第3話 京の都へ
近江へ出陣予定だったボクだが、結局出発できなかった。またもや状況が一変してしまったのだ。
三月二十六日、九代将軍義煕くんが帰らぬ人になってしまったのである。
これにより、幕府軍の撤兵が決まり、ボクが義煕くんの代理になる必要がなくなってしまったのだ。
出陣は叶わなかったが、ボクと父は京の都へ向かう準備を進めていた。もちろん将軍の葬儀に参列する為である。
ところが、ボクたちの参列を幕府が拒否してきたのだ。
「何ということだ……」
ボクの父、足利義視がその報を聞いて嘆く。
そうは言っても、参列できない原因の大部分は親父様にあるんだよね。
というのも、参列阻止をしたのが、有力大名の細川政元だからだ。
話は応仁の乱まで遡る。各地の守護が東軍西軍に分かれて大きく争った。
東軍のリーダーは細川勝元。細川政元の実の父親だ。そして、親父様の兄であり義煕くんの父親でもある八代将軍足利義政伯父さんも、紆余曲折あったものの東軍を支持した。ボクの親父様は当時の次代将軍候補で、義政伯父さんに同調して東軍の総大将を引き受けた。
ところが、親父様は総大将なのにもかかわらず西軍に寝返ってしまったのだ。親父様に同情すべき点もあるが、完璧な背信行為である。
つまり、政元から見ると、親父様は許すことができない裏切り者なのだ。
長引いた大乱は東軍側の勝利に終わり、親父様は長男のボクと一緒に都落ちする羽目になった。
乱が終結してからまだ十年ちょっとしか経っていない。遺恨は確実に残存している。
「……困ったな」
ボクは独りごちた。
細川政元が既に敵対姿勢であるという事実が厳しい。というのも、彼が明応の政変の首謀者なのだ。面識もないというのに、もう政敵なのかと思うと頭が痛くなってくる。
「困っている場合ではないぞ」
親父様がボクの独り言を聞き取ったようだ。
「このまま美濃に留まっていたら、お主が将軍になれぬかもしれぬ。葬儀に顔を出せないとしても、都へ向かうぞ」
親父様の言う通りである。将軍後継レースはこれからが本番だ。ライバルは既に京の都で生活をしているのだから、ボクも行かなくてはならない。
というわけで美濃を出発したボクたちは、四月十四日に京の都に到着した。
実に十二年振りの帰還だ。幼心に残っている洛中の景色は、まさに焼け野原そのものだったが、今は随分と復興している。ただ、市内に空き地や田畑が目に付くので、まだ復興半ばといったところだろうか。
都にやってきたボクたち親子の逗留先は既に決まっている。
「父上、兄上、お待ちしておりました」
優しげな顔立ちをした尼僧が出迎えてくれた。
ボクにとって腹違いの妹である祝渓聖寿だ。年齢は十五歳。
彼女は三条通りにある将軍家ゆかりの寺、通玄寺に入寺している。その伝手でボクたちはこの寺にお世話になることにしたのだ。
「久方ぶりの再会であるが、随分と大きくなったな」
妹の姿を見てボクは素直な感想を述べた。なにせ記憶の中では、彼女はずっと幼子のままだったのだから。応仁の乱終結後、ボクは美濃へ下ったが妹は京の都に残ったということで、ずっと会っていなかったのだ。
「十年以上の歳月が経っております。大きくなっていて当然でしょう」
そう笑う妹は非常に可憐な容姿だ。身内のひいき目を差っ引いても美少女の部類に入るだろう。
実は、親父様の顔が相当に整っている。この血を引いているのだから、顔立ちが上等になるのは必定か。かく言うボクもイケメンに分類されるくらいに顔が良かったりする。
恋愛感情による結婚ではなく家同士を繋ぐための結婚ばかりの世の中だが、側室を置く場合は自分好みの女性をわりと自由に選べる。となると、身分が高い人には容姿端麗な血が入りやすい。不公平な話である。
「積もる話はあるが、それは後回しにせい。都ですべきことがたくさんある」
親父様ったら随分とやる気満々のようだ。ボクとしては最も頼れる人なのだから心強い。
なにせボクはこの都での知り合いがほとんどいないし、将軍の政務なんて全く分からない。
その点、元々将軍候補だった親父様は京での人脈を持っている上に、何年も実務を勉強した経験がある。
色々と学ばせて頂きますよ、親父様。