第53話 次なる戦いへ
明応二年(一四九三年)閏三月。大きな出来事が立て続けに起こった。
まずは、駿河に下向していた伊勢盛時さんが伊豆に侵攻を開始。あっという間に堀越御所を陥落させた。
堀越公方の地位を簒奪していた足利茶々丸は関東へ落ち延びていったそうだ。
これらはボクが知っている歴史通りの動きである。時期が正しいのかどうかは不明だが。
盛時さんが下向して以来かなり時が経ってからの進軍だが、これは駿河や周辺国の混乱が鎮まるのに時間がかかったせいとのこと。
ともあれ、ボクの方針は変わらない。盛時さんを全面的に支持する。彼には足利茶々丸を追いかけて関東まで進出してもらいたい。
次に起こった出来事は、山城の国人たちの間で内紛が起こったということだ。
今まで国人たちの一揆の結びつきは強固で、幕府が何をやってもなかなか突き崩せなかった。
ところが先の近江遠征の結果を見て、国人たちの一部が揺らいだようだ。このまま幕府に逆らっていると、次に討伐されるのは山城の国人一揆だと。
ボクとしては今のところ討伐する気はないんだけど、都合が良いのでこのまま勘違いさせておきましょう。
あと、一揆衆が頼みにしている細川政元が、将軍と行動を共にしているというのも影響しているようだ。政元という後ろ盾がないと一揆衆は軍事的・政治的に立場が苦しくなる。
政元ちゃんがボク側に立ってくれているのは非常に嬉しい。ただ、恋仲になれる気配が全くないのは悲しい。
三つ目の出来事は、大和国で畠山政長派が盛り返したことである。
大和国には伝統的に幕府が守護を置いておらず、興福寺が実質的に守護の役割を果たしている。
興福寺は内部で対立を抱えていて、長年に渡り内紛を繰り返していた。この大和国内部の争いは、畠山政長さんと畠山義就さんの家督争いに深く関わっていく。ある者が政長さんの側に付いたら、別の者が義就さんに付いて対抗するという具合にだ。
畠山家の内訌はシーソーゲームの繰り返しで、政長さんと義就さんのどちらかが優勢になると、それに伴い大和の勢力も一変した。
応仁の乱の後は義就さんが優勢な時期が続き、必然的に大和でも親義就派が幅をきかせていた。
延徳二年(一四九〇年)に義就さんが卒去してから流れがまた変わる。後を継いだ基家くんがまだ若く父親ほどの求心力がないので、政長さんが勢いを盛り返す。
それに加えて、政長さんを一貫して支持しているボクが近江遠征を成功させた。これを見た大和の親政長派が敵方の重要拠点を次々に陥落させたのだ。大和は政長派が圧倒的優勢になっている。
うん、ボクとしては政長さんが勝つのは嬉しいよ。
だけど、こういう状況になったら、ボクも出陣しないといけなくなるわけなんですよ。以前政長さんに、大和国の基家派を駆逐したら河内国へ兵を出すって約束しているわけだし。
今まであちこちに出陣していたボクが、どうして河内国に出兵したくないかというと、明応の政変に大きく関わってくるからである。
ここでボクが知っている歴史での明応の政変についておさらいしておこう。
足利義材、つまりボクが畠山家の内訌に決着を付けると決意し、全国の大名に参陣命令を出す。もちろん畠山政長さんを勝たせるためにである。
幕府軍は河内に侵攻して次々に勝利を収めていく。
ところが出陣拒否をして京都に残っていた細川政元がクーデターを起こし、清晃くんを新将軍として擁立する。
河内に陣を構えていた諸大名のほとんどは、将軍足利義材を見捨てて撤退してしまう。
孤立した義材は政元に降伏。これにてクーデターが成功裏に終わる。
――歴史が変わっているのかどうか正直自信がないけど、ボクが河内へ行くという流れは変わっていない。
本音は行きたくない。しかし、河内出陣の約束を反故にして政長さんの信頼を失うと、今後の政権運営に支障が出る。
となると、政変が起きないように事前準備をしなければならない。
手っ取り早いのは、クーデターの首謀者である政元を今までの遠征と同じように河内へ同行させることだ。ボクの目が届くところに置いて、悪さをやりにくくすればよい。
だが、残念ながらそれは簡単な話ではない。
河内の戦いで政長さんが勝利して畠山家の分裂が終わると、幕政に強い発言力を持つ家が復活することになる。細川一強体制が終わるわけではないが、政元にとって好ましくない状況になるはずだ。そもそも、畠山家と細川家は元来幕府の主導権を争うライバル同士であった。
細川政元を出陣させるとなると、相当に魅力的なエサを目の前にぶら下げてあげる必要があるだろう。京兆家に分国を一つ渡す程度で動いてくれれば安いものなのだが、これで動いてくれるかどうか怪しい。
政元をどう懐柔するか悩んでいると、妹の聖寿が訪れてきた。
「兄上、妙な噂を耳にしたのですが?」
「どんな噂だ?」
「近々兄上が河内へ出陣なさると聞きました」
「……まだ決めかねているのに噂が先に流れているのか」
「では真の話にございますか?」
「他言無用ぞ。噂が広まっているとはいえ、余の親族が口に出したら噂ではなくなってしまう」
「無論口外は致しませぬ」
「うむ。時期が決まり次第、大々的に喧伝するから、それまで我慢していてくれ」
「それには及ばないかと存じます」
聖寿が「何を言っているんだ、この兄貴は?」みたいな顔になった。
ボクが何か変なことを言ったのだろうか。
「兄上がこの寺を出たら、いやが応でも都中に出陣のことが知れ渡りますし」
「――寺を出る?」
そうだった。ここからは出陣できないのだ。すっかり失念していた。
「いつ出て行かれますか? 早めの支度をお願い致します」
そんなに早く追い出したいのかな? お兄ちゃん本気で泣いちゃうよ?




