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第45話 日野川の戦い②

 鈎を発ったボクたちは、三上城包囲の一角を任せていた伊勢貞陸くんとまず合流した。


「三上城の動きはどうだ? 出てくる気配はあるか?」


「いいえ、全く動きはありませぬ」


「そうか、ならば兵を半分だけここに残して、余について参れ」


 ボクは貞陸くんに事情を話した。


「それで公方様御自ら動くと?」


 彼が渋い顔をする。


 そんな反応するのは当然だ。総大将が前に出るなんて下策も下策である。けれども、ボク自身が心を抑えきれないのだから仕方ない。先日葉室光忠から「無茶をするな」と釘を刺されたが、早速無視することになってしまった。


「――承知致しました。公方様に従いまする」


 少し考えた後、貞陸くんが頷いてくれた。


 実に有り難い。これでボクが率いる部隊は六百人程度の兵数となった。

 もう少し集めたいところだが時間がもったいない。現状でも結構な人数だし、このまま軍を進めることにする。


 伊勢貞陸くんと合流して再び東進を始めたボクたちだったが、すぐに軍勢と遭遇した。


「この先にいるのは細川方にございます! お味方故に矢を射かけぬように!」


 物見の兵が大声で注意を呼びかけてくる。


「隊を率いる将をここへ呼んで参れ」


 ボクが指示を出すと、すぐに長身の僧がやって来た。


「拙僧がこの足軽衆を率いる者にございます」


「そなたか――」


 僧侶らしからぬいかついその面構えに見覚えがある。澤蔵軒宗益さんだ。


「戦いがどうなっているのか余に教えて欲しい。右京大夫(細川政元)の陣が攻められていると、余は思っているのだが」


「ご明察の通りにございます」


 六角軍の攻撃を受けた細川政元だが、かなり押し込まれているものの何とか持ちこたえているとのことだ。前線の兵を山上まで退かせて耐えているらしい。


 味方の援軍はそれほど集まっていないようである。六角が陽動の兵を置いて牽制しているのだろう。


「このままでは本陣が崩れてしまう恐れがあります故に、我が殿は敵に横槍を入れるつもりにございます。それで拙僧は足軽衆を預かった次第」


「なるほど、横槍に向かう途上で余たちと出会ったわけか」


「左様にございます」


「ならば問おう。余は右京大夫の陣へ向かうべきか? それともそなたと一緒に行く方が良いか?」


「――公方様が?」


 宗益が目をしばたたかせる。


 奉公衆たちもざわつき始めた。


 それらを全て無視してボクは宗益に話を続ける。


「そなたの勇武は耳に入っておるし、この目で直に見た。敵を追い払うのに最も良き手立てを考えてもらいたい。きっと正しき方策を選べるであろう」


「拙僧を信じて頂きまして光栄に存じます。ならば、共に戦って頂きとうございます」


「ふむ、右京大夫の陣はまだ平気ということか」


「それもありますが、奉公衆の皆様は騎乗されている方が多いので、山中に入るよりは麓で戦う方がよろしいかと」


「相分かった。――聞いての通りである。これより敵の横をつく」


 ボクは奉公衆たちに決定事項を言い聞かせる。


 足軽と一緒に戦うということで不満が漏れてくると思っていたが、意外にも誰も文句を口にしなかった。


 ホッとしたのも束の間、足軽たちの方から苦情が出てきてしまった。


「わしゃあ嫌ですぜ」


「どうせ、わしらが楯にされるだけじゃ」


「そうじゃそうじゃ。宗益様、考え直してくだせえ」


 足軽たちが口々に苦情を申し立てる。


 激高しかかった奉公衆を制して、ボクは足軽衆に声をかけた。


「そなたたちの頭は誰だ?」


「わしですわ」


 額に傷がある男が前に出てきた。


「我々と共に戦うのは嫌なのか?」


「当たり前でさぁ。わしらは曲がりなりにも細川京兆家に雇われた身だってのに、どこぞのお偉い様にこき使われるなんて有り得ませんわ」


「……ひょっとして余が誰なのか分かっておらぬのか?」


「くぼうさまだか、お坊さまだか、ゴボウさまだか知らんけど、ずいぶんと偉そうにしているってことだけは分かりますわ」


 なるほど。分かっていないのなら仕方がない。


 時間は惜しいが、ボクの口から説明するのではなく、彼らが自力で気付いてもらえるようにしようかな。納得しないままの足軽たちを率いるのは、戦場で危険を抱えることになりかねない。


「足軽衆の中に字を読める者はおらぬか? この旗の文字を読んでみよ」


「そりゃおりますわ。――おい、坊主崩れを呼んでこい」


 足軽頭が命令すると、小柄な男が連れて来られた。


「へぃ、旗を読めとのことで――。ひぃ!」


 その男は旗を見た途端に平伏した。


「か、頭。皆に頭を下げるよう言ってくだせえ!」


「おい、どうした?」


「初めて見るけど、この旗はきっと牙旗がきに違いありませんで」


「牙旗ってなんだぁ?」


「将軍様の御旗でさあ」


 この言葉を聞いて、足軽たちが一様に平伏した。


 ――水戸のご老公の印籠みたいな効力だな。心の中でツッコミを入れておく。


 足利家の家紋も描かれているんだから、文字を読めなくても気付いて欲しかったぞ。庶民にも覚えてもらえるよう知名度向上を目指すことも考えておこう。


「頭を上げよ。別に咎めたりはしないから、安心して戦って欲しい。手柄を立てれば、余の方からも褒美を出す」


「――公方様、相談なく好き勝手に褒美を配るのはおやめ下さいませ」


 後ろに控えていた伊勢貞陸くんに釘を刺されてしまった。非常時なんだから少しくらい大目に見てよ。


 ともあれ、これで問題なく宗益さんの軍勢と合流できた。


 心強い味方を得て、ボクたちは作戦地点へ急ぐのであった。

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