第24話 家なき将軍
政知伯父さんが亡くなったとはいえ、丹波の国人一揆への対処も行わなければならない。細川政元と一緒にボクも出陣するということを周囲に発表をした。
国人一揆ごときの鎮圧に征夷大将軍が出陣するということで、誰もが驚いたようだ。それでも大きく反対する者は出てこなかった。きちんとした出陣理由があったからだろう。
丹波には足利将軍家と繋がりが深い神社がある。その神社の所領から一揆衆が年貢を横領しているというのだ。密偵を放ってすぐにそんな情報がボクの耳に届いた。
一揆衆もやはり室町武士といったところか。こちらの予想を全く裏切らない。てなわけで、一揆衆へのお仕置きを目指して丹波へ向かいます。
あと、今回の出陣は「京兆家が将軍に要請した」ということになっている。どんな狙いがあるのか分からないが、政元本人が吹聴しているのだ。ボクと蜜月な関係だと世間にアピールしてくれているのなら嬉しいが、多分違う。彼女なりに何か計算があるのだろう。
ボクを丹波に誘い込んで殺害もしくは監禁するのが狙いなのではないか。と思ったりもしたけど、これは難しいとボクは判断した。
なにせ、日野富子伯母さんがボクを支持しているのだ。いくら政元でもあの人の意向に背くのは難しいはずである。富子伯母さんマジで偉大すぎる。
というわけで、政元がここでクーデターを仕掛けてくる可能性は低いと見ている。念のために、彼女が強行してくる場合も想定して動くけどね。
ボクがあれこれ思いを巡らせていると、聖寿がボクの部屋にやってきた。
「兄上、丹波に御出馬なさると伺いましたが?」
この妹ちゃんがラスボスなんだよね、ボク的には。嫌な汗が出てきたぞ。
ちなみに富子伯母さんは真ボス。勝てる気しません。
「悪さをしている連中を野放しにしていては、将軍という職が軽く見られてしまう。それに、右京大夫が余を頼ってきたのだから無碍にはできまい。五月に入ったらすぐに京から発つ」
「左様にございますか……」
表情から判断するに、聖寿はそこまで怒ってはなさそうである。
「兄上の武運長久を祈念致します」
やったぞ! 戦争することを許してくれたぞ!
と喜んだのも束の間、次の彼女の言葉でボクは絶望の谷に落とされる。
「ここから出陣なさるのは、よろしからぬかと。一考お願い致します」
「――う、うむ。ここは寺であるし、確かに縁起も悪かろう」
要するに「この寺から出て行け」と言われてしまったわけである。聖寿の言い分は正しいよ。でも、お兄ちゃんからするとすっごく寂しいな!
自前で屋敷を準備する資金なんて持ち合わせていないので、誰かの家に身を寄せるしかない。これが天下の征夷大将軍様の姿なのかと悲しくなってきますよ。
というわけで、引っ越し先を探すことになりました。普通に考えたら細川京兆家の屋敷が最適なんだけど、あそこの主人は嫁入り前の娘さんなんだよね、一応は。屋敷に乗り込むのは遠慮したい。
「となると、讃州家か……」
細川之勝くんならボクを迎え入れてくれるだろう。
ただし、問題点もある。一時的とはいえボクが暮らすとなると細川讃州家の屋敷が「御所」となる。之勝くんとしては非常に名誉なことである。
問題となるのは政元の立場だ。分家筋が主家を差し置いて将軍を迎え入れるなんてことになると、彼女の面目が丸つぶれとなってしまう。噂話大好き連中が「将軍は政元よりも之勝を重用している」なんて話を広めるのが容易に想像できる。
「――根回しが必要だな」
まずボクが政元に京兆家の屋敷に住ませて欲しいと依頼をする。彼女は辞退をして、讃州家の屋敷を推薦する。辞退理由は縁起でも何でも構わない。少々手間だが、こんな話を市中に流しておけば、変な勘ぐりをされることもないだろう。
思い立ったが吉日ということで、早速政元に事実のねつ造への協力を頼んでみた。
対する彼女は面倒くさそうな顔をしてくれた。うん、ボクたち全然密月なんかじゃありません。
仕方がないので「じゃあ、京兆家に住み着くぞ」って言い放ったら、彼女はあっさり折れてくれた。ボクと同居なんかしたくないんだろうな。
……ああ、泣きたくなってきたぞ!




