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第59話 温情は誰れのために

 京の都に戻ったボクはすぐに自身の健在を大々的にアピールをした。必ず都を守るという意思表示でもある。


 都の民を安心させた後、ボクは細川政元と会うために南東へ向かった。


 細川家の軍勢は既に山科本願寺を包囲していて、政元は現地で指揮を執っているとのことだ。


「都のすぐそばにとんでもない城を築きおって……」


 遠くに山科本願寺を見ながら、ボクは呟いた。


 山科という地は山に囲まれた小さな盆地で、防御に適した地形ではない。そんな山科で敵を防ぐためにはどうするべきか。本願寺が出した答えは巨大な土塁で寺を囲むことであった。


 この時代の寺は堀や塀で守られているものだが、本願寺の規模は異様としか言えない。その姿、まさに要塞である。


「公方様(足利義材)、久方ぶりにございます」


 出迎えてくれた政元が頭を下げてくる。


「積もる話は後だ。よくぞ丹波から戻ってくれた」


「聖寿様より文が届いたので、急ぎ引き返して参りました」


「――聖寿から?」


「はい。『本願寺に謀反の恐れあり』と書かれておりました」


 これは驚いた。おそらく妹は本願寺と何度も接触しているうちに怪しい挙動を感じたのだろう。密偵ですら気付かなかった動きに勘付くとは驚きだ。


 勘付くだけでなく、あの妹ちゃんがお寺側ではなく幕府側の利になる動きをしてくれるなんて、色々と話し合った効果が出てくれたのだろうか。感無量である。


 だけど、政元だけじゃなくてボクにも手紙を送って欲しかったな! お兄ちゃん、とっっっっっても寂しいよ!


 妹ちゃんの件は今後の課題にしておくとして、今は本願寺への対処が先決だ。


 寺内にどれだけの兵がいるのか分からないが、細川の大軍を防ぎきれるほどではないと思う。いかに巨大な土塁に守られていようが、人の数が足りなければ意味をなさない。


 しかも、ボクが諸大名に一声かければ、さらに包囲の兵を増やせる。


 本願寺の命運は尽きたと言っても過言ではない。


 細川政元と組めていないのに兵を起こした本願寺の失着である。結局のところ、彼女がキーパーソンなのだ。政元が付いた側が勝つ。


 実如も政元を仲間に引き込もうと事前に接触したかったはずである。だが、今まで政元と将軍は常に連携していた。内情はさておき周りからはそう見えただろう。下手に政元と接触してしまうと情報がボクに筒抜けになるという恐れが生じるはずだ。その恐怖から本願寺は彼女と接触できなかったのではないだろうか。


 それでも、基家くんと大和衆との三者共同出兵なら本願寺に勝算はあった。政元が完全中立の立場をとるか、もしくは彼女が丹波に引きこもっている間に本願寺が京の都を占拠してしまえば勝ちが決まる。


 だが、政元は早々に舞い戻ってきて足利将軍を支持する態度を示した。本願寺にとっては最悪で、ボクにとっては最高の展開である。


 ボクとしては感謝するしかない。


「右京大夫(細川政元)、法主の説得はあたうるか?」


「お赦しになるのでしょうか?」


 政元が驚いた顔になった。今までの態度・行動を含めると、普通なら実如は死罪相当である。


「いたずらに血を流すのは好まぬ。配流を受け入れて法主の座を譲るのであれば命だけは奪わぬし、山科の者には一切手を出さぬと約定しよう。今後十年間何もしなかったら赦免するとも伝えよ」


「ははっ、公方様の御慈悲は必ずや伝わるでしょう。一命に代えても説得致します」


 単なる温情で実如を赦すわけではない。ボクとしては今後のことを計算していた。


 理由は二つ。


 一つ目は大和と河内へ兵を早急に向かわせたいからである。長々と本願寺との対決に時を費やしたくない。


 二つ目の理由は本願寺の今後の取り扱いだ。実如を殺さない方がボクの益になるはずだ。


 まずは実如がいなくなった後の新法主を、蓮如の第五夫人さんの子息にする。まだ幼子だからボクが都合良くコントロールできるだろう。母親とは以前から仲良くしているし、たぶん上手く進む。


 そして十年後、実如を赦免して法主に戻す。新法主くんと交代というわけではなく、新たな寺を作らせてだ。


 要するに二つの本願寺を公認とする。こうすれば、本願寺の信徒は分かれて争い合うだろう。徳川家康の政策の丸パクリだけどね。


 分割して統治せよ。基本中の基本です。




 政元の説得の甲斐があって、実如は思惑通りに降伏してくれた。これで本願寺は片付いた。あとは畠山基家くんと大和衆だ。


 歴史は変わった。ここに至ってやっとボクは確信を持てたのだった。

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