1日目
雪の妖精が、来てくれたのだと思いました。ニット帽、マフラー、ポンチョ、ブーツ、とにかく、着ている物の色がスノウホワイトでしたから。
「夜分遅くに、すみません。少し休んでも、いいですか」
スノウホワイトの小さな男の子は、落ち着いた話し方をしていました。
「いいですけど……」
ひとりなの? お母さん、お父さんは心配していないの? と訊きたかったのですが、男の子は雪を払って、ブーツを脱ぎました。
「あの、こんな時間にひとりで歩いて、危ないよ。お家に電話するから、お姉さんに番号教えてくれる?」
男の子は、帽子をかぶったまま、頭を左右に振りました。
「ぼくには、もう、家族はいません。お家もありません。ずっと、歩いてきたのです」
「え」
かくまってあげるべきでしょうか。子どもの相談所に連絡するべき……?
「ところで、お姉さん。こちらにココアはおいていますか」
変わった子。怖いものなんかないよ、というような目をしていました。
「あります」
「では、1杯いただきます」
正直なところ、お客様がいて、私はありがたかったのです。夢の第一歩である看護学校に通えるようになり、実家を離れて楽しい生活、のはずが、全然うまくいきませんでした。マイペースな性格が災いして、授業についていけず、担任から「あなたは若くて、まだやり直せるから、他の可能性も探してみたらどう?」と声をかけられました。実家では3人の妹と1枚の布団で寝ていたからか、ひとりだと、そわそわしてあまり眠れなくなっていました。
「お姉さんは、どんな未来が欲しいですか」
淹れたてを息で冷ますことなく、男の子は飲み干しました。
「できれば……多くの、けがした人や病気でつらい人の力になりたいな」
「看護婦さんですか」
「今は、看護師というの。めずらしいね、看護婦と呼ぶ人」
男の人も、女の人も、好きな職業に就ける。私の両親は、自由な世の中になったものだと喜んでいました。
「ごちそうさまでした。贅沢できました」
男の子は、玄関へ迷いもなく向かいました。
「暗いよ。それに、寒い。朝までここにいた方が」
「また、この時分に参ります」
私は、止められませんでした。振り返った男の子の表情に、固い決意が出ていましたから。
「さようなら」
「…………さよなら」
雪の妖精は、私のもとを冷淡にも去ってゆきました。