第5話 畠山政長
富子伯母さんとの同居は長く続かなかった。
うちの親父様が通玄寺に戻ると言い始めたのだ。どうやら、伯母さんと上手く行かなかったようである。
というのも、応仁の乱の最中に、親父様は富子伯母さんと政治的に対立したのだ。正確には伯母さんのお兄さんと対立したのだけど、その際に伯母さんとも敵対してしまった。
親父様がその時の件で気まずいってのは分かるけどさ、逃げるのはどうかと思うよ。ボクを将軍に推してくれているだけでも大恩がある上に、うちの妹ちゃんが通玄寺にいるのも伯母さんが尽力してくれたおかげなんだし。過去のいざこざは水に流して、大人の対応をしようよ。
こんな風に親父様を諫めたのだが聞く耳を持っていない。親父様も五十歳を過ぎて、中高年男性特有の我がままが出始めているのだろうか。
仕方がないので、ボクも親父様と一緒に通玄寺へも戻ることにした。
寂しそうな顔をした富子伯母さんには、ひたすら謝罪しまくった。前世が営業職だったおかげで頭を下げることには慣れている。とりあえず伯母さんも承諾してくれた。
こんな些事で伯母さんの機嫌を損なうのは御免こうむりたい。マメな訪問と手紙でご機嫌伺いをしていこう。そうしよう。
通玄寺に戻ったボクたちに、驚くべきニュースが舞い込んできた。前将軍の義政伯父さんが政務に復帰すると言い出したようなのだ。
二十一世紀の歴史の授業では「政治意欲を失った将軍」って教わったけど、実際の伯父さんは随分と頑張るじゃない。
義政伯父さんが権力にしがみつくのには理由がある。お金が必要なのだ。権力にお金が集まるのは古今変わらない真理である。そんなわけで伯父さんは権力を手放したくない。
どうしてお金が欲しいのかというと、山荘を造営したいからだ。義政伯父さんは家造りと庭造りが趣味で、現在進行形で東山山荘を造っている。
この山荘なんだけど、義務教育で必ず習う銀閣のことだ。個人的趣味が後世で世界遺産となるのだから、義政伯父さんの美的センスは尋常ではない。
ともあれ、伯父さんの復帰によりボクの将軍就任は先延ばしとなってしまった。
暇になるかと思いきや、そうはならなかった。何だかんだで人と会う約束で予定がいっぱいなのだ。
ボクに会いたいという人が次々に訪れてくる。やはり次期将軍候補という肩書きは強い。面会する場所が通玄寺の一室ということで、将軍候補らしい威厳なんて存在しないんですけどね。お寺に寝殿だの常御所だのないのだから仕方がない。
そんなわけで、本日ボクの狭苦しい部屋にやって来たのは畠山政長さん。名門畠山家の当主さんです。現在四十八歳。
室町幕府には将軍を補佐する管領という役職がある。幕府でのナンバーツーのポジションだ。管領に就任できるのは斯波家・畠山家・細川家の三つの家柄のみ。
本来はすごいはずの畠山家なんだけど、長らく家督争いが続いていて分裂状態だ。政長さんは従兄弟の畠山義就さんと、一時的な休戦状態を挟みながらも、三十年ほど延々と争っている。
この二人の争いは日本の歴史に大きく影響してしまっていて、例えば応仁の乱の直接的契機になってしまっている。乱の最中は東軍西軍に分かれて戦い続けた。大乱終結後も変わらずに戦闘を継続して、それが原因で山城(京都府南部)の国一揆が発生してしまった。教科書レベルの大事件に次々と関与しているんだから、とんでもなく困った人たちである。
で、畠山家の内訌はこの先の明応の政変にも大きく関わってくる。政長さんはボクの味方サイドだから粗末には扱えない。現時点でもボクを十代将軍として推してくれているわけだし、未来知識によると最期までボクに忠節を尽くしてくれるはずだ。
政長さんの実力の程なのだが、残念ながら後世での評価は芳しくない。無能呼ばわりされることすらある。原因はライバルの義就さんとの合戦で負けまくっているからだ。
ボク自身の考えではあるけど、政長さんが無能なんじゃなくて義就さんが有能過ぎるだけなんじゃないのかなと。
義就さんは幕府の敵に認定されようが朝廷の敵に認定されようが全くお構いなしに、己の将器だけで家臣団をまとめ上げて勝ち続けている。さらには、権威とかに一切頼らず河内国(大阪府東部)のほぼ全域と大和国(奈良県)の一部にまたがる実質独立国を築き上げてしまっている。この時代における最強武将と呼んで差し支えないだろう。
対する政長さんだけど、三十年もの戦いで何度も何度も負けているが、それでも戦いを継続できている。これって有能な証なんじゃないかな? 普通だったら、とっくに周りから見放されているはずだ。
このボクの個人的判断が正しいかどうかは分からない。ただ、政長さんはボクにとって数少ない信頼できる味方である。できれば優秀な武将であって欲しいな。