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第68話 結婚。そして出産

 三月二十一日。予定通り、正室ちゃんと結婚しました。


 お嫁さんの顔を初めて見たわけなんですが、日野富子伯母さんに結構似ているわけですよ。さすがは姪っ子。血のつながりを感じちゃいます。この顔だけでボクは威圧されてしまいそうです。


 とにもかくにも大切にしますよ。男として当たり前の責務ですから。


 縁談を推していた富子伯母さんはご満悦だったようです。これで将軍家に日野家の影響が残り続けるのだから当然でしょう。



 四月十三日。政元が出産したとの報がボクの元に届いた。


「母子共に息災のようです」


 聖寿が伝えてくれる。


「良かった。真に喜ばしいぞ。――して、男なのか女なのかどっちだ?」


「遺憾なことながら男子でした」


「――どうして遺憾なんだ? 甥よりも姪が欲しかったのか?」


「それはどちらでも構わなかったのですが、男であるとなるとこれから厄介事が多くて」


 妹ちゃんがやれやれと首を振った。


 確かに彼女の言う通りである。男の子ということは将軍の後継者問題に関わってくるのだ。


 とにかく厄介なのは母親が誰なのかという疑問に答えなければならないことである。何だかんだで家が重視される時代なのだ。


 政元が女だと公表してしまえば家格の問題は解決するのだが、そんなことできるはずがない。


 産まれたのが女の子だったら、「将軍が身分の低い女に手を出した。母親の素性は気にするな」で簡単に済んだのだが。


「男でも構わないように事前から支度をしておりましたから、今さら慌てることはないのですが、銭が多く入り用になってしまいますね」


「聖寿よ、政所の伊勢守(伊勢貞陸)みたいなことを申すでない」


「私も言いたくはないのですが、兄上の稼ぎが悪くて……」


 稼ぎのことを言われると辛い! 例え相手が妹でも、ボクのプライドがズタズタにされてしまう。

 これでも将軍就任時と比較すると収入はかなり増えているのだが。


 母親問題だけど、とある貴族と事前に裏で話を付けてある。そこの娘さんが母親であると偽ってくれるようにと。このためにお心付けを払うことが必要になってくるのである。当然の話だが、本当の母親が政元だなんてことは先方には伝えていない。


 これで産まれたばかりのボクの長男は、とりあえず将軍の後継者候補になれる。

 ただし、他に男子が産まれてくるようなら、そちらを嫡子にするつもりだ。ボク個人の気持ちではこの長男坊に将軍職を譲りたいんだけど、残念なことに親の情愛とは関係なく血の問題となってくる。偽の母親となることを承諾してくれた家は、そんなに格が高くないのだ。秘密がもれないことを最重視して選んだ結果なのだから仕方がない。


 将軍家の子供は、嫡子以外は基本的に全員寺に入ることになっている。一番の理由は、俗世から切り離すことで後継者問題を起こさないようにするためだが、他にもいくつかある。


 例を挙げると宗教政策である。寺院に足利家の子を送り込んで、宗教勢力を味方に引き込むのが狙いだ。


 あとは経済的な事情も大きな理由になる。足利家の所領が少ないので、子をたくさん養えないのだ。そこで、大寺院を継がせてそちらで食べていってもらう。ぶっちゃけた話、将軍家に残るよりも寺に入った方が裕福な生活を送れる。


 ボクの長男坊も将来はお寺のお坊さんになるんだろうなあ。



 六月三日。細川政元が久しぶりに通玄寺へ訪れてきた。


 出産後の産褥期さんじょくきが終わったということで、本日から政務に復帰するのだ。とりあえず今日のところはボクへの挨拶ということである。


「よくぞ無事に戻って来てくれた」


 懐かしさと嬉しさでボクの視界が涙でにじんできた。


「ご無沙汰しておりました。公方様(足利義材)におかれましては、様々なことに手を尽くして頂きまして、感謝の念に堪えません」


 政元の様子を観察してみると、血色も良いし体調は元に戻っているようだ。ひと安心である。


「お主は母と名乗り出ることもできぬし、子が育つのを近くで見守ることもできぬ。これから辛い思いをするだろうが堪えて欲しい」


「あの子を産むと決めた時から覚悟を決めていたことにございます。健やかに育つことを神仏に祈念します」


「余も我が子のためならば骨を惜しまぬ。必ずや立派に育つことだろう」


「それはそれとして――」


 ここで政元の口調がガラリと変わった。


「私が不在の間に、公方様は御台所(正室)を迎え入れたようで」


 周囲が凍り付くかのような冷え冷えとした口調。


 間違いない。彼女は怒っている。


「この件であるが、話は長くなる」


「いくらでもお付き合い致します。ごゆるりとお話し下さいませ」


 恐いよ! 目が明らかに笑っていないし!


 政元がやきもちを焼くという妹ちゃんの予想は正しかったようだ。女の勘というやつなのだろうか。鋭い。


「公方様、さあ早く」


「話す! 話すからこちらへにじり寄ってくるのをやめよ!」


「何を恐れているのでしょうか? ワシは何もしませんよぉ?」


 不自然に語尾を伸ばさないで。何か企んでいるように感じちゃうから。


 個人的な力関係でボクは彼女より弱かったのかもしれません。今さら気付きました。


「公方様ぁ?」


「話す。話すから近寄らないでくれー!」

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