第29話 須知城を攻略せよ②
城攻めが始まるまでの二日間、幸いなことに将兵の士気は落ちずに意気軒昂のままで過ごすことができた。ボクを始めとするトップ層たちが努力した結果でもある。
――戦う前から兵のご機嫌取りでクタクタです、はい。
と愚痴っても仕方がない。とうとう攻城戦が始まるのだ。
ボクは総大将なので当然の後方待機だ。須知城の西にある山上に陣を構えている。本当は安全を期してもっと後ろにいるべきなのだが、本格的な戦闘をこの目で見ておきたいので戦場の近くにやって来た。ボクを護衛する奉公衆の約半数もここに配置されている。
残り半分の奉公衆はというと、城攻めに直接参加するために前線へ赴いている。まさか、本当に危険な所へ行きたがるとはね。良家のお坊ちゃんの集まりのはずなんだけど、さすがは武士ということか。ただし最前線には置かず、あくまで後方待機にしてある。機会があったら戦闘に参加してもらう予定だ。
さて、須知城への攻撃は西側尾根と東側尾根の両面から同時攻撃することに決まっている。小細工なしの力攻めだ。西側を担当するのは奉公衆と細川讃州家。東は京兆家を始めとする細川諸家が受け持つ。
「始めよ」
ボクが命じると、払暁の空に太鼓の音が響き渡った。その直後、太鼓の音に呼応して遠くから喊声があがる。とうとう須知城攻めが開始されたのだ。
どんよりとした雲がかかっているが、雨は降っていない。視界が良い状況での戦いになりそうだ。ボクが今現在立っている場所からは、西側の曲輪に向かっている兵たちがはっきりと見える。ちなみに、東側の戦いはこの場所から全く見えていない。東は細川政元に任せてある。
ボクは目の前に置いてある図に目を落とした。須知城とその周辺が描かれている。
「初めに攻める曲輪は『月見曲輪』と呼ばれておるのか。何故に?」
ボクの呟きに近習が答える。
「おそらく月がきれいに見えるのでしょう」
「もっと山の上からの方がよく見えそうなものだがな。城を落とした後、あの曲輪で月見を行おうか。――そんな先の話をしても仕方がないな」
今は城の最前面にある月見曲輪を攻略するのが第一目標である。
城を力攻めする場合、大雑把に二つの作戦が考えられる。城の出入り口である虎口から曲輪の中に突入するか、他の地点から曲輪内に直接侵入するかだ。
後者が成功してくれれば味方の被害が多少は抑えられるのだが……。
「――切岸(斜面を削って作った人工の崖)を越えるのは厳しいか」
ここから見下ろした感じだと、月見曲輪に直接乗り込むのは難しそうだ。高い切岸と深い空堀を前に、攻撃部隊が攻めあぐねている。根本的に急斜面を登りながらの戦闘なのだ。それに加えて人工の仕掛けがあるとなると、相当に攻略困難となる。
「讃岐守(細川材春)へ伝令を出せ。虎口を目指すようにと。ただし、切岸への攻めは続けさせろ」
ボクは作戦指示を出す。切岸への攻撃は陽動として残しておく。
以後の予定を簡単にまとめると、三段階の手順を踏む。
第一段階は兵を虎口まで到達させる。
次に門を破壊するのが第二段階。
兵を曲輪の中に送り込んで制圧するのが第三段階。
うん、身も蓋もない力押しだね!
現在は月見曲輪に対する第一段階である。
城を守る側からすると、虎口まで進まれるのは当然のことだが好ましくない。よって、そこまでの道を険しく作っている。
須知城の場合は虎口までの道を狭くしてあり、攻撃側に一列縦隊を強いるようにしてある。そして、その横手から飛び道具で敵を狙い撃ちしやすい構造になっているのだ。
虎口を目指す細川勢に対して雨あられの如く矢や石が浴びせられている様子が、離れた場所にいるボクにもはっきりと見える。
対する攻め手は、楯を構えた徒武者を前面に置いて進んでいく。もちろん、弓矢の応射も行われているが、城の構造的に防御側が優勢である。
それでも讃州家の軍勢は歩みを緩めない。
「見事。このまま虎口に取り付けそうであるな」
ボクがそう口にした瞬間、攻撃側の足が止まった。
「――どうしたことか?」
側に控えている近習にボクは問いかけた。
「あの辺りは道が一層狭くなっているうえに、左右に折れ曲がっております。そこに横矢が降り注いでいるでしょう。あと、井楼からの矢が厳しく見えまする。進めなくなったのは仕方ありませぬ」
「――巧みな縄張りであるな。敵ながら見事」
ボクとしては一揆衆を褒めるしかない。
井楼とは材木を井の字の形に組み上げた櫓のことである。見張りや射撃に使われる。特に高所からの飛び道具はとても強力だ。
細川勢の足が止まったのを見て、城からの攻撃が勢いを増す。敵からすれば、細川家の軍勢が動かぬ的同然になってしまっているのだ。
一旦退却させるべきか。ボクが決断しようと思った時、大きな物同士がぶつかり合う轟音が前線から聞こえてきた。
ほぼ同時に、ボクの周囲から歓声が沸き起こる。
「発石木がやったぞ!」
「見ろ! 井楼が崩れていく!」
ボクの目にも敵城の井楼がバラバラと崩れ落ちていくのが見えた。
発石木というのは、テコの原理で大きな石を投擲する攻城兵器である。要するに投石機のことだ。
投石機の歴史は古く、中国では紀元前から存在していたらしい。お隣の日本ではあまり使用されず、本格的に実戦で使われるようになったのは応仁の乱からである。
これほどの威力があるとなると、完成まで数日待ったかいがあった。
「おお、兵が再び動き始めたぞ!」
近習の一人が叫ぶ。
井楼が一つなくなったことで敵からの攻撃が薄れたのが良かったのか、攻め手の兵たちが再び前進していく。
城兵側が井楼を失いつつもまだ激しく飛び道具を放っているが、攻城側の足は止まらない。とうとう虎口にたどり着いた。
ここから作戦の第二段階に移行する。城門を突破して曲輪内に兵を送り込むことが目標だ。
『小口』と書かれることもある虎口は、その別表記の通りに狭い空間である。攻め手の人数を制限するための仕掛けだ。
月見曲輪の虎口は山の斜面を利用した急坂と、ジグザグにしてある細道で構成されている。攻撃側の動きが鈍化しているところに、城兵側は上方から弓矢なり長槍なり投石なりで迎え撃てるようなつくりだ。
さすがにここを突破するのは時間がかかるだろうとボクは思っていたのだが。
「お味方の勢い全く衰えず!」
近習が叫ぶ。
驚くべきことに、虎口に突入した讃州家の部隊が激しく攻めたてているのだ。弓で城兵を狙う者、槌を城門に叩き付ける者、梯子を立てかけようとする者。まさに嵐の如き怒濤の攻撃だ。
彼らの雄叫びがボクの元まで届く。
「城門を崩したぞぉ!」
ボクは一瞬耳を疑った。まさかこんなに早く城門を破壊できるとは思えない。
しかし、それは間違いなく現実であった。
味方が次々に曲輪内に突入していく様子が、ボクの目にも入ってきている。
歴戦の兵揃いなのに加えて、一年前に須知城を攻め落とした経験が生きているのだろうか。実に鮮やかな攻めだった。
「真に天晴れである。此度の讃州家の武功は日ノ本六十余州に轟くであろう。後方にて控えている奉公衆へ伝えよ。月見曲輪へ突き入るのだ」
「ははっ。公方様の命、すぐさまお伝え致します」
一度城門が破れてしまったら多勢に無勢だ。一揆衆は組織的な抵抗ができず、一目散に次の曲輪へ逃亡を試るような惨状になってしまっている。
間もなく、月見曲輪から味方の鬨の声が上がった。あっという間に曲輪の制圧が終わったのである。
夜明けから始まった城攻めだが、正午になる前に曲輪を一つ攻略してしまった。望外な戦果だ。
総大将であるボクとしては、次の指示を素早く出さないといけない。
「味方へ伝令を出せ。次の曲輪を攻めかかるのを暫し待たせるのだ。怪我人の手当てを迅速に行い、次なる攻めの時に備えて体を休めるように伝えよ」
ここで一揆衆の動きを見たい。ボクとしては最初から曲輪を一つ落としたら攻撃を止めるつもりだった。これ以上味方に被害を出しながら攻めても益がない。
一揆衆は降伏するか逃散するかのどちらかだとボクは予想している。皆殺しになる恐れがあるのに、最後まで戦い続ける覚悟があるとは思えない。国人一揆でそこまで意地を張る理由はないはずだ。
奉公衆も短時間とはいえひと暴れできたわけだから、フラストレーションも発散できただろう。
あとは細川上層部の考え次第だ。政元は消極派だったからここで和睦しても文句は言わないだろう。強攻策を主張していた上原親子は戦闘継続を望むかもしれない。
「右京大夫(細川政元)へも伝令を出せ。こちらの戦果をつぶさに伝えるのだ。――ふう、余も少し休むとするかな」
ボクは胡床に腰を下ろし、大きく伸びをした。見ていただけとはいえ、やはり疲れる。主に気疲れだが。
大きく深呼吸しながら、今後の動きについて思いを巡らすのであった。
月見曲輪は便宜上つけた架空の名前です。




