第6話 細川政元
とうとうこの日がやって来てしまった。
最大の政敵である細川政元と面会する日だ。
こいつに関しては色々と考えたが、やはり仲良くやって行こうと決めた。同い年だし、話せば案外気が合うかもしれない。
弱気な方針に思えるだろうが、現状の将軍家の実力を考えると仕方がないのだ。
室町幕府の将軍はとにかく弱い。具体的には軍事力が弱いのだ。奉公衆と呼ばれる将軍直属の軍隊が二千人から三千人程度である。配下である守護大名は倍以上の兵力を動員できるというのに。
どうしてこんなに兵を雇えないのかというと、将軍家は兵力の基礎となる領地が少ないのだ。初代将軍足利尊氏さんがもっと強欲に御料所(直轄地)を確保していれば、子孫はこんなに苦労しなかったはずなのに……。
尊氏さんの頃は南北朝の動乱の最中で、仲間を増やすために恩賞を与えまくる必要があったという事情はあったんだろうけどね。それを差っ引いても尊氏さんは気前よく配下に所領を与えすぎたと個人的に思っている。
この問題は歴代将軍にも放置されてきた。理由としては、既に手遅れだったということなのだろう。あと、わざわざ手を入れなくとも将軍の安全が確保されていたという事情もあったはずだ。
かつては守護在京制と呼ばれるシステムが存在していた。遠国以外の守護は全員京の都で暮らすことが義務づけられていたのである。もちろん将兵たちと一緒にだ。守護たちの軍事力に守られて、将軍は君臨できていた。ついでに洛中の治安維持も守護に任せていた。
ところが応仁の乱の後、守護の大半が分国へ去ってしまった。現地に戻らないと統治がままならなくなってしまったからだ。こうなると、守護頼りだった都の軍事力・警察力が怪しくなってしまう。
前将軍の義煕くんが近江遠征すると号令をかけた時に各地の守護がこぞって参加したように、有事に兵を出してもらえるくらいの権威は将軍に残っている。けれども、それだけでは普段の京都生活がおぼつかない。
多くの守護が分国へ去ってしまった中で、京に残っている守護も一部存在する。そのうちの一人が細川政元だ。
管領職に就ける家柄。一門で合計七ヶ国もの分国を持つ、今の日本で最強の大名。しかも、政治経済の中心地である畿内に分国を保有。これだけ大きな影響力を持つ守護に刃向かうのは得策ではない。現在の洛中の治安維持にも大きく貢献してもらっているわけだし。というか、細川家に支えてもらわないと、将軍家は倒れてしまう。
と、こんな理由で細川政元と上手くやっていきたい次第です。
もし仲良くなれないようなら、細川家中の誰かを重用して政元を追い落としてやろう。ひいおじいちゃんの三代将軍義満が使った古い手だが、まだ有用だと信じたい。
こんな感じで色々と考えて臨んだ会談だったが、政元本人を目にした途端、全て吹き飛んでしまった。それほどまでに見た目のインパクトがすごかったのである。
まず、烏帽子を被っていない。この時代では明らかなドレスコード違反だ。二十一世紀の社会でフォーマルな場にノーネクタイで登場するよりも強烈な違反である。
髻すら結っていないので、烏帽子を被るつもりなんてさらさら持ってなさそうだ。
もう少し後の時代になると烏帽子を被らないスタイルが流行するから、ある意味時代を先取りしているのかもしれない。
だけど、着物に関しては流行の最先端とは言わせないぞ。そんな格好、どの時代にも存在していないのだから。
直垂を身に着けているのは良し。きちんとドレスコードを守っている。
けど、首元の半帽子(襟巻)と最多角念珠は何なんだよ? どうして、武士の着物にお坊さんのグッズを合わせた? どんなセンスだよ!
――落ち着くんだ、ボク。半帽子は仏僧の道具だけど、最多角念珠は修験者の道具だったはずだ。……より複雑怪奇なファッションじゃん。
修験者で思い出した。前世の知識によると、細川政元は修験道にドップリはまっていたらしい。怪しげな修行に精を出したり、この時代の有力者なのに妻帯しなかったり、変わり者で有名だったとか。
後世の評価は正しいね。変わり者以外の何者でもないもん、こいつ。
「右京大夫(細川政元)よ、その格好はどうしたことか?」
同席していた親父様が苦言を呈した。
そりゃ文句言うよね。当然だ。
「はっはっ。ワシはいつもこの格好故に、お気になさらないで下さいませ」
対する政元は全く悪びれていない。声は聞き取りやすいテノールボイスだ。
お前は気にしないかもしれないけど、周りは気にしまくるからね。どうするんだよ、この場の空気?
「申し訳ないが、右京大夫と二人きりで少し話をしたい。他の者は席を外してくれ。父上も外へお願い致しまする」
ボクは人払いを指示した。部屋の中にはボクと政元の二人だけが残る。
服装に関しても色々言いたいけど、ボクとしてはこいつの容姿に是が非でも物を申したい。
「右京大夫、お主はこの間美濃に来ておったな?」
「さて、何のことでしょう」
「誤魔化すでない。覚えているぞ。お元と名乗って余に近付いたであろう?」
「――おや、気付かれてしまいましたか」
政元はあっさり認めた。
あああああああ! そうなんだよ。ボクが一目惚れした女は、実は女装した政元だったんだよ。不倶戴天の敵になる予定の男だってのに。何てこった。
女みたいな顔をしているから、鬘を被って、髭を剃って、化粧をして、女物の小袖を着れば、本物の女のように化けられたのだろう。背丈は低いし、痩せ型の体つきだし、女装男子をやるのに条件が揃いまくっている。
「美濃では男であるなどと全く気付かなかったぞ。裏声を作るのも上手いな。で、何故に女の格好をしていたのだ?」
「次の将軍がどのような御方なのか、この目で見極めようかと思いまして。美濃へ赴いたら、たまたま酒宴が行われるとのことだったので、越後守殿(斉藤利藤)に頼んで潜り込ませて頂いた次第」
「越後守も共犯であったのか……」
「あの方は責めないで下さいませ。ワシに借りがあって、無理矢理手伝わされただけなので」
「――相分かった。この件については捨て置こう。然れど、お主はあの頃近江の陣中だったはず。わざわざ美濃まで参ったことを、どう申し開きする?」
「戦に関しては、内衆に任せておいた方が上手く事が運びます故に、ワシが陣から離れても平気なのです」
「……笑いながら申すことか?」
戦下手だから家臣に任せた方が安心だと、堂々と言いやがった。さすがに謙遜しているだけと思うが。
ここで美濃での宴席を思い出してみる。
政元がわざわざ美濃まで出向いて見た光景は何だったのか?
答え。女装男子に鼻の下を伸ばしまくった挙げ句、脈がないと分かったらやけ酒をあおってグデングデンに酔っ払った情けない男。
うん、どう考えても人の上に立たせてはならない人間だよね。そりゃ、ボクではなくて従兄弟の清晃くんを将軍にしようと動くはずだよ。
こいつと仲良くやっていくのなんて、不可能な気がしてきたぞ。とほほ。