第49話 夜討ち
七月二十八日深夜。
部屋の外から騒々しい声が聞こえてきて、ボクは目を覚ました。
「何事であるか?」
廊下へ出てみると、近習たちが駆け回っていた。離れて控えているはずの奉公衆も集まってきている。
「て、敵襲! 敵襲にございます、公方様!」
「なんと、この目賀田城に攻め寄せて来たのか?」
「いえ、麓に敵が集っておりますが、どこへ向かっているのかは不明にございます」
近習に言われて、ボクは眼下に目をやった。確かに暗闇の中にほのかな灯りがいくつも点在している。おそらくは松明だろう。
ボクが目をこらして見下ろしていると、近習の一人が耳元で囁いてきた。
「――公方様、敵は金剛寺に向かっているのでは?」
「おそらくはそうであるな」
「金剛寺が攻められるとなると、右京大夫様(細川政元)が危のうございます」
その通りである。明朝に長光寺を攻める為に安富元家さんは現地へ移動していて、代わりに政元が入城しているはずなのだ。この近習は朝駆け作戦を知っている数少ない一人だ。
「まさかと思っていたが……」
ボクは小さく呟いた瞬間、麓の一角が明々と輝いた。
六角方が火を放ったのだろう。一際大きな火煙が立ち上り始めた。
ボクの周囲がさらに騒然となる。
「あそこは金剛寺ぞ! ものすごい火勢である!」
「有り得ぬ! 敵方にこんな余力が残っていたとは!」
「おのれ、夜討ちとは卑劣な!」
奉公衆たちが騒いでいる中、先ほどの近習が切羽詰まった様子でボクに再び耳打ちしてくる。
「――公方様、このままでは右京大夫様が!」
眼下の焔がみるみるうちに大きくなっていく。
ボクが眼下をにらんでいると、奉公衆の一人が叫んできた。
「金剛寺を助けに向かいましょう! 公方様、何卒御下知を!」
「助けを出したいのはやまやまなのだが、この夜闇を進軍するのは……」
ボクが煮え切らない返事をしていると、また新たな異変が起こった。
金剛寺のすぐそばの山、つまり観音寺城に無数の光が出現したのだ。
「あれは観音寺城のお味方か?」
「数え切れないくらいに灯火が輝いているぞ!」
奉公衆たちの叫びに呼応するかのように、光の数が続々と増えている。
その光の群れは山の下へ向かっていき、燃えさかる金剛寺へと近付いていく。
「細川家が動いたか。ならば、余たちは出陣しなくても構わぬな。何か新しいことが分かったら起こしに参れ」
ボクは一人寝室へ戻った。
そして、ボクは大きなため息をついた。
憂鬱だ。
政元が狙われるのはこれで三回目になる。もう偶然では済まされない。誰かが敵に情報を流しているのだろう。
幸いなのは、政元本人が無事だということだ。これは朝駆け作戦以上に知る者が少ない極秘情報である。
金剛寺が燃えてもボクが全く動じなかったのはそういうわけだったのだ。
「……それにしても不自然極まりなかったな」
近習や奉公衆たちが明らかに不審そうな目をしていた。
もっと演技力をつけないとダメだな。と反省をしながら床についたのであった。




