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第57話 包囲網

 河内での戦いは順調そのものであった。畠山政長さんの軍勢が次々に畠山基家くん側の城を次々に攻略している。


 ボクが同行する意味があるのかと思ったりもするくらいの楽勝ムードだが、将軍旗のもとで戦えるということで兵の士気が上がっているのだろう。全くの無意味ではないはずだ。


 ボクと奉公衆は河内に入って一戦もしていない。完全にお客様である


 八月十九日。ボクは正覚寺(大阪府大阪市平野区)に入り、ここを本陣とした。


 九月七日。幕府軍は高屋城を包囲するに至った。基家くんの命運は風前の灯火となる。


 絶望的な状況なのにもかかわらず、敵は降伏する様子がない。本当にこのまま玉砕するつもりなのだろうか。


 こうなってしまうと、幕府軍としては高屋城を陥落させるしかなくなる。


 九月九日。ボクは正覚寺へ諸将を呼び集めて評定を開くことにした。


 諸将の意見は強攻策が大勢であった。総大将のボクとしても無理に反対する理由はないので、近いうちに城攻めが実施されることが決まる。


 高屋城をどう攻め落とすのかに議論が移った頃、正覚寺に早馬の使者が到来した。使者は大和国から駆けつけてきたようである。


 早馬ということで何か大変な事態が起こったと覚悟したが、案の定であった。


「大和で謀反が起こっただと?」


 その報が届いた途端に、評定が行われていた部屋の中が騒然となった。


 親政長派の諸将が大和国を離れた隙を突いて、親基家派が兵を挙げたのだ。


「皆の者落ち着け」


 ボクは意識してゆっくりと話す。


「こうなってしまったなら致し方ない。大和衆はすぐに戻るが良い。今から出れば日が落ちる前にたどり着けるだろう。河内の戦は残った者だけで続ける。そなたたちがいなくなってしまうのは、いささか心細いが、余たちは決して負けたりはせぬ」


 決して気休めではない。大和衆抜きでも高屋城攻略は可能である。


「公方様(足利義材)、お心遣い感謝致します」


「大和国の安寧が、余たちの後押しとなる。しかと頼んだぞ」


「ははっ、必ずや逆徒どもを征伐してご覧に入れます」


 正直な話、大和での反乱は想定済みである。それを含めて今回の河内遠征を計画してあるのだから問題はない。


 と思っていたのだが、続いて訪れた早馬の報にはさすがに度肝を抜かれた。


「次は本願寺が謀反……?」


 これにはさすがに二の句が継げなかった。


 本願寺の反乱も想定はしていた。しかし、大和国とタイミングを合わせて同時に発生するとは完全に予想外である。これで河内・大和・山城の三方向に敵を抱えることになってしまった。


 大和も本願寺も警戒対象として密偵を放って監視していた。それなのに目をかいくぐって連携が取れているとは、どういう秘密があるのだろうか。誰かが裏で手引きしている可能性もある。


 修験道大好きお嬢さんの顔が一瞬思い浮かんだが、今はあれこれ考えている場合ではない。


 目の前の緊急事態に対して決断をする必要がある。ボクが最高決定者なのだから。


「余は京へ戻る」


 最善かどうかは分からないが、間違いではないはずだ。京の都と朝廷を守るのが室町幕府の将軍の存在意義なのだから。山科で反乱が起こったとなると、帰京して戦うべきである。


 一度決断をしたら、あとはそれをどう実行するかだけだ。


左衛門督さえもんのかみ(畠山政長)よ、後方の守りを任せても良いか?」


「無論にございます。高屋城に籠もる小童がいかに攻め込んで来ようとも、決して通したりはしませぬ」


「苦労をかけるな」


「小童を防ぐだけなら、半分の兵でも事足りるでしょう。残りは公方様の護衛に使って下さいませ」


 政長さんは涼しい顔で兵を融通してくれた。何度も死線をくぐり抜けているだけあって、肝の据わり具合が尋常ではない。


 ボクはありがたく申し出を受けることにした。ただし政長さんの兵を半分ではなく、五分の一程度を借りる。兵数が減りすぎた政長さんがここで敗れてしまっては一大事だ。


 これで幕府軍は三分割となる。大和衆は自国に戻り、政長さんは河内で敵の反撃を防ぎ、ボクは京へ戻って本願寺と対峙する。


「日が暮れるまでに行ける所まで行くぞ。支度を急げ」


 もう正午を回っている。ここから京都まで半日はかかる行程だから、今日はどこかで一泊しなければならない。いくら急ぎとはいえ夜間行軍は避けるべきだ。街灯なんて存在しないこの時代の夜は、本当に真っ暗で危険だらけである。


 今日中にボクが他にできることは、方々へ早馬を出してボクが健在だとアピールすること。あとは京都の情勢を調べることくらいか。


 本願寺の兵数はそこまで多くないはずだ。一向宗門徒は各地に散らばっている。幕府がずっと動向を監視を続けている中、極秘裏で集めるなんてことは不可能だ。仮に集めたら、絶対にボクの耳に届いている。近郊の信者を召集するのがせいぜいだろう。


 少人数での反乱なら京の都へ攻め込むのは難しいと思われる。自分たちの寺に立てこもる羽目になるはずだ。


 京へ戻るまでの道中で本願寺の指示を受けた一向一揆が立ち塞がるかもしれないが、ボクが率いる軍勢を食い止めることができるだけの兵数は確保できないとボクは踏んでいる。


 冷静に考えると本願寺の反乱はそこまで脅威ではない。


 やはり問題は細川政元の動向だ。圧倒的な兵力を擁する細川家が本願寺と組んでいると仮定すると、京都の制圧くらい一日かからずにやってのけるだろう。それから南下してボクを撃破すればクーデター成功となる。


 兵数に劣るボクはどこかの城に立てこもって、細川政元討伐命令を各地の大名に発令するしかない。こうなると、勝っても負けてもボクと政元の仲は完全に終わってしまう。できれば回避したい未来だ。


「公方様、出立する支度が整いました」


 政元が行動を起こしていないことを祈りながら、ボクは北へ向かった。

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