぼくは、ココアをくださるなら誰でもよかったのではありません。この写真を見てください。お姉さんにそっくりでしょう。僕の母です。
お姉さん、明日からお姉さんを「かあさま」と呼んでもよろしいですか。身勝手であることは、分かっております。ぼくに「かあさま」をください。