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第4話 日野富子・清晃

 通玄寺に住むつもりだったボクたち親子だったが、すぐに引っ越すことになってしまった。


 母方の伯母である日野富子ひのとみこが生活している小川こかわ殿に、ボクと親父様は移り住むことが決まったのだ。


 日野富子。八代将軍義政の御台所(正室)であり、九代将軍義煕の実母でもある女性だ。


 後世では「日本三大悪女」とか呼ばれたりしている。応仁の乱勃発の元凶だとか、東軍西軍を問わずに大名たちへ戦費を貸し付けて利子収入を得たとか、米を買い占めて暴利をむさぼったとか、伝わっている悪行は枚挙いとまない。これらが本当なのかどうか怪しいけどね。特に応仁の乱の元凶扱い。


 確実なのは、彼女は非常に優秀な女性で幕政に大きく関わっていること。現在では将軍家の実質的家長の立場にあるということ。そして、甥っ子であるボクを次代将軍に推してくれているということだ。


「真にお久しゅうございます」


 出迎えてくれた富子伯母さんは天女のごとく美しい人だった。


 この人、数えで五十歳のはずなんだけど、まだ三十代だと紹介されても信じてしまうくらいに若々しいぞ。アンチエイジングなんて概念はこの時代では存在していないはずなのに。やはり本物の美女というのは若く見えるんだなと感心してしまう。


 伯母さんは実の息子を亡くした直後だというのに、気丈にも明るく振る舞ってくれている。ボクたちに気を遣わせないためなのだろうか。


 我が子の訃報を聞いて富子伯母さんが悲嘆に暮れたという話は、ボクの耳に届いている。そんな健気な伯母さんの期待に応えて立派な将軍を目指したい。


 いや、目指すのではなく、立派な将軍にならないといけないのだ。どういうわけがあったのかは分からないけど、富子伯母さんは明応の政変で細川政元を支持するのである。それどころか、ボクを毒殺しようとする。


 恐ろしいよ! やっぱり悪女なんじゃないかな。未来を知っているせいで、知らない親戚の家に初めて訪れた幼子のようにボクはガチガチに緊張してしまっている


 ただ、現時点では富子伯母さんはボクのことを悪く思っていなさそうだ。このまま良好な関係を保っていきたい。


「母親の面影がありますなあ」


 伯母さんがボクの顔を見て、懐かしそうに目を細めた。


 ボクの母親は日野良子よしこ。富子伯母さんの妹だ。母は応仁の乱の最中に他界している。


 伯母さんがボクを将軍に推挙してくれているのは、日野家の血を引いているからという事情がある。富子伯母さんは日野の影響力を将軍家に残しておきたいのだ。


 よっぽどのことをしなければ嫌われないはずなのに、歴史上のボクは何をやらかしたのやら。


 さて、富子伯母さんの屋敷に引っ越しを済ませた後、とあるお寺にボクは向かった。どうしても会っておきたい人がいるのだ。


 ボクが向かったのは天龍寺てんりゅうじ。こちらも将軍家ゆかりのお寺である。


「お初にお目に掛かります。清晃せいこうと申します。以後お見知りおきを」


 恭しく挨拶してくれたのは、若いというか幼いお坊さん。ボクの従兄弟である清晃くんだ。現在数えで十歳。


 この子が次代将軍レースのライバルだったりする。このまま歴史通りに進むと、明応の政変で彼が十一代将軍義澄よしずみとなり、その後将軍復帰を目指すボクと生涯にわたって殺し合いを繰り広げる間柄になるのだ。


 そんな未来は回避したいから、子供のうちに懐柔しておこうかなと考えている。「優しい従兄弟のお兄ちゃん」くらいに思ってくれたらクーデターを嫌がってくれるんじゃないかなと淡い期待を抱いてみたり。


 悪い大人たちが、どうせ良からぬことを吹き込むんだろうけどね。例えば細川政元とか。


 ともあれ、今日はお饅頭を持ってきたぞ。間水けんずいの時間にでも食べてよ。間水というのは、朝食と夕食の間に食べる軽食のことだ。


 アレ? お寺に間水の時間ってあったっけ? まあいいや。これからもお菓子を持って訪れよう。子供を手なずけるのならば美味しい食べ物が一番でしょ。


 ボクが富子伯母さんに嫌われない限り、この子が将軍になることは難しいと思う。というのも、血筋に理由がある。


 ボクの親父様は、八代将軍義政の弟。清晃くんのお父さんは、義政の兄。ここまでは血縁的に互角。


 差があるのは母親だ。ボクの母親は日野家の娘。清晃くんのお母さんは武者小路むしゃのこうじ家の娘。清晃くんはこの点で富子伯母さんからの支持を得られない。


挿絵(By みてみん)


 先々代将軍である義政伯父さんがまだ存命だというのに、将軍後継者を決めるだけの権力を富子伯母さんが持っているのだ。本当にすごい女性である。


 取りあえず、清晃くん取り込み作戦は続けていくよ。将来の敵は一人でも減らしておくべきなんだから。

日野良子の死没年は不詳ですが、1470年という説を採用しています。

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