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第66話 観察眼

 細川政元が修行の旅に出ると称して、公の場から姿を消した。


 当の本人は洛中のとある屋敷でひっそりと暮らしている。「良家の娘が出産のために静養している」という設定にしたとのことだ。これなら周囲から怪しまれないだろう。


 政元が女性の格好をしていれば、「良家の娘」が実は京兆家の長だと気付く者などそうそういないはずだ。基本的には屋敷の奥に引きこもっているだろうし、間近で顔を見られなければ大丈夫だろう。


 取りあえずは一安心である。あとは無事に出産が終わるのを待つだけなのだが。


「はあ……」


 ボクは大きくため息をついた。


 政元をお見舞いしたいのにできない。将軍が屋敷に出入りしてしまったら、さすがに怪しまれてしまう。


 せめて手紙でもと思ったが、それも厳しい。やはり不審に思われてしまうだろう。


 彼女の方からもボクに連絡は来ないだろうから、出産後まで本当に会えないし言葉を伝え合うことができないのだ。


 こういう時、男は何もできないのだと実感する。せめてパートナーを励ますことくらいはやりたいのだが。


「――兄上、よろしいでしょうか?」


 聖寿が訪れてきた。


 彼女は順調にボクの側近の一人として頭角を現してきている。というか、ボクの想像を大きく上回る成長を見せてくれていて、側近の中でも筆頭を任せられるくらいになってしまった。困りものだった頑固な考え方も、だいぶ柔軟になってきている。


「それでは、本日届いた――」


 妹ちゃんがあれこれ話をしてくるが、ボクの方が集中できていない。どうしても政元のことが頭の隅に引っかかってしまっているのだ。


「……兄上がずっと上の空のようなので、今日のところは切り上げます」


「申し訳ない。明日までには体の具合を整えておく」


「治すべきは心の具合と存じます」


 聖寿が姿勢を正して、静かに語りかけてくる。


「兄上は右京大夫様がご心配なのでしょう?」


「――うむ。道中何事も無いよう祈っておる」


「会うことは叶わないでしょうが、文のやり取りはできましょう。私がお届け致しましょうか?」


「おいおい、聖寿は都から出たことがあまりないだろう。せいぜい畿内の寺社に出向いたくらいである。それなのにわざわざ東国まで出向くと申すのか?」


「私の見立てでは、右京大夫様は都に留まっているはずです。ならば、容易く文を届けられるでしょう」


「――何を申しておる?」


 さすがにドキリとした。妹ちゃんは何を根拠に正解へたどり着いたのだろうか。


「どこから話すべきでしょうか?」


 聖寿が口元に指を当てて考え込んだ。


「この際だから全て正直に話してしまいましょうか。私は右京大夫様が女子だと知っております」


「な、何をふざけたことを――」


「隠さなくても平気にございます。誰にも言っておりませんし、これからも言いませぬ」


「……どうやって勘づいたのだ」


 妹ちゃんの言う通りに、ボクは誤魔化すのを諦めた。


 いったい何をどうすれば政元の性別に気付けたのだろうか。これだけは聞いておきたい。


「前々から右京大夫様は女子みたいな方だと思っていました。顔立ちとか仕草とか」


「それだけでは分かるまい。女みたいな顔の男はいくらでもおるぞ」


「いつだったか、着物が乱れたまま右京大夫様がお見えになった時がありまして、その時に喉をはっきりと見てしまったのです。その時に確信しました。この方は女子なのだと」


「あったな。そんなことが。確か本願寺が余を呪詛しているとかの時だったか」


 恐ろしい観察眼である。あの時、政元はすぐに着衣を直したから、喉が見えていたのはほんのわずかな時間だけだったはずだ。


「右京大夫様が女であろうが別にどうでも良かったので、今まで何も言わずに放っておきました」


「――余はとんでもない大事だと思うが」


「私はしょせんは寺の娘。武家や公家なら右京大夫様を蹴落とす好機だと思ったのでしょうが」


「聖寿がそう考えたのならそれで良しとしよう」


 頭がクラクラしてきた。この妹ちゃん、ボクが思っているよりも変わり者なのかもしれない。政元とは方向性が違うけど。


「放っておいたら、いつの間にか右京大夫様と兄上が恋仲になってしまいまして」


「――それも気付いていたのか」


 妹ちゃんがすっごく怖いんですけど?


「誰が誰を好きになろうが私の知ったことではないので、気付かぬ振りをしておりました」


 知ったことではないって酷すぎじゃないかな? ボクは君のお兄ちゃんなんだけど?


「そして此度の右京大夫様の旅立ちと、兄上の腑抜けっぷりを鑑みるに、ご懐妊して隠れたのではないかと思い至ったわけです。身重なのに遠くへ行けるはずはないので、右京大夫は都のどこかにいるのではないかと見立てている次第にございます」


 ふ、腑抜けって……。さっきからやたらと辛辣な言葉が飛んできて、ボクの胸にザクザクと突き刺さるんですけど?


「聖寿の考えは概ね正しい。恐れ入ったぞ」


「兄上がお望みでしたら、私が右京大夫様の元へ使いに出ますが? もちろんあの方が女子だと誰にも気取られないようにします」


「せっかくの申し出だ。ありがたく受けよう。一筆したためるから少し待っていてくれ」


 ここまでバレているんだし、遠慮せずに助けてもらおう。


 これで政元と手紙のやり取りが可能になった。


「ところで、私は右京大夫様に話した方が良いのでしょうか? 正体に気付いていると」


「――黙っておいた方が良いかもしれぬ。こんな話を聞かされたら右京大夫も仰天するだろう。体に障ってしまう」


「なるほど。知らぬが仏ということですか」


 相変わらず辛辣な物言いである。


 妹ちゃんがやきもちを焼いているって思い込もう。そうでないとボクのメンタルがぶっ壊れちゃいそうだよ。

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