第43話 夜の訪問者
その夜、寝支度をしていたボクのところに政元がやって来た。
面会を断ろうかとも一瞬考えたのだが、戦況に何か変化が起こったかもしれないので了承をした。体調が悪いのにそれを隠して昼間ずっと働いていたから、できれば早く休みたかったのだが。
「夜分に失礼致します、公方様」
政元がボクの寝所に入ってきた。今日のところは彼女もボクと同じく鈎に在陣している。
大将格の二人が同じ場所にいるのは危機管理の面からよろしくないのだが、三上城を囲むことに人的資源を優先して回したせいで、ここ以外に安全な場所を確保できていないのだから仕方がない。数日中には別々の陣になる予定である。
「して、何用であるか?」
「公方様に薬をお持ちしました」
「――え?」
「もっと早くお渡しをしたかったのですが、公方様が具合の悪いことを隠しているようなので表立って渡せずに遅くなってしまいました」
「余が風邪をひいていると気付いておったのか?」
昼間に光忠から一回顔色を指摘されたが、他には誰にも気付かれていないつもりだった。
「半頬を付けて隠していらっしゃったようですが、辛そうな様子が時折見えましたので。矢傷を受けた者は熱を出しやすいから、公方様もきっとそうなのだろうと目星をつけておりました」
「見抜かれていたか……」
「無論、他言は致しませんのでご安心を」
言いながら、政元は丸薬を差し出してきた。
「――この薬、見覚えがあるぞ。陀羅尼助か?」
「左様にございます」
「以前もらった時は胃腸の薬と聞いたはずだが?」
「様々な病に効くのが陀羅尼助です」
彼女が自信満々に言い切った。
そこまで言われてしまっては信じるしかない。
ボクは金瘡医に傷の経過を診てもらっているのだが、体調不良に関しては嘘で通した。
ここで政元から薬をもらえるのは僥倖である。
「では公方様、今宵は鎧を脱いでお休み下さいませ」
「ここは戦場ぞ。武具を外すわけにはいかぬ」
「必ずや細川がお守り致します。今はお体を労って下さいませ。今後の戦いの為にも」
何やら張り詰めた表情で政元が下を向く。
そんな彼女の様子を見て、ボクはふと思い当たった。
「余が怪我をしたのは別に右京大夫のせいではないぞ」
こう声をかけたら、政元が弾かれたように顔を上げた。
「女が戦場にいるから悪いことが起こるとか考えておるのだろう? そんな考えは捨てよ。余が矢を受けたのは未熟だった故だ」
「いかなる武辺者でも運に見放されたら命を落とします。だから皆が縁起を担ぐのです」
「頭が固いのお。縁起やら何やらで人が死ぬなら、余はとっくの昔に本願寺の呪詛で死んでおるぞ。――そういえば、呪いのことをすっかり忘れておった」
「公方様、それはあまりに気楽すぎではないかと……」
思い切り呆れられてしまった。
「早く風邪を治さないと本願寺の勝ちになってしまうではないか。それは癪だから早く復調せねばならぬな」
「勝ちとか負けとかそんな程度の低いお話ではないと存じます」
「余にとって呪詛やら縁起やらは囲碁将棋の勝ち負けよりもどうでも良い話だ。そんなわけだから、右京大夫は一切気をもむな」
「はあ、公方様がそう仰るのでしたら……」
毒気を抜かれたような顔で政元が頷いた。
「それでは、ワシはもう退散致します。公方様、今宵はごゆるりとお休みください」
「うむ、そうさせて頂く」
「おやすみなさいませ」
政元が一礼して退出しようとする。
その背中にボクは声をかけた。
「薬を持ってきてくれてありがとう。言い忘れていた」
政元は首だけボクの方に向け、恐れ入りますと言って部屋から出て行ったのであった。




