第52話 人材発掘
六角行高を討ち取ったという報は、京の都へ驚きをもって伝わった。
先代将軍の義煕くんが失敗した六角討伐に成功したのだ。ボクの評価はうなぎ登りである。
丹波へ遠征した時は裁判で解決したからそれほど高い評価はもらえなかったが、今回は武力制圧ということでおおいに歓迎された。
これでボクが将軍の器であると認められたはずなので、今後の政権運営が楽になる。
と思っていたのだが。
「仕事が全く片付かん……」
戦争が終わったということで通玄寺に戻ったわけであるが、ボクは政務に忙殺される日々を過ごしていた。
営業職だった前世でも結構ブラックな働き方をしていたけど、今の将軍職の方が酷い。睡眠時間を削りに削りまくっても、次々と舞い込んでくる仕事を処理しきれない。
近江遠征前は葉室光忠がいてくれたから、ここまで多忙ではなかった。将軍まで上げる必要のない些事は彼が処理してくれていたし、ボクまで届ける用件は回答を予想して事前に解決策を何通りか準備していた。
優秀な側近を失った影響がこんなところに出てきてしまった。
側近衆は他にもいるが、光忠ほど秀でた人間はいない。しかも、光忠は公家・武家・寺社のあちらこちらに顔が利いていた。こんな人物の代わりなどそうそういないだろう。
忙しく働いていると、前世の上司の言葉が頭に思い浮かぶ。あの人は「仕事で楽をしたかったら、自分と同じことができる部下を育てろ」って酒の席でいつも言っていたな。懐かしい。
そして、こんな言葉が後に続くのである。「手塩をかけて育てても、一人前にならない場合が多いけどな。結局は人材に恵まれるかどうかの運だ」と。要は当人の資質次第ってやつですよ。
こんなブラック将軍状態が続くのは嫌なので、人材を探し始めている。
葉室光忠のように一人で全てをやってのけるような人を求めるのはさすがに高望みだ。公家・武家・寺社のそれぞれを担当するように三人くらいを育成していこうかなと考えている。
公家担当は、側室たちの実家から誰かを探し出すつもりである。家同士が繋がっているなら裏切り行為なんてめったに起きないだろうし。
武家は伊勢貞陸くんに担当させたい。彼ならきっとボクの期待に応えてくれる。ただし、現在は山城の国一揆のせいで多忙だから、鎮圧してからの話になる。
問題は寺社担当だ。ボクが真面目に繋がりを持とうとしなかったツケがここで回って来た。光忠に任せておけばだいたい何とかなっていたから、完全に甘えすぎていたのだ。
そんなことを考えながら仕事を一つずつ片付けていると、妹の聖寿がボクの部屋にやって来た。
「ご多忙の中失礼致します」
「ちょうどひと段落着いたところだ。何の用件であるか?」
「何件か取り次ぎがございまして」
「どれ、見せてみよ」
将軍に物事を頼む場合、こうやって近しい人物を経由させる手法がある。これを内奏と呼ぶ。
正規ルートではない裏口ルートだからあまり良いことではない。というか、内奏には礼銭という名の賄賂が飛び交うわけだから悪と断じても良い。
ただし、それは二十一世紀での価値観の話であって、室町時代では別に贈収賄の罪を問われることはない。むしろ、お世話になった人に礼をするのが当然という感覚だ。
ボクが妹にやたらと甘いということが広まりつつあるからか、聖寿を経由させる内奏が近頃増えてきている。日野富子伯母さんルートと同じくらいに申請が通る確率が高いから、正解である。
妹ちゃんは超可愛いし、伯母さんは超怖いのだから仕方ないよね。
「これらの件を全て了承すれば良いのだな?」
今回も全面的に認めるつもりだ。別段ボクが損することはなさそうだし。
「取り次いでおいてこんなことを申すのは心苦しいのですが、この件だけは断るべきと存じます」
そう言って聖寿が手紙の一つを指さした。
禅寺の住職に任命して欲しいというお願いが書いてある。
「何か支障があるのか?」
「住職になるには定められた修行を終えていなければなりませぬ。この者はまだなので、決まりごとを破ってしまうことになってしまいます。故に断るべきかと」
よどみなく述べる妹の顔を、ボクは思わずまじまじと見つめてしまった。
「私の顔に何か付いておりますか?」
「そういうわけではないのだが――。聖寿はずいぶんと詳しいのだな」
「寺で育ったのだから当たり前にございます」
「それは確かにそうであるが……」
いましたよ。仏教関係に明るくて頭が回る人材が身近なところに。身近すぎて完璧に見落としていました。
将軍が相手でもずけずけと物を申せる豪胆さも、側近として重要な資質だ。
真面目すぎて融通が利かないのが玉に瑕だけど、この辺りはゆっくりと教育していけば良い。
女性が政治に関わることをとやかく言う輩も多いが、実力で黙らせてしまえ。日野富子伯母さんという素晴らしい前例がある。
ただし、富子伯母さんみたいにボクを委縮させるような女性は困りものだから、そうはならないでね。




