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第25話 偏諱にまつわるエトセトラ

 細川之勝くんが屋敷の提供を快諾してくれたので、ボクの引っ越し先が決まった。


 早速、讃州家の屋敷に持ち込む物品を選ぶ作業に入った。仮住まいなんだから必要最低限の荷物で構わないとは思うのだが、将軍家に代々伝わるお宝とか結構あるのだ。それらもある程度は持って行かないといけない。


 お宝を売り払って財政立て直しの足しにしようとしたこともあるのだが、周りに阻止されてしまった。武具はさておき、書画だの陶磁器だのは手元に置いておいても仕方ないのに。


 そんなわけで、ボク自ら納戸に入って所持品を選別中である。埃をかぶりながら、家来たちに荷を運ばせる。


「公方様、お話がございます」


 納戸の外に葉室光忠があらわれた。


「火急の用件か?」


「さほど急ぐわけではございませぬが、できれば早くお伝えしたいと存じまする」


「左様か」


 ボクは家来衆に休憩するよう指示を出して、光忠と二人で自室に入った。密談をするならここがベストだ。


「この度、讃岐守殿(細川之勝)が公方様を屋敷にお招きすることと相成りましたわけですが、これは素晴らしき忠節。是非とも報いて差し上げたい」


 光忠がそう切り出してきた。


「ふむ、もっともである。余としても何を与えようか考えておったところだ」


「然らば、讃岐守殿に偏諱へんきを授けてはいかがでしょうか?」


「偏諱か……。それは考えていなかった」


 ざっくりと説明すると、主君が臣下に自分の名前の一文字を与えることである。恩恵を与えるのと同義であり、足利将軍から一文字授与したとなると大変な名誉となる。主君側としてもお金がかからない報酬ということで便利な制度だ。特にボクみたいな金欠将軍としては。


「讃州家に偏諱を与えるのは、先例が多数あるな。ならば余の名も与え……」


 と、ここでボクは言葉に詰まってしまった。


「いかがなされましたか、公方様?」


「余の名を使ったら、上手く名付けるのが難しいな」


 与えるとしたら、義材の「材」の字になる。で、主の文字は上の字として使うのが慣例だ。


 有名人に当てはめて想像してみよう。織田材長きなが、豊臣材吉きよし、徳川材康きやす。やっぱり語呂が悪く感じる。材吉だけは奇跡的に良い感じだけどね。


「先に余が改名するべきか……?」


 未来知識によると、ボクは二回改名することになる。一回目が義尹よしただ、二回目が義稙よしたねだ。


 与える名が「尹」と「殖」なら偏諱授与の時に悩まなくて済みそうなのだが、あまり改名はしたくなかったりする。


 というのも、ボクが「義材」の名を捨てて「義尹」と名乗ることになるのは、明応の政変のせいで流れ公方になっている時なのだ。とても縁起が悪い。


 もう一つの「義稙」の方は、将軍に復帰した時に改名したのだが、結局阿波へ流れていくことになるわけだから、こちらも微妙だ。


 できることなら、このまま「義材」の名を保っていきたいと思っていたりする。

 ボクが悩んでいると、光忠が次の提案をしてきた。


「公方様が改名するかどうかはさておき、此度の讃岐守殿に与えるのは『義』の字にしてみるのはいかがでしょうか?」


「――『義』の方だと? 確かに名を授ける際、楽にはなるが」


 思わぬ提案に、ボクは思わず眉をひそめてしまった。それはそれで新たな問題が出る。


 少々ややこしい話になるが、「義」の字は足利将軍家の通字とおりじだ。「材」の字を大きく上回る恩賞になる。


「讃岐守殿は類い稀なる忠節を尽くしてくれております。『義』の字を与えることに、誰も異を唱えますまい」


 光忠が力説をしてくる。


 ボクとしても之勝くんに大きな恩賞を与えるのはやぶさかではない。ただ、細川政元とのバランスが問題になるのだ。


 政元の「政」の字は八代将軍義政伯父さんから一字拝領しているものだ。それなのに、ボクが之勝くんに「義」の字を与えてしまうと、分家なのに主家を上回る恩恵となってしまう。


 そんなことになったら、政元の面目は丸つぶれだ。都で変な噂が流れてしまう恐れもある。


 一年前のボクだったら迷わず「義」の字を之勝くんに与えていただろう。之勝くんを政元より厚遇するとか考えていたわけだし。政元に惚れてしまったことで、政権構想を大幅に変更する羽目になってしまったのだから仕方がない。


 というわけで、ボクは光忠の提案を蹴ることにした。


「細川家に『義』の字を与えたという先例はなかったはずである。此度はそれに従う。むろん、相応しき大功を挙げることがあるならば、先例を気にせずに報いるが」


「左様にございますか。出過ぎたことを申し上げてしまいました。申し訳ありませぬ」


 多少不服そうな表情ではあるが、光忠は納得してくれた。


 うーむ、側近衆と有力守護との間で政治的緊張があるようだ。ボクとしては両者に仲良くして欲しいから、どちらか一方に肩入れすることなく平等に扱っているつもりなんだけどね。


 光忠としては、そんなボクの態度が歯がゆいのだろう。


 困った。ボクの恋愛感情を差っ引いても、側近と守護のバランスを保つのが現実的なのだ。元々弱かった室町幕府将軍の力は応仁の乱を経て一層弱体化している。守護を無視する政治など、やりたくてもできないのが現実だ。


 九代将軍義煕くんも側近衆を重んじたせいで、守護にそっぽ向かれてしまい、行き詰まってしまったわけだし。


 当面は方針を変える気はないので、時間をかけて側近衆に理解してもらうしかないのかなあ。

ここまでお読みいただきありがとうございます。多数のPV・ブックマーク・評価を頂戴しましてとても励みになっています。

この場を借りて皆様に御礼申し上げます。


物語はこれから合戦が始まるということで、部屋の中での会話ばかりだった今までよりは、多少は派手な展開になるんじゃないかなと。あくまで多少ですが・・・。


毎日更新のペースは続けていく予定なので、もうしばらくの間お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

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