第34話 帰京
「やはり京の民は動揺しているか……」
京の都に戻ってからの率直な感想だ。往来を慌ただしく早足で歩いている者もいるが、都は閑散としている。多くの者は家に籠もって己の安全を確保しているようだ。
遠く離れた東国での事件ではあるが、都にも禍乱が降りかかると人々は予感しているのだろう。
「余が都に戻ってきたと各所に触れ回れ。あと、内裏へは急ぎで御挨拶にお伺いしたいとお伝えせよ」
とにもかくにも都の混乱を鎮めるのが最優先である。
それにはまず、トップが健在であることをアピールするのが大事だ。参内するのはイメージ戦略に持ってこいである。
次にボク自身の言葉で民の不安を取り除く。マスメディアもソーシャルネットワークサービスも存在しない時代だから、伝聞の形になるだろう。それでも上の者の言葉を伝えるのは大切だ。噂話を触れ回る人材を元より抱えているし、ボクが最近懇意にしている山伏たちもこういう時にも役に立つ。
伝達すべき事柄はとにもかくにも治安維持の強化だろう。すぐに普段通りの生活に戻れるのだと民衆を安心させてあげるべきだ。
もちろん、伝えた言葉を実行に移さなければ民からは信用されない。侍所に治安の強化を命じた。非常事態時につき、政所の伊勢家と細川京兆家にも治安維持の協力を依頼する。
あれこれ頑張った甲斐があったのか、翌日には都は落ち着きを取り戻しつつあった。
一応の目処が立ったので、ボクは小川殿へ向かうことにした。母親と実弟を亡くしてしまった清晃くんの見舞いである。
「公方様(足利義材)、わざわざ気にかけて頂き感謝致します」
ボクを出迎えた清晃くんは目を真っ赤に腫らしていた。
そんな彼にかける言葉などあるはずもないのだが、とにかく慰めるしかない。そして、最後に尋ねてみる。
「余はそなたの兄を討とうと考えておるのだが、構わぬか?」
ボクの言葉を聞いて、清晃くんの目に昏い光が宿る。そして吐き捨てるように言った。
「茶々丸は兄などではありませぬ! 憎き仇にございます!」
「――ならば、余が代わって仇討ちをするということで良いか?」
「力なき愚禿の代わりに仇を討って頂けるとは、このご懇情は一生忘れませぬ」
「ふむ、そなたがそう言うのなら、伊豆の謀反人を誅するよう話を進める」
清晃くんの許可が取れたということで、伊勢盛時さんを派遣することへの支障がなくなった。
天龍寺から一条御所に戻ったボクは、再び政務に戻った。家臣たちもボクの指示に対して精力的に取り組んでくれている。
特に丹波へ一緒に行った家臣にその傾向が見える。少しは信頼してもらえるようになったのかもしれない。もしそうなら向こうで頑張った甲斐があったというものである。
ここで気になるニュースが舞い込んできた。本願寺の指導者、蓮如が病に倒れたとのことだ。かなり重篤らしい。
彼は現在七十七歳ということで別段驚くような話でもないのだが、未来知識によると彼は八十歳を超える長寿だったはずだ。ここは持ち直すのだろう。
ここで蓮如が他界してくれるとボクの本願寺分断策が進むのだが、もう暫く待たなければならないかな。




