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第38話 近江親征開始

 延徳四年(一四九二年)六月二日。近江遠征が開始された。


 改元は来月の予定なので、延徳年間で発生する大事件はこれが最後になるだろう。


 都から出陣するのは、ボクが率いる奉公衆と細川政元が率いる細川一門衆。丹波へ出陣した時と一緒だ。ただし細川家の兵数は八千人と前回よりも減っている。今回は外征だから仕方ないことだ。それでも六角の全軍よりも多いだろう。


 さらに近江北部の京極家、美濃の土岐家、伊賀の仁木家、伊勢の北畠家と一色家も参戦する。


 四方からの攻撃を受ける六角行高だが、それでも抗戦するつもりのようだ。先代将軍義煕くんに攻められた時のように、甲賀の山に逃げ込む算段なのだろうか。


 ともあれ、京の都を出たボクは三井寺(滋賀県大津市)に入った。ここが当面の本拠地である。


 もっと東に行こうと思ったのだが、政元にたしなめられてしまった。確かに総大将が前に出るのはよろしくない。おとなしく従った。


 代わりに政元が東へ進んだ。彼女はまがり(滋賀県栗東市)にて部隊を指揮している。


 鈎というのは、かつて義煕くんが陣を敷いた場所である。今回の戦でも拠点として使用することになった。


「六角勢はほとんど戦う素振りを見せていないようにございます」


 伊勢貞陸くんがボクに戦況を報告をしてくる。


 六角は無理をせずに兵を後方へ退いたようである。


「鈎の東対岸にある三上城(滋賀県野洲市)は元より公方様に従っております故に、あの周辺は我らがほぼ押さえたかと」


「となると、敵方はどこで迎え撃って来るかだが……」


挿絵(By みてみん)


 ボクは床に地図を広げた。六角方の城がいくつか書き記されている。寡兵で大軍の侵攻を食い止めるのが城の役割だ。この中のどこかで迎撃してくると思われる。


「右京大夫殿(細川政元)がさしたる抵抗を受けずに鈎へ入れたということを踏まえると、六角は相当に東で待ち構えるつもりかもしれません」


 貞陸くんが地図に指を置きながら話す。


「我々を奥まで招き寄せようということか」


「北の守りに兵を多数割いていて、西の守りがおぼつかないとも考えられまする」


 湖東地域を貞陸くんが指さした。


 この辺りでは、京極と土岐が共同で進軍しているはずである。湖東地域を失うと、六角氏の居城である観音寺城(滋賀県近江八幡市)が脅かされるから、貞陸くんが指摘するようにこちらの守りを重視しているのも納得ではある。


 しかし、西からの攻撃を無視できるはずがない。どこかで待ち構えているはずだ。


 近江南部へは北畠と一色と仁木がそれぞれ侵攻している手筈である。こちらは山間部なので進軍速度が遅いとボクは思っている。


「伊勢守(伊勢貞陸)よ、将兵たちはどうしておる? よもや喧嘩とかしてはおらぬよな?」


 丹波の時に引き続き、今回の戦争も後方待機ということで、奉公衆に不満がたまることが予想される。こまめに様子を確かめておかねばならない。


「出陣から間もないので、まだおとなしくしております」


「それなら良い。安心したぞ」


「いつまで我慢できるかは分かりませぬが」


「とにかく暇にさせないことだな」


「そうそう、公方様がお考えになった将棋にございますが、あれが流行っているようです。近頃は囲碁よりも多く指されているとのこと」


 本将棋が浸透し始めているようだ。ボクが考えたというのは語弊があるが、前世の知識うんぬんと説明する気はないので放置している。


「将棋が強い者に褒美でも出すか。皆が将棋に励めば多少は暇つぶしになるだろうし」


「承知。こちらで支度しましょう」


 貞陸くんも異議を唱えない。実は細川政元から献上があったので、財政に多少の余裕があるのだ。その額、丹波遠征の時と同じく一千貫(およそ一億円)。


 うらやましいくらいにお金持ちである、細川家は。将軍家と比較にならない。


 彼女からの献金の副作用として、足利義材と細川政元の仲は相変わらず良好であると世間に印象付けることができた。ボク個人の見解としてはそこまで仲良くなっていないと思うんだけどね。悲しいなあ。


 ただ、周りがそう思うことは大事である。特にこの近江遠征においては。


 京の都のすぐ東に山科本願寺が存在しているのだ。出陣中に本願寺が挙兵したら、ボクと政元は退路が断たれてしまう。


 本願寺としては、ボクのことは憎くて仕方ないだろうが、貴重な理解者である政元には戦を仕掛けたくないはずだ。今回の遠征中に事を起こすことは考えられない。


 将軍家と細川家の仲が良いと思っている限り、本願寺は呪詛くらいしかできないのだ。


 ……うっかり、ボクが政元を怒らせたりしたら、とんでもないことになっちゃうかもね。彼女の機嫌を損ねてはならない。肝に銘じておかなくては。


「ところで伊勢守よ、出陣前に親子喧嘩をしたと風の噂に聞いたが、真のことか?」


「……公方様はお耳が早いようで。ご存じの通り、父と少々口論を致しました。父は此度の近江遠征をどうも快く思っていないようでして」


「親と考えが食い違うことは良くあることぞ。余も苦労をした。ただ、父君を粗末に扱うのだけはやめておけ。後々に悔いることになるから」


「公方様のお心遣い、真に痛み入ります」


 貞陸くんも親子間で問題を抱えているようだ。政治的な考え方のせいで親子間が不穏になるのはボクも経験している。


 おせっかいかもしれないけど、彼は親子関係で失敗して欲しくないものである。


 大失敗したボクの老婆心だ。

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[気になる点] オセロ作ればいいのに。 オセロの方が簡単だし
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