第46話 日野川の戦い③
宗益さんたちと合流して間もなく、敵と遭遇した。
池が点在する平地だ。移動に苦労しそうだが、遮蔽物がほとんどないので飛び道具が有効そうな場所でもある。
「会敵したぞ! 皆の者かかれぇ!」
ボクの指示が飛ぶと、奉公衆と足軽衆が雄叫びを上げながら前進を始める。
敵もボク達の存在に当然気付く。
「新手だぁ! 横から敵が現れたぞ!」
すぐに弓矢の激しい応酬となった。
「むやみに矢を撃つでない! よく見極めよ!」
今回の戦いでは、ボクは指揮に専念するつもりだ。相変わらず体調が思わしくない。こんな状況で戦ったら味方の足を引っ張ってしまう。
そうこうしているうちに、飛び道具の撃ち合いから歩兵同士のぶつかり合いに戦いが移行している。
「ひるむな!」
「とにかく槍を振り下ろし続けろ! 休むことなかれ!」
前線から怒号が聞こえてくる。
勢いはこちら側が優勢のようだ。取りあえず横槍は成功したということだろう。
「押し切れ! 敵の陣を乱すのだ!」
ボクは声だけでの参戦である。
敵を混乱させたらすぐに撤退する腹づもりだ。既に宗益さんたちとはそう話し合ってある。
しかし、なかなか敵陣は崩れない。それどころか続々と兵が集まってきている。
「公方様、敵の守りは堅固! 乱れる様子はございませぬ!」
伊勢貞陸くんが報告してくる。
「何が起こっている? 何故に敵が集結してきているのだ?」
「おそらく、ここに公方様がいると気取られたのではないかと存じます」
「ああ、余の首が欲しいのか」
ボクは自分の首元をトントンと叩いた。
敵の総大将の首級なんて大手柄も大手柄だ。しかもボクは六角の将兵に恨みを買っているだろうし、狙われて当然である。
「こちらは兵の数を増やせぬ。ならば策を弄するしかない。――宗益入道をここへ連れて参れ」
ボクは宗益さんに託すことにした。彼の実力はつい先日目撃したばかりだ。あの弓馬の腕前を存分に発揮してもらいたい。
間もなく、僧形の武者がボクの前に現れた
「参上致しました、公方様」
「このあたりは足場がやわらかい。馬を駆け回らせるのは難しいか?」
「この程度のぬかるみ造作ございませぬ。乾いた道を進むがごとく、戦場の隅から隅まで駆け回って見せましょうぞ」
「ならば、奉公衆の中から乗馬に長けた者をそなたに預ける。敵陣を乱すのだ」
宗益さんに命令するのと同時に、奉公衆から実力者を次々に指名していく。
すると、選ばれた者の中に不満そうな顔が見えた。宗益さんの下につくことに抵抗があるのだろう。家の格だけなら奉公衆の面々が上なのだから。
ここは事前にフォローしておかないとダメか。
「若く有望なそなたたちに、弓上手である宗益入道の技を見て覚えてもらいたい。そして、その技を他の奉公衆へ伝えよ。これはそなたたちの腕前を上げる好機であり、また奉公衆そのものを底上げする方策でもある」
「――公方様の御下知、しかと承りました」
よし、ちゃんとやる気になってくれた。
「となると、拙僧が率いている足軽衆は公方様にお預けしてよろしいでしょうか?」
「無論である。きちんと面倒をみるさ」
「承知致しました。――これより敵をかき乱す。拙僧について参れ!」
宗益さんを見送った後、ボクは前線へ向かった。足軽たちを統率しなければならない。
すぐに足軽頭を見つけることができたので、声をかける。
「宗益入道は敵の脇腹をつくために分かれて動いておる。ここからしばらくは余の下で戦え」
「へぇ、それは良えのですが、敵の数がどんどん増えておりますわ」
「ここで踏ん張れば大手柄であるぞ」
「そうは言っても、足軽はお侍様と違って命を惜しむ者ばかりですわ」
「逃げるならば無理に止めはせぬ」
ボクは馬上で弓を構えた。腕の傷が少し痛むが、矢を射るのにそれほど影響はない程度である。
「将軍様も戦うので?」
「兵が足らぬ。身分だの立場だの言っている場合ではない」
「――ここで将軍様をお守りしたら、すんげえ手柄になりますかね?」
「そなたらの人生が一変するくらいの褒美を出しても良いぞ。あと、上等な酒も振る舞おう」
「いやはや、将軍様は人を動かすのが上手みたいで。そう仰ってくださるのならお付き合いさせて頂きますわ」
足軽頭は決心したかのように頷き、そして大きく叫んだ。
「良く聞け、足軽衆! この戦いに勝ったら大手柄になるで! 逃げちまったら食うのに困る日々にまた戻ってまう! 生きたいならこの場で戦え!」
その声に呼応して、足軽衆から大きく賛同の声が上がった。
「皆の者、感謝致す」
「感謝の気持ちは褒美でお願いしますわ、将軍様」
ニカッと笑い、足軽頭は前線へ向かっていった。
宗益さんたちが敵をかく乱してくれるまで踏ん張りどころである。
しかし、情けないことにここでボクの体力の限界がきてしまったようだ。おそらくまた熱がぶり返してきている。
馬にまたがって弓矢を構えるのも辛くなってきた。このままだと落馬してしまいそうである。
それだけは許されないから、ボクは素直に下馬した。
「いかがなされましたか、公方様?」
「馬沓が合ってないようで、馬がむずがっておる」
周囲からの疑問には適当に誤魔化しておく。
「すぐに替わりの馬をお持ち致しまする」
「いや、馬はできるだけ休ませておけ。余はこれより歩射にて戦う」
軽く足踏みして地面を確認してみると、ぬかるんでいて踏ん張るのが難しそうだ。
ただ、この辺り一帯が似たような地形条件と思われる。ならば敵も同じだ。
腹をくくって、一心不乱に矢を番え続ける。
何回か体のバランスを崩して周りを心配させてしまうが、足場が悪いせいだと言い訳して済ませた。
何だかんだと誤魔化してきたけど、とうとう立っているのも辛くなってきた。
もう限界だ。
そう思った瞬間、周りから歓声が上がった。
「宗益様がやったぞぉ!」
「伊庭出羽守を射止めたそうな!」
ボクは自分の耳を疑った。まさか六角家の重臣を討ち取るなんて、想像すらしていなかった。
この戦果が事実なのか誤報なのか現時点では不明だ。しかし、利用価値は十二分にある。
「宗益入道が敵将を討ち取った! 我らも負けてはおれぬぞ!」
ボクは声を張り上げて周りを、そして自分自身を鼓舞した。そして、戦況を確認する。
重臣を失ったという報のせいか、敵軍に大きな動揺が見てとれる。
あと少し。あと少し押せば敵は大混乱に陥る。そうすればボクたちは撤退できるのだ。
かといって、病人のボクが前に出ても仕方がない。引き続き弓矢で援護するのが正しいだろう。
「矢はどれほど残っておる?」
「――公方様が射る分ならまだ平気にございます」
「他の者の矢は少ないということか。敵が放ってきた矢をできるだけ多く拾うのだ。ただし、無理には拾いに行かないように」
やはり矢の残り本数が減っているようだ。こちらの状況は結構厳しい。
「矢が足りないのならば、一本一本を必中させていかねばなるまい」
そう強がって弓矢を構えるが、体調不良で朦朧としている状態では狙いがおぼつかない。
何か適当な言い訳をしてしゃがみ込もう。周りの士気が心配だが、倒れるよりはマシなはずだ。
ボクがそう考えた時、またしても歓声が上がる。
「安富様が駆けつけてくれたぞぉ!」
まさに間一髪。安富元家さんの部隊が到着してくれたようだ。
さらにもう一つ朗報が届く。
「讃州家も来てくれたぁ!」
細川材春くんも間に合ったようである。
新たな援軍の到来で形勢は完全にこちら有利となった。一挙に戦線を押し上げていく。
「敵兵が退いていくで! わしらの勝ちや!」
足軽頭の声が耳に聞こえてくる。
六角軍は細川政元本陣を落とすことも、ボクの首級を獲ることも諦めて退却を始めたようだ。
本当に助かった。ボクは近くの木に寄りかかって座り込んだ。
一応、追撃の命令を出したが、どこまで追えるかは不明である。大勝ならばこのまま六角の本拠地観音寺城まで一気に攻め落とすという皮算用をしていたのだが、残念ながらこちらの被害も大きい辛勝だ。そこまでの戦果は望めないだろう。
それでも勝ちは勝ちだ。
戦術目標である「三上城救援部隊を撃退する」を見事に達成することができたのである。
ついでに、ボク個人の目標だった「細川政元を守る」も成し遂げた。
「公方様、申し訳ありませぬ。またしても恥をさらしてしまいました……」
戦闘終了後、ボクと対面した細川政元が頭を下げた。見るからに意気消沈している。
「どうにも此度の戦では、右京大夫(細川政元)は運がないようであるな。しかし、それでも勝ち続けておるのだから、まだ運に見放されているわけではなさそうだ。気に病むでない」
「かくなる上は、山に籠もって心身を清めるしかありませぬ」
「籠もるな」
どさくさに紛れて戦争中に修行しようとするなよ。厄落としになるのかもしれないけどさ。
「ともあれ、今日のところはゆっくり休め。明日からもまた忙しいぞ」
本音はボクが一番休みたい。今までやせ我慢で頑張ってきたけど、いかんせん辛すぎる。
「山へ入る意義を公方様にきちんと伝えなければならないようですな」
「聞きたくないわ! 今日はもう黙って寝ろ!」
三上城を巡る攻防は、なんとか幕府軍が勝利を収めた。これ以後は三上城の屈服、さらには観音寺城攻略を目指していくことになる。
ボクの病気は幸いにも数日で治り、万全の状況で次の戦いに挑めることになったのであった。




